ルイの嘘
厄介なことになったな、と考えて、ルイ・ベルトールは口の中で小さく舌打ちをした。
実に厄介なことになってしまった。
白銀の番の少女は、仲間の馬に乗り遠ざかっていく。
人を惹き付ける少女だと思う。外見は、まず間違いなく美しい部類に入る。だがそれよりも気にかかるのはフィオナ・ラインに生き写しのあの外見だ。生まれ変わりというものは、魂だけでなく姿さえ写し取るものなのか?
先程、彼女に語った話は当然、全て嘘だ。ルイは彼女を助けに来たわけではないし、白銀王の命令など受けているはずもない。事実は全くの逆だった。
フォグレスト国西部僻地、霧がかる森の中に白銀王の番の少女が生まれ変わり匿われていることを、メリア連邦国の一人の獣人が、数年に渡る潜伏の末に突き止めた。
そうしてややこしいことに、別の勢力――おそらく竜人の何者かが、その番の誘拐を企てているらしいことも同時に報告があった。考えるに番を人質に白銀に脅しをかけ、東大陸における支配地を優位にしようとしている一派だろう。もし番がその竜人に渡れば最悪の場合、竜族同士の争いで大陸全土が戦場となる。
報告を受けたメリア連邦国の中央政府はルイに命令を下した。番の少女を竜人勢力より先に見つけ出し、その場で殺せ、と。
ルイが所属するのは、長らく聖竜帝国との争いを繰り広げてきた反竜を掲げる複数の国家が近年形成したメリア連邦国であり、その目的は東大陸を竜族から解放することであり、竜人への反抗意識はどこの国家よりも高い。
作戦執行は数日後の予定で、今日は地形と、番が匿われている建物の確認だけのはずだった。持ち帰った情報を纏め、後日攻め入る。そのつもりだった。
だが森の中に潜んでいた際にルイの部下が結界に触れてしまった。すぐさま敵は気配に気づき、交戦となった。
今を失っては、二度と機会は与えられない。そう思い、ルイは単独で塔まで乗り込み、番の少女を見つけ出した。
――彼女を殺すために。
しかし塔の中で見つけたのは、こちらを疑ってさえいない無垢な少女の姿だった。ならば、とルイは思った。殺すよりも生かして連れて行った方が利用しがいがあるのではないか、と。
(だがまさか、本当に付いてくるとは)
自分で言い出したこととはいえ、ルイは内心で驚いていた。
(今日初めて会った俺を信頼し身を任せるとは、よほどの世間知らずなのか――?)
だがこれは追い風になるに違いない。
ルイの最終的な目標は、白銀を討つことだ。長年の悲願と言ってもいい。蟻が虎に挑むようなものだと嘲笑する者もいたが、至って本気だった。東大陸を侵略し、国を破壊し秩序を乱すあの邪竜を、何としてでも殺さなくてはならなかった。
そのための駒として、彼女は大いに役立つはずだ。彼女がこちらにいると白銀に知らせ、奪い返そうとしたところを討伐する。だからこそ彼女を奪われてもならないし、命を落とさせてもならなかった。
ルイとともに立ち止まったのは、ヒト族のギルバート・ドライドと、有鱗族のジャグ・ダガーだ。隊には他にも飛翼族で女性のシルヴィアと、ヒト族のヘンリー・ミラーとジョン・タイラー、そしてトマス・ファラディがいたが、タイラーは塔で、ファラディはたった今死んだ。
「ファラディが死んだ」
ギルバートもそう言い、燃え続ける死体にちらりと目を遣った。魔術を得意とするギルバートが水の魔術によりファラディの体を鎮火してやらないのは、魔法陣出現の際の光によりこちらの位置を悟られないためだ。
ルイも答えた。
「ああ、残念だ」
遺品を持ち帰る時間があればいいが。
前衛で霧に向き合っていたジャグが目を開き、ルイとギルバートを振り返る。ヒト族よりも遥かに感覚に優れた彼は先程まで目を閉じ耳を澄ませていたのだ。
「五人だ。……突進して来るぞ!」
瞬間、空気が張り詰めた。竜は飛べるが、追っ手が飛ばず地を這っているのは霧が辺りを覆っていて、視界不良により匂いで追っているためだろう。こちらにとってはその方が都合が良い。
――さあ来い。殺してやる。
ルイが剣を引き抜くと、ジャグとギルバートが一瞬、顔を歪めたのが分かった。
忌々しい剣であるからだ。剣はルイの感情を読み取り呼応するかの如く、微かに震えた。
刹那、白い霧の向こうから炎の塊が二つ高速で飛び出し、木に当たり豪火に包む。竜人はヒトの姿では炎を吐き出すことはできないため、彼らの乗る使役竜によるものだろう。そうして一度火球を吐いた竜は、再び吐き出すまでに火袋に火を溜める時間が必要だ。
直近で食らうとしたら、あと二発。
「居場所がバレてやがる!」
ギルバートがそう叫び、魔法陣を出現させ、霧の向こうに攻撃魔法を放つ。
光を帯びる線が幾筋も伸び彼方へと飛んでいく。だが外れたようだ。即座に竜に乗った竜人が姿を現した。
いずれも見目の整った男たちだ。ルイは彼等の外見からして嫌っていた。竜人の誰もがヒト族や他の獣人が美とする外見を凝縮したような見た目をしていて、それが彼等の傲慢さに拍車をかけていたからだ。
三人の内、最も追っ手に近かったジャグが、突進する竜に弾き飛ばされた。
「ぐあっ……!」
うめき声を上げながら、ジャグの体は木々の間を跳ね上がり、ルイの後方へと弾き飛ぶ。
「油断してんじゃねえよおっさん!」
ギルバートがそう叫び、魔術によりジャグの体を支え地面に下ろすと、同時にもう片手に出現させた魔法陣により敵の体を正確に捉え、今度こそ攻撃魔法を当てた。
外皮の硬い竜人はその距離から放つ攻撃魔法でも命を落とすには至らなかったが、衝撃により体が使役竜から地面へと落ち、そこをルイが剣で仕留めた。
竜を殺すためだけに鋳造された剣は、いとも容易く竜人の心臓を貫いた。
まずは一体。
続けざまに火球が現れ、別の竜が放った炎がギルバートを目掛けて飛んでいくのが見えた。魔術に長けた者から殺すつもりであるらしい。
「身を守れドライド!」
ルイがそう叫ぶと、ギルバートは馬をよじり寸前のところで躱した。だが腕を掠めたらしく、落馬する。
これで火球は四発放たれた。あと一発、放たれる可能性がある。
刹那に現れた竜に乗った竜人にルイは馬で挑んだ。竜の上より竜人が放つ剣の重さをまともに喰らおうとは思わなかった。打ちこまれた剣をひらりと躱すと、自らも竜へと移り乗り、混乱する竜人の首を跳ね飛ばし、使役竜の頭蓋に垂直に剣を突き刺した。どちらも剣の前に、あっけなく絶命したのを確認してから、ルイは竜から飛び降りる。
使役竜は単なる竜であるが、命令を聞くのは竜人のみであり、生かしておいても何者にも従わない凶暴な獣に成り下がるだけだ。
これで二体。
戦闘の隙に残りの三体が森の中を通り過ぎようとするが、フィオナのもとへ行かせるわけにはいかない。
ルイが殺した竜は勢いよく前方へと崩れ落ち、ジャグの目の前へと滑り行く。
「……ふんっ!」
ジャグは種族特有のその怪力により、使役竜を掴むともう三体の背中に向けて投げつける。二体に当たった。
大地と竜に挟まれたその竜人達は、圧倒的体重に押しつぶされ、悲鳴を上げることなくぐちゃりと潰れた。
これで四体。
その脇を、ルイは再び馬に乗り駆け抜けた。
最後の一体を逃してはならない。
「行かせるか!」
竜人は使役竜を巧みに操り、振り向きざまに、ルイに目掛けて火球を吐き出させる。ルイはまともにそれを浴びた。
普通であれば豪火に包まれたルイの肉体は、先程死んだファラディのように黒焦げになるのが必然だが、無傷であった。ルイの剣は火球を叩き切る。二つに割れた火球は地面と木にそれぞれ着弾し、周囲を轟々と燃やし始めた。
切られた炎を驚きを持ち見つめる竜人の胴をルイが真っ二つにしたのは、それからすぐのことだった。
これで五体。
全て殺した。
ルイの剣が、竜人を殺した喜びに狂喜しているかのように、赤い血を滴らせる。
剣を拭き、鞘に戻していると、ギルバートが傍らにやってきた。魔法により応急手当をしているが、傷の様子からして回復魔法に長けたシルヴィアに治療を頼むようだろう。
ジャグは離れた場所に立っていた。跳ね飛ばされたが軽症のようだ。
どちらにも命の危険はないことを確認してからルイは言った。
「さあ、あの娘のもとへ行ってやらないと。可憐な少女が恐怖で震えているかと思うと哀れだ。安心させてやろう」
ギルバートが、何かを言いたげに眉を顰める。年が近く、軽口を叩き合う仲だが、怪我が痛むのかいつにもまして険しい顔をしている。
ふん、とギルバートは鼻を鳴らした。
「情など欠片も持ち合わせていないくせに、よくあの娘の前で演技ができるもんだ。用済みになったら、フィオナ・ラインと同じように殺すんだろう? 団長の二重人格は大したもんだ」
「褒めてくれてありがとう」
フィオナを殺すつもりはとりあえずはなかったが、微笑んでそう答えると、ギルバートは呆れたように目で天を仰いだ。
「そのにやけ面が冷や汗で染まるのを、いつか見てみたいもんだ」




