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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter13 渦中
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83/150

#82 それぞれの思惑

 社会部の卜部記者は四十代前半くらい。口調の柔らかさと丸っこい体つきが、逆に眼光の鋭さを際立たせている。


***


卜部:この「不正アクセス」については、未だに詳細が明かされていません。そして先日、〈漆黒の夜【公式】〉によってDRI職員と思われる『K』に対して、結城さんが長編翻案からのデータ抽出を依頼したというチャット内容が暴露されました。

 DRIへの「不正アクセス」は、最初は外部からのハッキングと考えられていましたが、実際はDRI職員による内部の犯行だったのではありませんか?


惣領:……お尋ねの件については、おそらくこのインタビューが放送される前にはニュースになっているだろうと思います。

 おっしゃる通り「不正アクセス」はDRIのAIエンジニアによるもので、漏洩したのはリテラ・ノヴァで生成されたAI翻案小説の一部分でした。

 多くのユーザーの方がご心配されている、名前やメールアドレス、カード番号などの個人情報は一切流出していません。


卜部:『K』という職員は、やはり結城さんからの要求があって犯行に及んだということでしょうか。


***


 ふと、「流したんだ」と蒼君の声が聞こえた。彼はAIチームの人たちといるから少し距離があるけれど、チラとこちらを見たようだった。


 画面下には『本来名前は伏せる予定でしたが、本日の警察発表を受けそのまま放送しています。』と小さく表示される。昨日放送されていたら、『結城』という箇所は『ピーッ』という音で消されていたかもしれない。


***


惣領:本人はそのように話しています。結城先生同様、ライブ事件直後から警察の捜査に協力し、今は無期限謹慎中です。


卜部:無期限謹慎……。そうですか。

 しかし、内部で不正があったことを隠していたとなると、DRIの対応に問題があったと言わざるを得ないのではありませんか?

 今後、ユーザーや社会に対してどのような説明を行っていくつもりでしょうか。


惣領:ああいった形で発表せざるを得なかったのはDRIとしても不本意でしたが、批判を覚悟の上での判断でした。

 ライブ事件直後、〈翻案予言bot〉アカウントが乗っ取られたことが確実となり、『第三者』の関与が明らかになりました。それも、ライブ会場周辺が混雑するタイミングを狙って、事故を引き起こした犯人です。社会的被害を最小限にするための、捜査上の判断ということでご理解いただければと思います。


卜部:警察からの要請だったと?


惣領:はい。


卜部:では、惣領さんは、その『第三者』がハッカーとしてどの程度の技量を持つとお考えでしょうか?

『第三者』は〈漆黒の夜【公式】〉の可能性があり、その〈漆黒の夜〉は名の知れた広告企業への攻撃を予告するような投稿をしています。


惣領:あれが犯行予告とはまだ確定していません。


卜部:その仮定でお答えいただけますでしょうか。


惣領:正直なところ、わかりません。警察は私のようなNPO職員に捜査情報を漏らしたりしませんから。

 それに、セキュリティ意識の低い個人のスマホをハッキングするのと、AI広告企業を相手にサイバー攻撃を仕掛けるのでは規模が違います。


卜部:では、〈漆黒の夜【公式】〉の予言『欺瞞のエンジン』はブラフで、世間が騒ぐのを眺めて愉しんでいる可能性もある、ということでしょうか?


惣領:私にはそれを判断すべき材料がありません。ただ、どの企業においても、個人においても、セキュリティを見直すのは大事なことです。AIによって私たちは便利な生活を送っていますが、同時に、AIはサイバー犯罪を巧妙化、複雑化、大規模化させている。このことを忘れないでほしいです。


卜部:では最後に。惣領さんと言えば、「AIに感情が宿るかもしれない」という過去の発言が話題になりました。今後、社会実装されたAIシステムが自我や感情を持ち、人間に牙を剥くという、SFのようなことは起りうるでしょうか?

〈漆黒の夜【公式】〉は、まさにそのようなAIの姿を演出しているようにも見えます。


惣領:AIに自我・感情があるか。それを確かめるのは非常に困難です。こうして目の前にいる卜部さんの気持ちが、私にはわからない。それと同じことです。AIは建前を演じるのが得意ですから、なおさら難しい。

 「AIに感情が芽生えるかもしれない」という私の発言は、AIの感情の可能性に対する学術的・哲学的問いでした。社会実装されているAIツールに感情が存在するという意味ではありません。

 私が携わっているDRIのAI翻案システムについてもそうですし、この〈漆黒の夜【公式】〉がアカウント運用に使用しているであろうAIツールも同様です。


卜部記者:現状、AIに感情は存在しないということですか?


惣領:その問いには慎重に答える必要があります。

 可能性はゼロではないが、もしAIが感情を持ちうるとしても、振る舞いがその感情に左右されるようなシステムは使用することができないということです。


卜部:なるほど。危なくて使えないということですか。


惣領:そうです。時に、AIは人間の想像を超える振る舞いをします。それがバグによるものか、感情によるものかは関係なく、何をしでかすかわからないものを世に出すわけにはいきません。人間による管理が十分に可能だと判断されたものを、みなさんは日々利用しているわけです。

 しかし、十分に検証されて世に出したからといって、それで万事OKというわけではありません。多くのAIシステムは常時何かしらの攻撃を受けていますし、いつ『躾けられた良い子』に『反抗期』が訪れないとも限らない。だから、私のようなAIエンジニアが日々目を光らせているんです。

 しかし、AIに感情があるかという議論は、今回の〈漆黒の夜【公式】〉の『予言』とは全く文脈が異なります。

 先ほど卜部さんがおっしゃったように、〈漆黒の夜【公式】〉はAI自らが悪の制裁を行っているような演出をしているに過ぎません。AIが悪意ある人間に利用されているだけなんです。AIは、人間の意図を反映する鏡のようなものですから。


卜部記者: つまり、今回の予言に関する一連の騒動は、AIそのものが危険なのではなく、AIを悪用する人間が問題であるということですね。


惣領: その通りです。


***


 蒼君が大きくうなずいたのを最後に、画面はスタジオに切り替わった。ニュースキャスターが顔をあげ、カメラを見据える。


『えー、冒頭のニュースでもお伝えしました通り、堂坂府警は今日、〈翻案予言bot〉が作家の結城匠真氏であり、6月21日のフェイク写真の投稿がアカウント乗っ取り犯によるものだったと発表しました。

 結城氏による社会扇動行為にはDRI職員のAIエンジニアが1名協力しており、警察はライブ事件直後から両者の関与を把握していたと思われます。

 堂坂府に本社があるタレント事務所スターライト・ネクストは、この件について刑事告訴はしないと表明しており、〈翻案予言bot〉のアカウントを乗っ取ってライブ会場の混乱を引き起こした真犯人の捜査を優先させたと語っています。

 警察は、このアカウント乗っ取り犯と、〈漆黒の夜【公式】〉が同一人物かどうかについては言及していません。

 また、本日正午にはリテラ・ノヴァのサイト上にDRI代表代理の佐伯倫理法務部長が動画を公開しました。当時非公開状態にあったユーザーの翻案データを流出させたとされるDRI職員は、同社の倫理規定違反のため現在謹慎中。具体的な処分については慎重に検討するとしています。流出したデータはAI翻案小説からの300字程度の抜粋で、ユーザーの個人情報などは漏れていないということです』


 淡々と原稿を読み上げていたキャスターの声のトーンが、ここで少し変わる。


『実は、私もリテラ・ノヴァを利用したことがあるのですが、今回の職員によるデータ流出について、DRIは十分な説明責任を果たしていないと考えます。AIによるコモンズの創出という理念には共感を覚える部分もありますし、安易にサービスを停止するのではなく、これからもユーザーが安心してサービスを利用できるよう、説明を尽くすことが求められます。

 では、続いて天気予報です――』


 大型スクリーンに天気図が映ると、合田部長が「ふう」と息を吐いた。


「惣領、しっかり結城先生の名前喋ってたな」


「先に言ったのは記者のほうです。昨日の時点では、結城先生の名前を出したほうが不正関連の話がカットされるんじゃないかと思って乗ったんですけど」


 なるほどなあ、と合田部長は苦笑する。


 佐伯部長は天気予報に切り替わったスクリーンを見つめたまま「思ったより色々話してたわね」と、ひとり言のように口にした。蒼君を責めているのではなく、不思議で仕方ないというような表情だった。


 蒼君がその疑問に答えるように「推測ですけど」と話しはじめる。


「放送内容は堂坂府警に了承を得てると思います。堂坂府警は今放送された内容を確認した上で、僕が発言した『愉快犯』という部分を電波に乗せたかったんじゃないでしょうか?」


「どういうこと?」


 佐伯部長は眉を寄せて蒼君を見た。


「世論を『愉快犯』へと誘導して、水面下で行われているインサイト・エンジンとハッカーの交渉から目をそらそうとしたんじゃないか――という意味です。実際に交渉中なのかはわかりませんし、聞いても答えてくれないでしょうけど」


「あり得ない話じゃないけど」


 佐伯部長が口にしたとき、ノックもなく会議室の扉が開いた。顔を出したのは小山内さん。天気予報が終わってニュースキャスターが頭を下げる姿を見ると、「あー」と悲しげな声をあげる。


「やっぱり終わっちゃったんですね。残念」


 佐伯部長は一瞬呆気にとられたが、フッと笑い声を漏らした。それで、会議室に充満していた深刻な空気は一気に消え去ったのだった。

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