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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter13 渦中
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#84 隠しごと

 小山内さんに呼び止められたのは、カンサポ部の前を通り過ぎた直後。慌てた様子が気になったのか、彼女は心配そうな顔をしていた。


「本宮さん、もしかして佐伯部長のとこですか?」


「はい。ちょっと気になることがあって」


「佐伯部長なら、ついさっき『堂坂に行く』って言って帰られましたよ。気づきませんでした?」


「堂坂? 何かあったんですか?」


 動揺を抑えて尋ねると、小山内さんは考え込むように「う〜ん」と唸る。


「会議室を出る時に佐伯部長のスマホに着信があったんです。たぶんSLNだと思うんですけど、佐伯部長もなんだか要領を得ない感じで、首をかしげながら話してました」


「合田部長は上ですか?」


「たぶん。9階だと思います」


 私は「ありがとうございました」と言って踵を返した。まっすぐ9階に行こうかとしたけれど、思い立って蒼君に電話をかける。発信したあとでふと不安に駆られたが、切る間もなく声が聞こえた。


『理久さん?』


「……あっ、蒼君。あの、合田部長ってまだ上にいる?」


『合田部長ですか? 帰ってはないけど、今7階にコーヒー買いに行ってます』


「じゃあ、降りてみる。ありがとう」


 電話を切った後、変に素っ気なくしてしまった気がして後悔した。けれど、今さらどうしようもない。気持ちを切り替えてエレベーターに乗り込み、コモンズカフェに向かった。


 エントランスロビーはエレベーター前のライトだけが点いている。カフェのガラス扉は開け放たれ、オレンジ色がかった明かりがロビーに漏れていた。そっと中をのぞき込むと、カウンターと飲食スペースはシャッターが降ろされ、コーヒーベンダーの前で合田部長がこっちを見ている。


「誰かと思ったら、本宮さんか。まだ帰らないのか?」


「合田部長がここにいらっしゃるって聞いて」


「何かあったのか?」


 私の様子に不穏なものを感じ取ったのか、合田部長はスッと眉を寄せた。市原から聞いた内容をそのまま伝えると、スマホを開いてPitterで検索しはじめる。


 私も自分のスマホで調べてみたが、出てくるのは匠真への誹謗中傷ばかりでうんざりする。一希君に関する投稿はすぐには見つからず、しばらくして「あった、あった」と合田部長が私にスマホ画面を見せた。


 そこには、『うちの大学に来てたAIエンジニアかもしれない。例の翻案図書館の人だって聞いたし、うちとの共同研究から抜けた人が一人いるらしい』という投稿。


「市原さんはよく見つけたな。新田の名前も西京大の名前もない。タグもついてないのに」


「当事者に見つかって面倒なことにならないように、意図的に目立つワードを避けてるんでしょうね。市原はこういうの探すの得意なんです。野生の勘が鋭いから」


 私の言葉に合田部長がクッと笑う。


「9階にも勘の鋭い変人が夜勤で残ってる。戻ったら詳しく調べてみるよ。それにしても、DRIより結城先生への叩きがひどいな」


 その声には気遣うような響きがあった。だからか、私は思い切って匠真のことを聞いてみることにした。


「あの、合田部長。蒼君は結城先生と面会したんですか? もしかしたらするかもって言ってたけど」


「ん? ……ああ」


 部長は気まずそうに目をそらし、コーヒーカップに口をつける。


「部長。もし、警察に口止めされてるなら別に――」


「いや、そういうわけじゃない。惣領は、押収してたノートパソコンを返すとかいう名目で、伊藤刑事に連れられて一緒にホテルに行ったそうだ。結城先生は外出を禁じられてるわけじゃないようだが、どうもメディアが嗅ぎつけて周りをウロウロしてるらしくてな、ホテルに缶詰状態らしい」


「様子は、聞いてますか? ……その、身の回りのものとか、食事とか」


 口にしながら、いったい自分は何様のつもりでこんな話をしているのだろうと思う。合田部長はしどろもどろになり、「まあなあ」と首をかいた。


「どうもな、……その、別れた奥さんが世話しに来てるらしいんだわ。だから、まあ、不便はないようだ」


 私は急に自分の言動が恥ずかしくなった。そして、蒼君が私と話すのを避けていた理由もわかった。


「それなら、大丈夫そうですね。そもそも、私が心配することじゃないのに……」


「いや、心配するだろう。惣領が話さなかったのは本宮さんを気遣ってだと思うから、まあ、察してやってくれ」


「はい」とうなずくと、合田部長は躊躇う様子をみせながらも「大丈夫なのか?」と聞いてくる。


「男女のことは他人にはわからんし、俺が首を突っ込むことでもないんだが、本宮さんは一連の事件でかなり振り回されてるから心配してるんだよ。惣領だけじゃなく、俺も、佐伯部長も、糸井部長もな。だから、まあ、あまりひとりで背負い込むなよ」


「……すいません、心配ばかりかけて」


 私が謝ると、「そういうとこだぞ」と合田部長は苦笑した。チンと音が聞こえてエントランスロビーに目をやると、噂をすればというようにエレベーターから蒼君が降りてくる。


「じゃあ、俺は戻るよ。さっきの話は調べておくから」


 合田部長はカップを返却口に置き、私を残して店から出ていく。すれ違いざまに蒼君の肩を叩き、エレベーターに向かった。入れ替わりに店内に入ってきた蒼君は、やはりどことなく距離があるように感じる。


「合田部長との話は終わったんですか?」


 彼はコーヒーベンダーの決済端末に瞳をかざし、そう言った。ガーッと豆を挽く機械音が聞こえてくる。私は傍のスツールに腰掛け、居心地の悪さから逃れるようにスマホに視線を落とした。


「市原から電話があって、一希君がPitterで身バレしそうだって。佐伯部長は帰ったみたいだから、合田部長に報告しておこうと思ったの」


「あー……、そういうの出てくると思ってました。新田さんはとっくに把握してるだろうけど、対応が難しいところですね。名誉毀損で訴えるくらいしか――」

 

 唐突に声が途切れ、スマホから顔をあげると蒼君がこっちを見ていた。蒼君の表情を見抜くのは得意だと思っていたのに、彼が今何を考えているのかよくわからない。


「佐伯部長にもメール送っておいたらどうですか?」


 彼の言葉に「そうね」と答える。ピーと音が鳴り、蒼君はベンダーから取り出したコーヒーを私の前に差し出した。


「蒼君のでしょ?」


「僕はアイスコーヒー買うので」


 彼はそう言うと、再び決済端末に瞳をかざす。手渡されたカップの温もりが心に染みた。


「ねえ、蒼君。昨日、匠真に会ったんだってね。ホテルには別れた奥さんが出入りしてるって」


「合田部長が言ってました?」


「うん。もしかして、堂坂行ったあと妙に素っ気なかったのってそのせい? 私に匠真のこと聞かれるのが嫌で避けてた?」


 蒼君は答えず、氷の落ちるガラガラと言う音が沈黙を埋める。続いて豆を挽く音がし、それが収まったあとに私は口を開いた。


「蒼君、たぶん勘違いしてる。私が奥さんのこと聞いて傷つくと思ったのかもしれないけど、むしろ安心してるくらいだよ。あの人にもちゃんと支えてくれる人がいたんだと思って。それに、そこまで気を遣われるほど私は弱くないから」


「すいません」


「謝らなくていいよ。コーヒー奢ってもらったし、一希君の件をちゃんと調べてくれたら許してあげる。あと、変に避けるくらいなら隠しごとしないで」


 蒼君はできあがったアイスコーヒーを手に、「わかりました」と私の隣に座った。ちょっと拗ねたような横顔に、ようやく壁が取り払われたような気がする。しかし、私はもうひとつ気になることを思い出した。


「蒼君、他にも隠しごとしてない?」


「……どうしてそう思うんです?」


「なんとなく。堂坂府警から捜査協力頼まれたんだろうって合田部長が言った時、蒼君の反応にちょっと違和感あったんだ。もしかして、内緒で捜査協力してるの?」


「してませんよ」と答えるまでに、他の人なら気づかないくらいのわずかな間がある。


「僕の専門じゃないので協力のしようがありません」


 蒼君の表情に動揺は見られない。私は彼の腕をポンと叩いた。


「協力してても言わなくていいからね。隠し事するなって言っても、警察に口止めされてることまで言えとは言わないから。でも、それ以外のことは変に気遣いしないでハッキリ言って」


 今度は、返事までに長い間があった。不思議に思って顔をのぞき込むと、誤魔化すようにアイスコーヒーに口をつける。ズズッと飲み干した音がし、彼は唐突にスツールから立ち上がった。


「蒼君?」


「じゃあ、隠さずに言います。僕、理久さんが――」


 エレベーターの到着音が聞こえ、蒼君はパッと入口に顔を向けた。様子をうかがうと、下階の会社の人が降りてくるのが見える。


「理久さん、戻りましょうか」


「あ、うん。そうね」


 コモンズ・カフェを出たところで彼らとすれ違い、背後から「あれ、例のDRIの」とひそめた声が聞こえてくる。気まずい空気のままエレベーターに乗り込み、無言のまま8階に到着した。


「じゃあ、夜勤がんばってね」


 逃げるようにエレベーターから降りると、後ろから手を掴まれた。誰かに見られはしないかと心配したけれど、ロビーにも通路にも人の姿はなかった。


「さっきの続き、全部片付いたら話します。だから、その……、気を付けて帰ってください」


 彼の手は離れ、まともな反応もできないでいるうちに扉は閉まった。心臓は早鐘を打ち、困惑の奥に妙に浮かれた感情が見え隠れする。こんな時に――と思いながら、私は足が速まるのを抑えられなかった。


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