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別離

作者: 星野由紀

 木下に呼び出された喫茶店。

 相変わらずいきなりの呼び出し。もう長年の付き合いなので慣れたとは言うものの、彼女がいきなり呼び出す時は、長丁場を覚悟しなければならない。


 私が約束の店に着いた時、彼女の前に置かれたカップはからになっていた。

 「遅くなってごめん」

 一言わびて、彼女の前に座る。

 「こっちこそ、いきなり呼び出してごめんね」

 木下は顔を上げてそう言うと、またすぐ目を伏せた。

 ブレンドコーヒーを注文した私は大きくため息をついて木下を見つめた。

 「で、今回はどうした?」

 下を向いていた木下は、なかなか口を開かない。

 私はただじっと待っていた。


 ブレンドコーヒーが私の前に運ばれてきた。それをきっかけに木下は顔を上げた。

 泣いていた。

 ぼろぼろと涙をこぼしている。

 「お、おい・・・。き・・・木下、どうした?何があった?」

 周りから見たら、私が泣かせているとしか見えないだろう。

 声を出して泣いていないのは幸いだった。店の一番隅の席だったこともありがたかった。


 「あのね・・・」木下が切り出した。「・・・別れたの」

 「え?」

 思わず聞き返した。別れたっていうのは、もちろん男と別れたという意味だろう。


 5年ほど前の高校の同窓会で、彼女を欲しがってる人がいるんだけど?と恭子に声をかけられた。

 あいにく私は全く興味が無かったので、木下に振った。木下はその紹介された男とずっと付き合っていた。別れたというのはその相手とだろう。


 私も木下も、もう30を越えている。結婚願望の強かった木下にとって、この年齢での別れはかなり厳しいものなのだろう。

 なんと声をかければいいのだろう・・・。


 言葉を捜していると、木下が続けた。

 「やっと別れられたの」

 ・・・・え?


 木下は続けた。


 


 恭子ちゃんが紹介してくれたひととね、メールでのお付き合いから始めたの。話してみて、お互い気に入らなかったら会う前に無かったことにした方がいいでしょ、って恭子ちゃんが。


------そう言ってたね。


 メールで話して、感じ良かったから、すぐに電話するようになったのね。電話の感じもすごく良くて1ヶ月くらいで会うことにしたのね。で、会ったんだけど、あった瞬間、うわぁ!って感じで・・・。生理的に好きになれないタイプだったの。


------え?生理的にって・・・会ったその日にホテル行ったって言ってなかった?


 行ったよ。だって・・・顔見てるのいやだったんだもん。一緒にいるのを他の人に見られるのもイヤだったし。さっさとどこかへ逃げ込んで、んで、電気消しちゃえば顔見なくて済むじゃない?


------あんたって子は・・・。生理的に無理ならその場でバイバイするのが普通じゃないの?


 だって、紹介してくれた恭子ちゃんの顔もあるし、会おうかって言い出したの、私の方だよ?「顔が気に入らないから帰って」なんて言えないじゃない。

 背の低いところも、にやけた顔も、裾のすり切れたパンツも、どこがどうって言えないんだけど、生理的にだめだったのよね。

 でも、何度か会ってるうちに慣れるかな、って思ってたの。

 だめだったわ・・・。確かに、多少の情は湧いてくるのよ。

 でも、ダメな物はダメ。


------そのわりには、彼との話、聞かされた。褒めてなかった?いろいろと。


 うん。自分に言い聞かせてた。自己催眠・・・ってわけじゃないけど、思いこもうとしてた。

 確かにいいところもあったしね。

 いい人でしょ、かっこいいでしょって他の人に言って、自分を納得させてた。

 そう言ってたら、そのうち本当にそう思えるかな、って。

 でもね、会うたびに嫌いになるの。


------よくそれで5年もつきあってたね。


 だってさ、私のこと好きだって言ってくれるから、悪いじゃない?振ったら。


------そういう問題か?


 最初はね、すごく優しかったけど、だんだんえらそうな態度になってくるのよね。

 俺の女、みたいな態度がね、どうしてもガマン出来なくてね。

 何とか嫌われようと努力したけど、全くダメでさ。

 最近なんて、結婚臭わせてきて、親に会いたがるのよ。

 あんな男と結婚なんてとんでもない話。

 何とか回避したいのに、なかなか譲ってくれなくて、のばしのばしにしてたんだけど、とうとう・・・どうしても、先週の日曜にうちに来るって言い出して、どうしようか困ってたの。


------先週の日曜って、私と映画に行ったじゃん。


 そうなのよ。「何の用事でだめだったんだ?」って聞かれて「友達と映画行ったの」って言ったら「俺より友達が大事なのか」ってわめきだしてさ。

 向こうから「やってられない、別れる」って言い出したの。

 もう・・・嬉しくて、やっと解放されたって思ったら涙が出てきたの。

 そしたら、誤解しちゃってさ・・・考え直してやってもいいぞ、だって。

 とんでもない。

 「もう無理みたいね」ってそれだけ言って、別れたの。


------で 今も嬉しくて泣いてる?


 うん。いやだって、誰にも言えなかったし。やっと言えた。

 ね、いい人いたら紹介して。

 無駄に過ごした5年を取り戻したいから。

 ね、ね、それよか、言いたいこともっとあるんだけど、全部ぶちまけていい?


------あんたって子は・・・。次紹介してもまたおんなじことになるんでしょ?ま、いいよ。この際何でも聞いて上げるよ。


 どれから話そう。嫌なこと山盛りでさ・・・  



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