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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 31040
Chapter2 DRI臨時会議
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#5 DRI臨時会議

「本宮さん、惣領君があなたのこと見てるみたいよ」


 櫻井さんに声をかけられて顔をあげた。ガラスで仕切られたコンテンツ・キュレーション部の前の通路を、蒼君と、AI開発・アルゴリズム研究部の合田部長とが歩いている。


 蒼君は無表情のままヒョイと手をあげた。こっちが手を振り返すと「まだ行かないんですか?」と言うように首をかしげ、通路の先の会議室の方へと目をやる。


「本宮さん、私たちもそろそろ行こうか」と、糸井部長が立ち上がった。


 5月29日金曜日、時刻は午前11時14分。臨時会議の開始時刻まであと6分。会議室までは歩いて二十秒。


 デスクに置いたタブレットには、DRIの独自コミュニケーションプラットフォーム「D‐base」の画面が開いてあった。一度目を通した臨時会議のレジュメを再確認している途中だったが、切り上げて席を立つ。


 扉に手をかけたとき、不意に何か光ったような気がして振り返った。街にのしかかるようなどんよりとした鈍色の雲の一部が、パパッとかすかな光を帯びる。


「あー、天気予報当たりそうですね。ひと雨来そう」

「雷注意報出てるみたいよ」

「うちの子、雷怖がるんですよ。大丈夫かな」


 市原と櫻井さんの雑談を背後に聞きながら、私はコンテンツ・キュレーション部を出た。


 DRI8階フロアは、エレベーターを降りてすぐのところに我がコンテンツ・キュレーション部(通称:キュレ部)、その隣にカウンセリング・サポート部(通称:カンサポ部)があり、この2部門はガラス張りになっている。通路を挟んで総務部、給湯室、会議室、相談室などが並んでいるが、そちらは外部から様子を見ることはできない。通路の先にあるのが倫理法務部で、その中に佐伯部長の執務室がある。


 キュレ部を出ると、同じタイミングでカンサポ部から蓮見部長と職員の小山内さんが顔を見せた。たった2人の部署。ガラス越しに透けて見えるカンサポ部には誰もいない。


「私たちが最後みたいね」


 蓮見部長は聖母のような笑みを寄越したが、素は気風のいい肝っ玉母さん。その蓮見部長の後をいそいそと追いかけていくのは、去年の夏前に中途入社したばかりの小山内さん。


 小山内さんは、カウンセラー資格を持っているとは思えないような人見知りだ。蓮見部長と話している時は表情が和らぐが、それ以外の職員相手だといつも緊張している。しかし、土壇場で肝が据わるタイプらしい。去年の翻案ブーム中はカンサポ部と総務部とが電話対応にあたっていたのだが、「クレーマーすら話術で丸め込む最終兵器・小山内」とひそかに囁かれていたとか。


 残念ながら彼女はまだ私に心を開いてくれていないらしく、ペコリとぎこちなく頭を下げる。


 会議室に入ると、他のメンバーはすでに着席し、正面の大型スクリーンにはD‐baseのトップ画面が表示されていた。映し出されているのは佐伯部長のログイン画面らしく、右上に銀縁眼鏡をデザインした彼女のアイコンがある。


 U字型の机の一番右端に佐伯部長、その隣に倫理法務部の秦さん。AI開発・アルゴリズム部(通称:AIチームまたは9階)の合田部長、蒼君、我がキュレ部の糸井部長と続き、私は糸井部長の隣に座った。そして小山内さんと蓮見部長も席について計8名の臨時会議の参加者が揃い、職員が19名しかいないDRIの1/3以上が集まった。


 昨日急遽連絡が回って来たこの会議。今日の曇天と同じくらい重苦しい空気が漂っているのは、佐伯部長自らが仕切るとことになっていたからだ。通常の定例会議は総務部の遠藤さんが進行役を務めるのだが、今回は参加していない。


 横目で参加者の表情をうかがうと、厳つい顔の合田部長すら緊張をにじませていた。それなのに、合田部長の隣では蒼君が大きなあくびをし、指先で目じりの涙を拭いている。


「ずいぶんお疲れね、惣領君。翻案ミュージックの件で徹夜したって聞いたけど」


 労うような言葉をかけたのは佐伯部長。彼女も蒼君ほどではないけれど、あまり表情が変わらない。


「すいません。昨日は寝ましたから大丈夫です」


「そう。じゃあ、会議を始めましょうか」


 佐伯部長は手元のPCを操作し、Pitterのタイムラインを大型モニターに映した。彼女がその場で「#ハヤト文体」で検索すると、イラストやアニメーションを添付した投稿が次々とヒットする。


 レジュメに記載されていた議題は、『AI翻案マイクロノベルを使った動画生成AIアプリによるショート動画の氾濫と、それによる映像業界からの反発について』だった。


 私だけでなく、キュレ部の職員は「アニメ業界からAI翻案への批判はお門違い」という認識だったため、佐伯部長から臨時会議の招集があったときは驚いた。会議参加者の表情を見る限り、他の部署も同じような認識だったに違いない。そんな中、蒼君だけがいつも通りの無表情。


 佐伯部長は参加者全員をぐるりと見回すと、こう口を切った。


「今7階エントランスロビーでやっている翻案ミュージックですが、6月15日からコネクト・アベニューで披露する予定だったことは、みなさん知っていると思います。それが、一旦延期になりました」


「えっ」と身を乗り出したのは蒼君だった。合田部長も驚いているということは、今初めてここで明かされたらしい。


「佐伯部長、昨日提案した件で問題があったのでしょうか?」


 合田部長の問いに続いて、佐伯部長の返答がある前に「提案というのは?」と糸井部長が尋ねる。


「利用者がいないときに自動再生されるデモ映像を、西京をイメージしたものにするという話です。問題になるような提案ではないはずですが」


 佐伯部長は合田部長の言葉を受け止め、「ええ」とゆっくり首を振った。


「提案自体に問題はありません。昨日その件で先方に連絡をしたのですが、以前から翻案ミュージックの延期を検討していたとのことです」


「AI翻案のイメージ悪化が原因ですか?」


 蒼君の端的な言葉に、佐伯部長もまた「ええ」とはっきりうなずく。


「みなさんご存知の通り、反AI・反AI翻案の動きはネットを中心に活発化しています。著作権保護期間延長、ひいては著作権永久保護を求める署名運動も行われているようです。きっかけは、翻案マイクロノベルを使ったAI生成ショート動画、特にAIアニメの流行。Pitterに投稿されているAIアニメのすべてが問題なわけではありません。しかし、見過ごせないものも数多くあります」


 佐伯部長が全画面にして再生したのは、森に集う妖精たちが、泉の中に飛び込んで虹色の世界に出るという20秒の動画。そのキャラクターデザインも背景も既視感がある。


「スサノスタジオ風ですね」と糸井部長。


「ええ。スサノスタジオは1980年代頃から2010年代に人気を誇った、日本のアニメーション製作スタジオです。これまでもスサノスタジオ風のAIアニメはありましたが、今見てもらった動画に登場するキャラクターは、既存のアニメキャラクターと世界設定に酷似しており、著作権侵害が認められうるレベルのものです」


 大型モニターには、元のキャラクターと、今のアニメーションのキャラクターとが比較して映し出される。佐伯部長の言う通り、「画風が似ている」という言葉では片づけられない、まさにそのものだった。



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