#60 倫理規定違反
「結城先生がハヤトに批判的なのは言うまでもないし、酔っ払った理久から、先生について色々聞かされたし」
一希君はそんなふうに話を続けた。正直なところ、私は彼に何をどこまで話したのか、お酒のせいでほとんど覚えていなかった。問いかけるような蒼君の視線に居心地悪さを覚え、「その後は?」と話の先を促す。
「アカウントについて探ったって言っただろ。最初は、リテラ・ノヴァに結城先生の登録履歴がないか調べてみたんだ」
「あったの?」
「あった」
その答えに私と蒼君は顔を見合わせた。予想外過ぎて言葉も出ない。
「でも、登録して1週間で解約してる」
「新田さんが履歴から見つけたってことは、情報保護期間内だったってことですよね?」
「ああ。登録してたのは、ハヤト文体が流行りはじめた10月頃。保護期間は3ヶ月だから、俺が見つけた12月がギリギリ。そのデータから接続端末のバージョン情報がわかったんだけど、結城先生らしい、古いタイプの端末だった」
「新田さん」と、蒼君が非難の眼差しを向ける。
「わかってるよ。私的利用はDRIの倫理規定違反だ。それ以上はマズいし、深入りするつもりもなかった。
でも、Bun-guyの投稿は気になって追ってたんだ。そしたら、年明けあたりから投稿内容が変化しはじめた。たぶん、さっき見せた投稿が『予言』として拡散したことで調子に乗ったんだと思う。AI翻案予言が始まったのはこの頃からだよ。
コモンズギャラリーから予言になりそうな文章を抜粋して、『#AI翻案抜粋』のタグをつけて投稿。続けて予言文も投稿する。
SLNの声明文読んだけど、ふたりは『新文部』については知ってるんだよな?」
「CommuLinkのコミュニティですよね?」
蒼君が即座に答えると、一希君はため息とともに自嘲の笑みを浮かべた。
「そのコミュニティの存在を知ったのはもう少し後だけど、新文部で予言が話題になり始めたのは、おそらく1月頃からだ。Bun-guyのフォロワーが増えはじめた。
タイムラインながめてたら『これ、DRIが変なもらい事故食らうんじゃないか』って思いはじめて、それで、確認のために抜粋元の翻案へのアクセスを確認したんだ。当然というか、結城先生の端末からのアクセス履歴があって、確信した。
その後、2月に入ってからだと思うけど、たまたま西京大であの人を見かけたんだ。背が高くてガタイがいいし、メディアに載ってる写真も見たことがあったからすぐにわかった。それで、声かけたんだ」
「なんて? 面識なかったはずでしょ?」
私が前のめりに聞くと、一希君はこんなときでも空気を和ませようとする習性があるのか、「リテラ・ノヴァの職員で〜すって」と、おちゃらけた口調で言う。
「まあ、当然だけど向こうは警戒してた。でも、このまま放っておくのはどうかと思って、さっきのスクショ見せて『これ先生の投稿ですか?』って聞いたんだ。Bun-guyがハヤト文体を自分流に翻案した文章を解析したら結城先生の文体傾向と同じだったし、リテラ・ノヴァに登録してましたよねって」
「脅迫ですか?」
呆れたような蒼君の言葉に、一希君は「先生もそう受け取ったらしい」と肩をすくめる。
「新田さん。もしかして、端末情報に関することも喋りました?」
「惣領はなんでもお見通しだな。俺としては忠告のつもりだったんだ。セキュリティのこと考えるなら、その端末はそろそろ替えたほうが良いって。
それに、結城先生の著作と投稿文を読み比べれば、俺みたいにBun-guyが結城先生と気づく人もいるかもしれないだろ。だから、過去の投稿は削除した方がいいって話もした。
脅すつもりなんて全然なくて、むしろ善意のつもりだったんだけどさ」
「新田さんだって、結城先生がリテラ・ノヴァに対して敵対心があるのは知ってたでしょう?
素直に助言を聞くと思うほうが甘いです。プライバシー保護義務について追求されたんじゃないですか?」
「正解。業務外でユーザーの端末情報まで調べるのは問題ないのかって。法的にグレーだとしても、俺がやったことをバラせば倫理を重んじるDRIの名に傷がつくんじゃないか。職員がユーザーのプライバシーを侵害したらネットは大騒ぎだろうなって。逆に弱みを握られるような形になった」
「その時点で合田部長に相談すべきでした」
「わかってるさ」と、一希君はうなだれる。ズボンが汚れるのも構わず胡座をかき、もどかしそうに頭を掻きむしった。
「どうして相談しなかったんですか」
「なんていうかさ、その頃、AI翻案に疑問を感じてたんだ」
私だけでなく蒼君も言葉の意味を理解しかねたらしく「どういう意味です?」と首をかしげる。
「翻案アニメだよ。あれで色々考えたんだ。AI翻案って、どうなんだって。著作者を冒涜してるんじゃないかって。
俺は、惣領や理久と違ってDRIの理念に共感して就職したわけじゃない。惣領みたいに大手企業から提示された高額年収を蹴ってNPOに来たなんていう、かっこいい経緯じゃないんだよ。わかるだろ?」
「何言ってるかわかりません。でも、ちょっと上から目線で言わせてもらっていいですか?」
蒼君は言葉そのままに、一希君の真正面に立って彼を見下ろした。一希君はきまり悪そうにのっそりと顔をあげる。
「新田さんの中にそういう疑問が芽生えたことは、むしろ喜ぶべきことだと思います。コモンズと著作権について、ちゃんと考えるようになったってことですから。
でも、それが倫理規定違反の理由にはならないし、やらかしたことは消せません。ちゃんと佐伯部長の前で話してください。もともと話すつもりだったみたいですし、ここ最近態度が変だったのも罪悪感からですよね?」
蒼君が最後に寄り添うような言葉を口にしたせいか、一希君の目が潤んだ。それを隠すように、いっそう深くうなだれる。
「……惣領。俺、本当にヤバいことやらかしたんだ。あの人に、非公開データ渡した」
「非公開データ?」
蒼君の顔がサッと青ざめた。




