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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 31040
Chapter2 DRI臨時会議
8/12

#8 保存されないデータ

 私の頭にあったのは、昨日見つけた『#泥棒図書館』というハッシュタグでの投稿。あの投稿には『#ハヤト文体』のタグもあったのだ。


 会議参加者の視線を一身に浴び、私は緊張を隠して「実は」と口を開く。


「ハヤト文体を詐称する投稿を見つけました。リテラ・ノヴァで生成されたものでないのは間違いありませんが、ハッシュタグで『ハヤト文体』とつけられていて、内容はリテラ・ノヴァを批判するものです」


「その投稿、今、出せる?」


 佐伯部長が険しい表情で言い、私はブックマークしていたその投稿をモニターに表示した。数行のマイクロノベルを読んで苦笑しているのは合田部長、眉を潜めているのは佐伯部長と蓮見部長。


『その新しき図書館では、顔のない司書が善人のふりをして、聖母の仮面をつけ人々に盗本を読み聞かせるという。司書どもは夜ごと墓石を打ち砕き、故人の骨を拾い集めては、継ぎ接ぎだらけの冥作を生み出し得意満面になっている。騙される方が悪いと誰が言ったか。ついには生者を垂らし込み、自らの手で墓石を作らせ、それを割らせ、破片を盗作と混ぜ合わせては、迷作ばかりを垂れ流す。

 #AI翻案 #泥棒図書館 #翻案図書館 #リテラ・ノヴァ #ハヤト文体』


「140字をオーバーしてますね。ハヤト文体でもない。冥作なんて、合田部長が言いそうなオヤジギャグだし」


「おい」と合田部長が蒼君を小突き、ほんのわずかに会議室の空気が和らいだ。が、「詐称は他に確認できてる?」と佐伯部長の厳しい声が響く。


 私は説明を続けようとしたが、糸井部長がそれを制するようにポンと肩を叩いた。


「それは私から。

 この投稿について本宮さんから報告を受けたのは、昨日のことでした。その後リサーチしたのですが、リテラ・ノヴァを詐称していると思われるマイクロノベルは、Pitter以外にもいくつかのプラットフォームで散見されています。ほとんどがリテラ・ノヴァのAI翻案を批判する内容で、反AIクリエイターによるものでした。

 こう言ってはなんですが、AI翻案ブームが起きたとはいえ、『リテラ・ノヴァ』という名前はまだまだ浸透しておらず、『AI翻案図書館』と呼ばれることの方が多いです。今、このような不適切な文章に『#リテラ・ノヴァ』というタグがつけられては、せっかく浸透しかけたリテラ・ノヴァのサービスに良くない印象を持つ人が出てくるでしょう」


「じゃあ、ハヤト文体の印象も悪くなりますね」


 思わず口にしてしまったという表情で、小山内さんは申し訳なさそうに身を縮めた。しかし、佐伯部長は彼女の言葉を重く受け止めたようだった。


「ハヤト文体というタグをつけて、この投稿のような陰湿な印象の文章が広まることは、平井先生の事務所も問題視する可能性があります。もしかしたら、今後、この投稿以上に問題のある――例えば、残虐だったり性的表現を含むような投稿がされるというのも、あり得ないことではありません。

 詐称投稿の検知はAIチームで可能ですか?」


「詐欺投稿をピックアップするくらいならできますが、ランク付けも必要ですね。さすがに、この程度の表現で法的に訴えることは難しいでしょう?」


 合田部長の指摘に、佐伯部長は小さな吐息を漏らす。


「ハヤト文体と詐称し、リテラ・ノヴァで生成したかのように投稿しているので、その点において訴えることは可能です。しかし、こういったものはDMで投稿の取り下げを求めれば大抵応じてくれますし、訴訟費用や労力を考えると大ごとにしないほうが得策です。なので、検知次第DMを自動送信するような形が良いかもしれません。

 問題は、どの程度の表現なら悪質と見做されるかという線引きですが、マイクロノベルという体裁をとっているのが厄介です。誹謗中傷とは見做されにくいですから」


 会議室のあちこちで唸り声とため息が聞こえる中、蒼君が「問題がもう一点あります」と手を挙げた。


「トライアル用のマイクロノベルは、データを保存していません。この投稿のように明らかに文字数オーバーしていればリテラ・ノヴァの翻案ではないと証明できますが、字数を140字以下にされたら証明できません」


「確かに、その問題があったな」合田部長が天井を仰いだ。


「つまり、残虐な文章や性的な文章がリテラ・ノヴァのものとして投稿されても、それを否定する術がないということですね?」


 佐伯部長の指摘に、合田部長は曖昧にうなずく。


「論点はふたつあります。ひとつは、任意の文章をリテラ・ノヴァのAI翻案かどうか判別できるかという点。もうひとつは、リテラ・ノヴァが今おっしゃったような問題のある文章を生成する可能性があるかという点です。

 まず、ひとつめ。リテラ・ノヴァの生成物かどうかの判別は、惣領が言った通り、DRIにデータが存在しないので困難です。

 次に、リテラ・ノヴァが倫理的に問題のある文章を作成する可能性についてですが、現行のアルゴリズムでは、理論上は考えにくい。ランダム生成して検証を重ねていますが、今のところそういった問題ある文章は確認していません。

 しかし、技術者としては、AIの予測不能なリスクは完全に排除できるものではないと言わざるをえません。それは佐伯部長もよくご存知のはずです。

 それを踏まえた上でさらに付け加えるなら、中長編翻案を原本指定で生成すれば、殺人シーンや濡れ場なども出てきます。もちろん表現はマイルドになるよう調整していますけどね。

 一方、今問題となってるマイクロノベルは登録なしで生成できることから、倫理面において最大限の配慮をしています。140字という字数制限を考慮すると、問題ある文章が生成される可能性は限りなくゼロに近い。ただ、今話した内容が悪質な詐称投稿への反証となるかについては、佐伯部長のご専門かと。私からは以上です」


 合田部長と佐伯部長との間で、倫理法務部の秦さんが居心地悪そうに肩を縮めている。


「合田部長、先ほど惣領君が指摘した、『データが保存されない翻案』はマイクロノベルだけではありませんよね。中長編のパーソナライズ翻案は、ユーザーの選択によっては著作権がユーザーに移り、その場合DRIにデータは残らない。

 今、こうして起きているマイクロノベル詐称と同じ問題が、中長編のパーソナライズ翻案で起きないとも限らないのです」


「しかし、中編や長編をリテラ・ノヴァのものだと詐称して公開する人がいるでしょうか? 糸井部長、実際そういう例はあるんですかね?」


 私の知っている限り、そういった例はない。『ハヤト文体』『リテラ・ノヴァ』『AI翻案』で検索をかけてチェックしているのはSNSだけでなく、ブログプラットフォームや小説投稿サイトも調査対象になっている。しかし、今のところリテラ・ノヴァのAI翻案だと銘打って公開されているものは存在しない――はずなのだが、糸井部長はなぜかその細い目尻に憂いを浮かべた。


「中長編の全編を公開している例は確認していませんが、翻案抜粋を投稿している人がいるのを、つい先ほど見つけました」


 隣で驚く私に、糸井部長は片手でゴメンのジェスチャーをする。


「まだPitterしか確認していませんが、数十件以上は投稿されているようです」


「内容に問題がありそうなものは?」と佐伯部長。


「ざっと見たところ、気に入った一節を投稿しているように見えるのですが……」


 語尾を濁した言い方に、佐伯部長は「何か問題でも?」と眉をひそめた。


「ちゃんと調べてから報告するつもりだったのですが、投稿された抜粋部分に対して、それを予言のように解釈する人たちがいるようなんです」


「予言?」


 合田部長は面食らった顔をした。該当する投稿を表示するよう求められた糸井部長が、Pitter画面をモニターに映す。

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