女の子の楽しみ
今日は師匠が珍しく女の子らしいです。そしてまたリアは可哀想な子です。
師匠の二つ目の名前も出てきます。
「やっとついた~。結構ぎりぎりだったわね」
隣村についたのは日も暮れかけたころ。双子を連れているところを狼族に見られてたら面倒なことになってたわ。
双子はそこそこ大きな村に来るのは初めてらしく、きょろきょろとあたりを見回している。
「フィアとフィイは村に来るのは初めて?」
「狼は村とか集落とか作らないから、今日あの集落に行ったのが初めてなのー」
「のー」
「人がたくさんいるってことは、何か作戦でも実行するのー?」
「のー?」
うん、相変わらず弟はほとんど喋らない。にしても、作戦を実行するときしか人が集まらないなんて、この二人は一体どんな暮らしを送ってたんだ?
「でも、作戦とかで人が集まるようになったのは最近のことなのー」
「それまではみんな自分の思うままにやってたのー」
「それって、どのくらい前なんですか?」
「うーんとね、2、3週間くらいー」
「いー」
それを聞いた黒いのの眼がほんの少しだけ、視覚強化した私だから気がつくほど少しだけ、険しくなった。だがそれもすぐに消えて、もとの何も感情の無い眼に戻る。
……そういえばこいつ、眼に感情が浮かぶことって無いな。ふざけている時も、笑っている時も、怒っている時も眼だけは何も感情が浮かんでいない。唯一浮かぶのは私とあいつが対峙した時と、今日みたいに詰問(拷問か?)したときだけだな。
「師匠、もしかして何かまずいことでもあるんですか?」
「ううん、別に何もないわよ。ただ、ちょっと急がなきゃいけないかも。まあ、今日はもう移動するのは無理だと思うけど」
私は双子とリアに眼を向ける。何だかんだ言って、今日の強行移動は幼い体にはきつかったらしい。なんていったって、リアだってまだ12歳だしね。
「あ、そういえば、双子ちゃんは何歳なの?」
「12ですー」
「ですー」
嘘、このちびすけたちリアと同い年か。この3人を並べてみると、リアって結構大きいほうだったんだな。私も黒いのもわりと背は高いほうだから、全然気がつかなかった。
「リア、良かったわね。貴方はもうチビじゃないわ」
「だからいつも言ってたじゃないですか! 比べるものを間違えてたんですって!」
懐かしいな、トーマと一緒にリアをチビチビ言って追いかけまわしたのが。
「とりあえず、今日はこの村に泊るわよ。黒いの、どっか適当に宿屋探してきて。汚いとこと高いとこは嫌よ!」
「相変わらず貴女は人に何か頼むときに限って注文が多いですよねぇ」
そうブツブツ文句を言いながらも黒いのは宿屋を探しに行った。あいつのことだから5分ほどでいい宿屋を見つけてくるだろう。匂いか? 匂いで分かるのか? 無駄にそんな能力がある黒いのであった。
「さてと、私たちは私たちで買い物しちゃうわよ」
「買い物?」
「物ー?」
「そうよ。あんたたちのその耳を隠す帽子とか、私たちについてくるならそれなりの服とか用意しなきゃいけないからね」
まだ日が完全に落ち切っていないから双子はちらちらと見られるだけで済んでいるが、日が完全に落ちれば狼族のスパイだとか言って村を叩き出されるだろう。いくら私たちがついていてもだ。
そして数分後、リアとフィイ、そして途中から合流した黒いのは地獄を見ることになる。
「見てみてフィア! これ似あうんじゃない?」
「あ、それもカワイイのー!」
満面の笑みで露店を眺めて回る私とフィア。そしてその後ろを荷物をを抱え、辟易した顔でついていく男性陣3人。しかし女性2人は気がつかない。
「セーラさん、この黒いのと緑の、どっちが似合いますかー?」
「うーん、フィアだったら緑かな?」
「じゃあ緑色にしますー!」
嬉しそうに緑色のマントを抱えて店主の元へと掛けていくフィア。やっぱり女の子だったんだな。
セーラというのは私の名前。10年前に捨てた名前の代わりに私が自分でつけた名前だ。もっともこの名前で呼んでいるのは現時点でフィアとフィイの2人だけだが。
「あのー、師匠? そろそろ必要な物はそろったんじゃないんですか? そろそろ宿屋に……」
「そうね、じゃあ……」
私の言葉に無言で顔を輝かせる男3人。そんなに嫌だったのか、買い物が。その3人を見つめたままにやりと笑う。とたんに顔が凍りつく3人。
「じゃあ、今度は楽しいウィンドウショッピングと行きますか♪」
「「「…………」」」
「ホントですか? やったー!」
無言で何かを諦めたような顔になる男3人と、両手を上げて無邪気に喜ぶフィア。……でも、小さいフィイにこれ以上つき合わせるのは酷かな?
「でも、フィイは疲れたみたいだから黒いのと一緒に先に宿屋に行ってなさい。黒いの、宿屋の場所は?」
「ちょっと待ってください、師匠! 僕は!? 僕もフィイと同い年なんですけど! 僕もかなり疲れたんですけど!!」
「あんたは私があんだけ鍛えたんだから平気でしょ。荷物持ちになりなさい」
「鬼――――!」
「フィアちゃんもいるんですから、あんまり遅くならないでくださいね。リア、頑張ってください」
最後に本当に嬉しそうな顔で久々に笑った黒いのが半分眠っているフィイをおんぶして先に宿屋へ向かった。
「さーて、今日はいっぱい買うぞー」
「おー!」
「やめてください!」
そしてその日、満面の笑みを浮かべた私とフィア、そして疲れ切った顔で両手に荷物を抱えたリアが宿屋に入ったのは日もすっかり落ちて、そろそろ黒いのが探しに行こうかとしていたころだった。
セーラ→青蘭
本当は蘭で"ら"とは読みませんが、片仮名にしたときセーランはちょっと……というわけで、セーラとさせていただきました。
ちなみに何故師匠の二つ目の名前がセーラか分かりますか? ヒントは元の名前です。
答えは次回のあとがきででも書きますかね。