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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter10 翻案予言bot
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#62 Shoma Yuki

 合田部長にことのあらましを説明したあと、佐伯部長の執務室で一希君の聴取が行われた。そこには合田部長と糸井部長、私も同席したが、蒼君は一希君のPCを確認するため9階に残ることになった。


 一希君の話によると、彼が非公開データにアクセスしたのは、私が書架の小径の帰りに9階に顔を出した翌日。日曜日のことだ。蒼君が以前、「佐伯部長に言われたからかどうかはわからないですけど、新田さんにしては珍しく休みの日にここ来てたらしいです」と言っていたのを思い出した。


 AI翻案抜粋文の抽出対象となったのは、当時、公開・非公開選択期間にあったパーソナライズ長編翻案5作品。確認したところ、そのうち3作品はすでにコモンズギャラリーに公開されていた。しかし、『漆黒の夜』の予言の元になった文章を含む翻案は、以前も確認したとおりDRIにデータは残っていない。つまり、非公開を選択して、著作権がユーザーに移ったということだ。


 この事実を、佐伯部長も合田部長も深刻に受け止めているようだった。DRI職員が流出させたユーザーの著作物が、翻案予言botの予言『漆黒の夜』とともに今も拡散し続けているのだから当然のこと。


 問題はそれだけではない。


 翻案予言botが匠真だということは判明したけれど、彼のアカウントを乗っ取ってデマを拡散した人間は別にいる。その人物の手がかりは、今のところひとつもないのだ。


 結局、警察に頼らざるを得ないだろうということになり、匠真が到着する前にSLNの砂川さんに連絡をとって状況を説明した。すると、その場にいたハヤト君が話し合いの場に自分も参加したいと強く要望し、ふたりもオンラインで加わることになった。


 私のスマホに匠真から着信があったのは午後2時半前。参加メンバーは、蒼君以外すでに会議室に集合していた。


 電話を受けると、匠真は名乗りもせず「コネクト・アベニューをそっちに向かっているから、あと10分ほどで着く」と要件だけ口にする。


「じゃあ、DRIのエントランスロビーに10分後に迎えに行くから」


 通話はそれだけで終了した。


 糸井部長は砂川さんに電話をかけ、合田部長が9階の蒼君をスマホで呼び出し、一希君は気が重そうな顔で吐息をもらす。佐伯部長は「本宮さん」と、心配そうな眼差しで私を見た。


「念のためにエントランスロビーに行くのは遠藤さんに頼んで、あなたは8階のエレベーターホールで先生をお迎えして。それと、先生に対してはちゃんと来客として接するように」


 そう言うと、含みのある表情でうなずく。他の職員が匠真の来訪を不信に思わないよう、ちゃんと客人として応対しろということだろう。


「わかりました。では、ちょっと行ってきます」


 反AI作家・結城匠真の訪問は、DRI職員にとっては晴天の霹靂に違いなかった。出迎えを頼んだ遠藤さんは一瞬訝しげに眉を寄せたが、事情があると察し、いつもの笑顔に戻って「りょうか〜い」とエレベーターに向かった。彼女が7階に向かったのと入れ替わりに、エレベーターから降りてきたのは蒼君。


「理久さん。遠藤さんが下に降りたの、先生の出迎えですか?」


「うん。佐伯部長がそうしろって」


「理久さん、有名人ですからね」


「蒼君ほどじゃないよ。SLN研修生の次は異端の天才AIエンジニア」


 ふと、蒼君がノートPCと一緒に手に持っているスマホが目に止まった。キン肉ボーイのシールが貼られているということは、一希君のものだ。


「ねえ、スマホまで調べたの?」


「いえ。新田さんから調べていいって渡されたんですけど、触ってません。僕が新田さんのブースで作業してるだけでも違和感あるのに、キン肉ボーイのついてるスマホの解析まで始めたら、みんなに怪しまれますから。

 あっ、でも、新文部の『庄間由宇香』はたぶん新田さんです。あとで本人に確認しないと」


 庄間由宇香と言えば、三野さんたちが怪しいと言っていた、AI翻案抜粋をPitterに投稿しようと言いはじめたアカウントだ。


「なんでわかったの?」


「ついさっき、新田さんのスマホにローマ字表記で『Shoma(ショーマ) Yuki(ユキ)』っていう人から着信があったんです。3コールで切れたけど、あれ、たぶん結城先生だと思います」


 私が首をかしげると、蒼君は悪戯っぽい笑みを口元に浮かべる。


「結城先生の下の名前、タクマだけどショーマとも読めるでしょう?

 それをローマ字表記にすると『Shoma Yuki』。『Shoma Yuka』と一字違いです。新田さんはたぶん、着信画面を見られても結城先生だと気づかれないようにShoma Yukiって登録したんだと思います。CommuLinkのアカウント名はそこからきてるんじゃないかな。

 ――あっ、来たみたいです」


 エレベーターの階数表示を見ながら喋っていた蒼君が表情を引き締めた。

 

「蒼君、先に会議室行ってていいよ」


「嫌です。デマ投稿が結城先生の仕業じゃなくても、理久さんと平井先生のフェイク写真はたぶん先生が加工したんだと思います。そんな人と理久さんをふたりきりにできません」


「遠藤さんがいるのに」


「どうせもう来るんだから、いいじゃないですか」


 チンとエレベーターの到着音が鳴って、扉が開いた。遠藤さんは蒼君が私と一緒にいるのを見ると、「私はこれで」と、そそくさと去っていく。匠真が私に近づこうとし、それを阻むように蒼君が前に出た。


「結城先生、わざわざ足をお運びありがとうございます。どうぞ、こちらへ」


「あなたは――」


 匠真の視線が、蒼君のテーピングの巻かれた足首に向けられた。


「AI開発・アルゴリズム研究部の惣領と言います。新田先輩の後輩です」


 蒼君が一希君のことを「先輩」と呼んだことはない。蒼君の意図は測りかねたが、匠真は彼が一希君の名前を出したことに警戒を強めたようだった。


「惣領さんと言えば、AIに感情があると発言された方ですよね」


「ご存知でしたか。Pitterに過去の記事が出回ってるようですが、正確には『AIに感情が芽生えるかもしれない』です。インタビュー時は『宿るかもしれない』という言い方をしました。いずれにせよ、私が言及したのは可能性についてです。このニュアンスの違いは、先生ならおわかりいただけると思います。

 ここで立ち話をしているわけにもいかないので、こちらへどうぞ」


 歩き出した蒼君は、ほんのわずかに怪我した方の足を引きずっている。匠真は彼の横に、私は半歩後ろをついて行った。


 身長差は10センチ以上。このふたりが並んでいるのは妙な気分だ。キュレ部の中から好奇心剥き出しにこちらを見ている市原は、私と目が合うとおどけるように肩をすくめた。


「惣領さんのその怪我は、昨日の?」


 匠真がボソッと口にした。


「私をかばって怪我したの」


 後ろからピシャリと言うと、彼は気まずそうに背を丸める。蒼君は密かに笑ったようだった。そして、いかにも今思い出したというように「あっ」と声をあげる。


「結城先生。先生は『庄間由宇香』という人物をご存知ですか? CommuLinkの新文部というコミュニティに所属してるアカウントです。先生も新文部のメンバーですよね」


 どうやら鎌をかけたようだ。


「文章講座の生徒に誘われて入りましたけど、ほったらかしで」


「そうなんですか? 僕は、結城先生はPitterで勧誘されて入ったんだと思ってました。その後に結城先生が新田さんを招待して、新田さんは『庄間由宇香』っていう名前で登録したんじゃないかと」


 匠真は「ああ」とも「うん」ともつかない曖昧な返事をし、周囲をうかがう。カンサポ部のふたりは電話応対中で、こちらには気づいていないようだった。


「そのアカウントは知ってますが――」


「結城先生、漢字だけ見てるとわかりませんけど、『ゆうか・しょうま』って聞き覚えがありませんか? 名前、読み間違えられたことはないですか?」


 匠真は眉を寄せ、「俺の名前に似てると?」と不機嫌に言う。


「新田さんがどういう意図でそんな名前を使ったのかは、本人に聞かないとわかりません。けど、何か思うところはきっとあったんだと思います」


「何を言いたいのか意図を掴みかねます。ハッキリ言ってもらえませんか?」


「先生はいつ正体をバラされてもおかしくなかったってことです。でも、新田さんはそうしなかった。むしろ正体がバレないように助言して、アカウントが乗っ取られたら対処して」


「彼にもやましいことがあったからでしょう? 勝手にアカウント情報を探るのは犯罪だと思いますが、DRIではそういうことが許されているんですか?」


 私は匠真の態度に思わず声をあげかけたが、蒼君がそれを止めるようにチラと振り返った。すでに、私たちは会議室の前まで来ていた。蒼君は取っ手に手をかけ、そして匠真に問いかける。


「先生は、ご自分のやったことが犯罪ではないとお考えですか?」


 答えを聞く前に、蒼君は扉を引き開けた。すでにスターライト・ネクストと接続された状態で、ハヤト君の姿が映し出されたスクリーンを見た瞬間、匠真は顔を強張らせて足を止めた。

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