第10話 「それぞれの決意」
第10話 「それぞれの決意」
4人でベッドで眠っている。
そう思っていたのは俺だけで、3人の妻たちは、それぞれ決意を固めていた。
ひなた―――
わたしは、目を瞑ったまま、考えていた。
(もう、一週間経っちゃったんだな。残りは、三週間…)
怖い。
消えちゃうのが、怖い。
でも、それ以上にもっと怖いのは、陽翔くんが、また一人ぼっちになっちゃうこと。
(前の世界で…わたし、火事で死んじゃったんだよね。隣の部屋からの出火だったから気付くのが遅くなった……でも、もし、あの時、もっと早く逃げれていれば…陽翔くんを、一人にしないで済んだのかな…)
わたしは知らない。
わたしがいなくなった後、陽翔くんがどうなったのか。
でも分かるんだ。
彼が今ここにいる。
それが答えなんだ。
(…ごめんね、陽翔くん。いなくなっちゃって、ごめんね…)
胸がぎゅーっと痛む。
後悔しても、もう遅い。
だから今度こそ。
今度こそ、間違えちゃだめなんだ。
わたしが選ばれなくたっていい。
でも、陽翔くんには、絶対に生きててほしい。
紬希ちゃんか美月ちゃんと、二人で幸せになってほしい。
だったら、わたしにできることは一つだけ。
(わたしは、太陽になろう)
この地獄みたいな毎日を、わたしの笑顔で全部照らすんだ。
陽翔くんが、罪悪感なんて感じる暇もないくらい、いーっぱい笑わせてあげる。
選ばれなかった時も、「残念! また次、頑張るぞー!」って、誰よりも元気に笑ってやるんだ。
そうやって、この家を世界で一番明るい場所にしてあげる。
そしたら陽翔くんも、きっと最後には笑って、誰かの手を取れるはずだから。
見ててね、陽翔くん。
わたし、絶対に泣かないから。
あなたの太陽であり続けるから。
それが、わたしがもう一度あなたに会えた意味なんだもんね。
紬希―――
(あと三週間…。私の命が消えるまで、あと三週間…。)
私は、ベッドを抜け出して、一人静かにキッチンに立っていた。
キッチンの窓の外には、まだ、静かな夜の闇が広がっているのが分かる。
自分の手のひらを、じっと見つめる。
この手が、陽翔さんのために温かいハンバーグをこねた。
この手が、陽翔さんの濡れた髪を優しく拭いてあげた。
でも、この手は、陽翔さんが他の女の子を選んだ時、ひき肉にさえ触れることができなくなった。
(怖い)
消えてしまうのが、怖いんじゃない。
陽翔くんの記憶の中から、愛した思い出の中から、紬希という存在が永遠に消えてしまうことが怖い。
涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえる。
泣いてる暇なんてない。
顔を上げる。
その瞳には、もう迷いも恐怖もなかった。
ひなたさんは「太陽」になると言った。
美月さんは「夜」になると言った。
だったら、私は――
(私は、陽翔さんの『お家』になる)
どんなに辛い選択を繰り返しても。
どんなに悪魔に心を苛まれても。
最後に、陽翔くんが「ただいま」って帰ってきたくなる、温かくて優しくて、絶対になくならない日常そのものに、私がなる。
だから私は、明日もいつも通り朝ごはんを作る。
選ばれても、選ばれなくても、愛情を込めてお味噌汁を作る。
たとえ触れられなくても、陽翔くんがその匂いを嗅いでくれるだけでいい。
私は、明日もいつも通りお洗濯をする。
陽翔くんのシャツを太陽の匂いがするように干してあげる。
たとえ畳めなくても、陽翔くんが袖を通してくれればいい。
私は、明日もいつも通り笑顔で「おはようございます」って言う。
選ばれなくても、その罪悪感を少しでも軽くできるように。
特別なことは何もしない。
ひなたさんみたいに太陽にはなれない。
美月さんみたいに夜にもなれない。
でも、この『当たり前の日常』を守り続けることこそが、私の戦い方。
陽翔くんに思い出させるの。
たとえこの地獄が終わって、誰か一人を選んだとしても、その先にはまた温かい日常が続いていくんだって。
そして、その日常を一番上手に紡いでいけるのは、この私、紬希なんだってことを。
(紬希は窓の外の静かな闇を見つめながら、そっと誓った)
必ず勝つ。
そして陽翔くんと二人で、もう一度、あの永遠じゃなかった幸せな朝を、今度こそ本当の永遠にしてみせる。
美月―――
…隣で、三つの穏やかな寝息。
(馬鹿な人たち。よく、そんなに、安らかに眠れるものだわ)
わたしは、静かにベッドを抜け出すと、庭へと向かった。
夜の冷たい空気が、肌を引き締める。
空を見上げると、満月がまだ静かに浮かんでいた。
(…あと、三週間)
陽翔が、1週間前、震える声で語ってくれた、悪魔との契約。
わたしたちを見て、悪魔が嘲笑う、残酷なゲーム。
(面白い。実に、面白いじゃない。)
紬希は、「家」になる、ですって?
ひなたは、「太陽」に、なるのかしら?
…笑わせてくれるわ。
ままごとみたいな、愛情表現。
陽翔が、本当に、求めているのは、そんな生ぬるい、癒やしなんかじゃない。
彼は、全ての記憶を持っている。
三人の女を、愛し、そして、三度失った。
その絶望の記憶を、そんな、壊れかけた男を救えるのは、聖母でも、太陽でもない。
もっと、強くて、深く、全てを忘れさせてくれる、「毒」。
…わたしという、「夜」だけ。
わたしは、この三週間で、陽翔を完全に堕とす。
紬希のことも、ひなたのことも、そして、死んでしまった過去の、か弱いわたしのことさえも思い出せないくらい。
わたしの、体と心で、彼をぐちゃぐちゃに満たしてあげる。
彼が、わたしなしでは、もう息もできなくなるように。
そして、最後の日。
わたしは、彼に選ばせるんじゃない。
彼が、自らわたしの前に跪いて、こう、懇願するようにしてあげるわ。
「美月…お願いだ…俺を、救ってくれ…」
ってね。
わたしは、月を見上げて、静かに唇の端を吊り上げた。
これは、ただの椅子取りゲームじゃない。
獲物を狩るための、甘美なハンティング。
(…覚悟、しておきな なさい、陽翔。あなたの地獄は…まだ、始まったばかりなんだから)
こうして、夜は更けていったのだった。




