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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter2 DRI臨時会議
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#7 文体模倣

「佐伯部長」と、合田部長は吐息混じりに口を開いた。


「アルゴリズムの見直しは再三再四行っています。AI倫理という曖昧な指針ではなく、見直すのであれば視点を明確にしてくれないと困ります。

 アニメ業界がピリピリしてるのは理解できますが、リテラ・ノヴァの翻案マイクロノベルがアニメ生成のプロンプトに利用されているからといって、マイクロノベルの生成サービスを中止したところで何の意味もないでしょう。これだけハヤト文体が流行してる状況では、適当なAIチャットで『ハヤト文体でマイクロノベルを書いて』と打ち込めば簡単に生成される。AIに『ハヤト』になりきって答えてもらえば、ファンにとってはさらにありがたみが増すかもしれませんね」


 合田部長の強い語気にほんのわずか無言の時間が流れ、「あの……」とその沈黙を破ったのは、意外にも小山内さんだった。佐伯部長も驚いた様子で目を見開き「発言していいわよ」とうながす。


「えっと、……AIアニメではなくて、ハヤト文体のことなんですが」


「構いませんよ」


「ハヤト文体に対する批判について、さっき本宮さんは『作家の平井颯人の文体をAIで摸倣すること』への批判というふうにおっしゃったんですけど、ごく少数なんですが、平井先生の著作のファンからは、あの文体を『ハヤト文体』と呼ぶこと自体を批判してる人もいます」


 私の顔色をうかがうような小山内さんの眼差しと、佐伯部長の詳細を問うような視線を受けて、私は口を開いた。


「そういった批判も確認していますが、基本的に読書好きのアカウント同士が内輪でそういった会話をしているもので、批判というよりは、ハヤト文体で騒いでいる人を冷笑するようなものです。もちろんその意見を無視してよいとは思いませんが――」


「でもッ……!」


 小山内さんの興奮した声に、会議室はこれまでの重苦しい空気とは違った、戸惑いを帯びた不思議な雰囲気に包まれた。


「あっ、……ごめんなさい。すいません」


「落ち着いて話せばいいから」


 蓮見部長が苦笑を浮かべ、慌てる小山内さんを諭すように肩を叩く。どうやら彼女の興奮の理由を知っているようだった。


「あっ……、えっと、実は、……私、平井先生のファンなんです。著作を何度も読み返していて、コラムとかも全部読んでるんです。

 担当の本宮さんの前で差し出がましい発言だとは思うんですが、平井先生自身も、『ハヤト文体』という言葉が一人歩きしていることに負担を感じているんじゃないかって気がして」


「それは、カウンセラーとしての視点からそう見えるということかしら?」


 佐伯部長の鋭い視線に小山内さんは言葉を詰まらせ、蓮見部長が挙手してフォローした。


「若干、小山内さんの個人的な見解が過ぎるようにも思いますが、平井先生が繊細な心の持ち主だというのはファンの間でも言われているそうです。

 実際に平井先生が負担を感じているなら何かしらの対応が必要でしょうが、それは本宮さんの仕事ですし、現時点でカンサポ部が口出しすることではなかったかもしれません。

 ただ、ハヤト文体について、以前から小山内さんと話していたことがあります。この機会にお話させていただいても?」


「どうぞ」


「そもそも、文体模倣はリテラ・ノヴァの目指す方向ではありません。

 リテラ・ノヴァで原本指定して生成されるAI翻案は、既存の作家の文体を模倣するものではなく、その物語にあるテーマや、独自の構成などを受け継ぐものです。一方、文体の選択肢は、口語体、詩的な文体、寓話的な文体など、特定の人物の文体を指定するものではありません。

 このような形にしているのは、作者に対するリテラ・ノヴァの敬意の表れだと解釈していたのですが、もしそうなら、ハヤト文体がファンによって生み出されたものだとしても、リテラ・ノヴァがそれに便乗するのは違和感があるんです。

 それに、佐伯部長もハヤト文体の流行をあまり肯定的に見ておられませんよね」


 蓮見部長の最後の言葉に、私は内心ドキリとした。


 ハヤト文体は自然発生的に生まれたブームだが、作家・平井颯人を巻き込んでリテラ・ノヴァの認知度をあげようと言い出したのは、間違いなく私だ。佐伯部長は、口を開く直前にチラと私を一瞥した。


「私は、ハヤト文体を否定するつもりはありません。ただし、蓮見部長が発言された違和感も頭にありました。リテラ・ノヴァが目指すのは『新しい文学』であり、安易に既存作家の文体をまねて遊ぶようなものにはしたくありませんから。それに、そういう遊びがしたいのなら、手元のチャットAIでいくらでもできますよね」


「でしたら提案があります」と、蓮見部長はさらに続けた。


「翻案生成時にユーザーが受ける心理テストは、現在は固定の10問をすべての生成時に適用しています。ハヤト文体を生成したい人にとっては、実際に自分で選択するのは10問中の7問。それ以外はハヤトレシピと言われる、答えの決まった3問です。これでは、ユーザーの心理を反映した翻案とは言えません。

 それに、この10問の心理テストは登録済みのユーザーがショートショートと短編を生成するときにも使用しますが、毎回同じ質問に答えるとなると、今回は以前と違う選択にしてみようという考えも起きるはず。これもやはりユーザーのその時の心理を反映したものにはなりません。そこで、心理テストの10問を何セットか用意して、ランダムに割り当てるのはどうでしょうか」


 佐伯部長がAIチームふたりに視線をやり、発言しようとした合田部長を遮るように、蒼君が先に言葉を発した。

 

「技術的には可能です。ただし、システムへの負荷を考慮すると、トライアル用のマイクロノベル生成にそれを適用するのはどうかと思います。

 それに、ハヤト文体の流行はそこまで問題視することでしょうか。すでにピークは過ぎましたし、流行したという事実は、それを求めている人が多く存在したということです。

 それをあえて生成できないようにするのは、ユーザーの期待を裏切ることになります。突然システム変更を行ってハヤトレシピが使用できなくなれば、ハヤトファンからの批判もあるでしょう。DRIと平井先生との間に何か問題があったのではと勘ぐるファンも出てくるかもしれません。

 それに、もし、小山内さんの言う通り平井先生がこのブームを負担に感じていたとしても、ハヤト文体で著作の売上が伸びたのも事実です。つまり、ハヤト文体がなくなることで平井先生が不利益を被る可能性もあるということ。システムを変えるなら、先に平井先生に話を通しておく必要があります。

 また、リテラ・ノヴァにとっても、ハヤト文体がなくなるデメリットは大きいと思います。リテラ・ノヴァを広く知ってもらうという当初の目的を果たせたのは、ハヤト文体の流行があってこそです。それにより登録者数は10倍に増え、中長編を課金で生成するユーザーも確実に増加しています」


 淡々とした口調でカンサポ部ふたりの意見をごっそりひっくり返した彼は、最後に一言。


「登録ユーザー用のショートショートと短編について、心理テストのパターンを増やすのは賛成です」


「合田部長も同じ意見?」と佐伯部長に尋ねられた合田部長。厳つい顔に中間管理職的な葛藤を滲ませた。


「技術的には惣領の言った通りです。マイクロノベルにこれ以上リソースを割くなら、せめて登録必須にするとかしたほうがいいと思います。あとは、ハヤト文体についてですが、これまでもDRIとして『ハヤト文体』という表現を使うのは公の場では避けてきたはずです。対応はそれで十分ではないでしょうか。あ、もちろん本宮さんの方で平井先生をフォローすることは必要ですし、その際にカンサポ部の手を借りてもいいのでは?」


「そうね」


 短く答えると、佐伯部長は顎に手を当てて目を閉じた。思考モードに入るときの癖で、糸井部長はこの隙にと溜まった緊張を解きほぐすように肩を回している。


 私は、小山内さんの言った「ハヤト文体の流行が平井先生の負担になっている」という言葉について考えていた。ハヤト君が私に見せる作家としての表情は、アイドルとしての甘えん坊の末っ子キャラクターとは異なっている。小山内さんの言葉通り、周囲に気を遣う、繊細なタイプなのは間違いなかった。


 だからこそ、今、小さな懸念がジワジワと大きくなっている。私は、使命感のようなものに駆られ、「少しいいでしょうか」と口を開いた。

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