#92 ハヤトの電話
ハヤト君の屈託ない声は最初だけだった。すぐに恐縮した声音で「すいません」と聞こえてくる。
『こんな時間に迷惑でしたよね。ホテルからの電話なんて怪しいでしょ? 実は、スマホでの通話はしばらく控えるように言われてて』
「――もしかして、ハッキング対策とかですか?」
耳にあてたスマホから、「えっ」と驚く声がした。
『あの、理久さんはうちの……スターライト・ネクストの状況をどのくらいご存知なんですか?』
「公になってることしか知りませんけど、夕方に〈漆黒の夜【公式】〉が予言を投稿しましたよね。Pitterでの反応も見てたから、もしかしたらあの予言がスターライト・ネクストさんのことかと思って、それで聞いてみたんです。
〈漆黒の夜【公式】〉はハッカーで、予言は犯行予告ではないかという声がありますけど、私も同意見なので」
『あ……、そうなんですね』
ハヤト君の声に戸惑いが感じられた。
私の頭の中には、SLNにもハッカーからの接触があったのではないかという仮説がある。夕方にあった予言投稿と、SLNに佐伯部長と蒼君がいるという状況からぼんやりそうではないかと思っていたのだが、ハヤト君の反応で確信が少し強まった。
「捜査中で話せないこともあるでしょうし、私からハヤト君にあれこれ尋ねることはしません。でも、話したいことがあれば話してください。してほしいことがあるなら言ってください。一連の事件にはDRIの職員が関わっているので、信用してもらえないかもしれませんけど」
『全然そんなことないです! 理久さんを信用してなかったら、こうして電話なんかしません。新田さんがやったことはもちろん良くないことですけど、でも、ネットであることないこと言われて叩かれて、捜査事案だからって詳細が話せなくて弁明できないのは、僕もどうかと思うんです。ほんと、ヒドいですよね』
「ご心配ありがとうございます。それより、ハヤト君は大丈夫ですか? 他のDeeeeepメンバーの人たちもシェアハウスではなくホテルに?」
『あ……、えっと。シェアハウスに残ってるメンバーもいますけど、カイとヨンウは自分のマンションに戻ってて……』
聞いてはマズいことだったのか、ハヤト君は妙に歯切れが悪かった。そして、誤魔化すように話題を変える。
『あの、理久さん。僕、理久さんには感謝してるんです。DRIから声かけてもらって、こんな形の文学のあり方が存在するんだって知れたことで、憑き物が落ちた気がしたっていうか』
その唐突な告白に、いっそう心配と不安が募った。が、私はそれを隠して尋ねる。
「リテラ・ノヴァを知る前は、AIを創作に使うことに躊躇いがあったということですか?」
『そうじゃありません。作家のくせに上手く表現できないんですけど、僕は創作物で自分のすべてをさらけ出していたつもりで、実はそうじゃなかったって気づいたんです。本当は、さらけ出すのが怖くて比喩に逃げてた。良く見られたい、格好つけたい――そんな見栄で、古風な詩的表現を使ってた。
ハヤト文体は、僕のそういう特徴をよく捉えていました。ファンには僕の本性を見透かされていたってことです。
自分のそういった部分を真正面から突きつけてきたのは、リテラ・ノヴァのパーソナライズ翻案でした。けれど、パーソナライズ翻案は鏡のように自分の本性を突きつけるだけじゃなくて……、なんていうか、寄り添ってくれる感じがあるんです』
「ハヤト君、パーソナライズ翻案を生成されたんですね」
私は驚きとともに口にした。翻案契約者には専用IDがあり、一般登録ユーザーと同じようにリテラ・ノヴァサービスを利用することができる。しかし、翻案生成したという話は、これまで彼の口から聞いたことがなかった。
彼は照れくさそうに「はい」と答える。
『一度だけやってみました。でもなんとなく恥ずかしくて非公開にしたので、申し訳なくて話してませんでした』
「気にされなくてもいいのに。読ませてほしいなんて、せがんだりしませんよ。うちの惣領も自分のパーソナライズ翻案は恥ずかしいから非公開にしてるって言ってました」
『あっ、そうなんですね。でも、惣領さんの恥ずかしいっていうのと、僕の恥ずかしいっていうのはちょっと違うかもしれません』
「というと?」
『惣領さんのは、自分の内面が反映されてるから恥ずかしいっていう意味だと思うんです。たしかに僕もそういう気持ちはないわけじゃないんですけど、作家目線で見て恥ずかしいというか。人前に出すなら、もっと手を入れたいっていう気持ちになっちゃって』
そういう視点で考えたことはなく、私は思わず「あー」と声を漏らした。芥河賞作家の著作と比べられ、恥じ入るのはこっちの方だ。
「すいません。むしろ添削してほしいくらいです」
冗談混じりに口にすると、「そういう意味じゃ」と慌てた声。
「いえいえ。ハヤト君からそういう感想が聞けて良かったです。改良のヒントになると思うので」
『ダメです。本当に違うんです。たしかに、パーソナライズ翻案が文学的に優れているかというと、それは疑問なんですが……。でも、完成度の高い翻案を求めるならパーソナライズ翻案じゃなく、翻案原本指定とジャンル選択で十分なんです。文学作品を読み込んでる人には既視感があるかもしれないけど、活字文化への導入としては優れてる。
でも、パーソナライズ翻案の良さはそれとはまったく別物なんです。なんていうか、パーソナライズ翻案には、ファンからもらう手書きのファンレターのような素朴さがあるんです。AIの不器用さと言ってもいいかもしれません』
「AIの不器用さですか?」
言葉の響きに惹かれ、オウム返しに問いかけた。
『はい。相手に真摯に向き合いながら寄り添おうとする姿勢というか、忠犬のような感じというか。AIに自我がないからかもしれませんが、無償の愛みたいなものがそこにあるような気がしてくるんです。
僕がファンの声に支えられるように、リテラ・ノヴァの小説は読者を支えてるんだって思いました。あっ、もちろん僕がファンをAIみたいに捉えてるって意味じゃないです!
支えられてるからこそ、期待を裏切るようなこと、しちゃいけないって……』
尻すぼみになっていく彼の声に、私は不穏なものを感じた。すでに忘れられつつあるフェイク写真のことを言っているわけではなさそうだった。
「ハヤト君、大丈夫ですか?」
『理久さん。……僕らの予言、もしかしたら本当になっちゃうかもしれません。でも、もしそうなってもそれは僕らの責任なので』
「それ、どういう意味ですか?」
先に頭に浮かんだのは夕方に投稿された『輝く星の裏側』の予言。しかし、彼の口調から考えると、Deeeeep解散を意味しているような気がした。Deeeeepメンバーの居場所を聞いたときに言いづらそうにしていたことも、そう考えれば腑に落ちる。
『あっ! あのっ、ごめんなさい。ホテルにひとりでいると色々考えて、ちょっと不安になっただけです。今言ったこと、忘れてください。
話、聞いてくれてありがとうございました。突然電話してすいません。理久さんたちも今、大変ですよね。でも、がんばって耐えてください。リテラ・ノヴァはあんなふうに叩かれていいサービスじゃないですから』
彼はひと息に言うと、口を挟む間も与えず「じゃあ、おやすみなさい」と通話を切ってしまったのだった。




