闇の底に潜む
フローダストと別れた後、ルークスは小竜をクロエの元へと返そうと、再び城の中にいた。城は増改築が繰り返され建築年代の異なる造りが入り混じり、大層分かりにくくなっていた。小竜を床におろし、傍らに伴いながら、頭の中に地図を作りながら進んでいく。
(確かクロエって人は別棟にいるって言っていたっけ)
先程中庭から見た限りでは別棟は城の二階部分から渡り廊下を進めば入ることができるはずだった。
順当に廊下を歩いていたが、予期せぬことが起こった。突然小竜があらぬ方向へ向けて走り出したのだ。
「おい待ってくれよ!」
慌ててルークスはその後を追う。小竜は階段を駆け下り扉を抜け、再び中庭へと走っていく。飛ぶのは苦手なのか足で移動しているのでまだ追いつけるが、地上最速と謳われる生物との追いかけっこは中々骨が折れるものだ。
(あの侍女が苦労するのも分かるぜ)
余程人をおちょくるのが好きなのか、まだ遊んでいたいのかは知らないが言う事を聞かない者を相手にするのは厄介だ。
そう思いながらも、建物下にあるアーチ横の扉の前で立ち止まっている小竜の前に立つ。こうなっては抱きかかえる他ない。小竜は重いが再び逃げられてはたまったものではなかった。
だが抱きかかえようと体を掴んだところ、小竜は翼を広げて抵抗する。
「まったくなんなんだ? よほどこの庭が好きなのかよ。子供は寝る時間だぜ」
なおも小竜はしきりに爪で扉をひっかき、何かを訴えかけるかのように何度も鳴く。その必死な様子に、違和感を覚えた。
「……この扉の先になにかあるのか?」
ルークスは小竜がひっかく扉を見る。鉄製だ。鍵もかかっている。
「開けてほしいのか」
問うと、小竜は同意するように鳴いた。
街で暮らしていた際、母の死後に収入を得る必要があったルークスはあらゆる仕事をこなした。頼まれればなんでもやったし、そのための術も身に着けていた。鍵を無くして家の中に入れない間抜け者の相手もしたことがある。細い針金があれば魔術を使わずともちょっとしたコツがあれば開けることができた。
「この扉は魔術の封もあるな」
権力者が集う城であれば、厳重に鍵をかけることなど珍しくはない。ルークスの城でもやっていることだ。多くの場合、封印の魔術式はその城の秘密式になっているため、当然ルークスが知る由もない。だが方法はある。
「どうしても入りたいんだな?」
小竜に再度確認すると、彼――あるいは彼女かもしれないが、同意するようにルークスをじっと見つめ返した。
ルークスにしても妙にこの扉の先が気にかかる。この城はきな臭すぎるのだ。友好的な笑顔の下に猛毒を隠しこんでいる。
(先方が後ろめたいことが何もなければそこまで咎められることでもないはずだ)
宝物庫であれば何も触らず引き返せばよい。
ええい、ままよ――!
珍しく天に祈りながら、ルークスは攻撃魔術で扉を破壊した。何のことはない、封をされた扉の入り方は、それよりも強い魔術で壊してしまえばよいだけだ。だが術者に術が破られたことを知られる諸刃の剣でもある。
「時間がない、急ごうぜ」
と声をかけた時には既に、小竜は扉の中へと飛び込んでいった。中は暗い。ルークスは魔術により数歩先に小さな光を浮遊させた。地下へと伸びる狭い階段が続いている。小竜はもう相当下まで入り込んでいるようで足音の他には気配はない。
(どんな怪物がいるのやら)
ルークスも急ぎ、その後を追った。
階段を降りる度に空気が一層冷えていく。だがそれ以上に強まるのはすえたような匂いだ。嫌な予感が急速に高まるが、足を止めるわけにもいかない。階段は終わり、やがて広い空間に出た。暗くてよく見えないが、いくつもの柱が天井をささえた巨大な広間のようだった。もはや強烈な腐敗臭は隠しようもない。
ルークスは光の魔術を強めた。
そして見たものに吐き気をもよおし――堪えきれずにその場に吐いた。
「うっ――おええ。げほっごほっ」
無数の死体が無造作に折り重なっている。中には腐敗が相当進んでいるものもあった。動物ではない。人の形をしている。遺体安置所とも言えないし、墓場とは更に言えない。不要な生ゴミを捨てているだけのように、あまりに敬意がない。
(なんなんだよここは!)
不気味どころの話ではない。戦場でさえ遺体にはもっと尊敬が払われているだろう。正体不明の悪意が腐敗臭とともに充満している。
胃の中のものをあらかた吐き終えたルークスは、小竜の姿を探そうと顔を上げる。
充満する異常な匂いの中で、かすかな声を拾ったのはその時だ。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
か細い女の声だった。見るとそちらの方向に小竜の姿もある。
生存者がいる――そう思ったルークスは、床に隙間なく転がる死体の上を急ぎ渡りそちらへ向かう。そして息を呑んだ。
知っている女だった。
地下の暗がりでは目立つ灰色の髪は平素であれば美しく手入れがされているはずだが、今にあっては亡霊画のように乱れていた。白い肌は血の気が引いて一層白く、体には深い傷があり、そこから赤い液体がぬらぬらと大量に流れ出ていた。
「貴女は……野薔薇王の侍女――」
名前は確か。
「レティス……そうだレティスか!」
ルークスの呼びかけに、彼女は薄めをぼんやりと開く。瀕死の重症だ。ルークスは治癒の魔術を行うが、傷は深く治りが遅い。彼女の命が今まさに失われかけているのだ。
だがまだ間に合う。完全には死んでいない。
「しっかりしろ! 意識を保て!」
必死にそう呼びかける中、レティスは虚ろな瞳をルークスに向け、うわ言のように囁いた。
「……ごめんなさい。野薔薇様、ごめんなさい……」
ようやく傷は塞がったが、レティスの意識は未だ朦朧としている。
彼女を抱え、ルークスは立ち上がる。彼女がなぜこんな場所で死にかけているのか少しも分からないが、ともかく温かい場所に連れて行かなくてはならないと考えた。
一歩、二歩、歩いた所で、ルークスの呼吸が止まりかけた。
死体の顔――おかしいのではないか。
おびただしい数の死体があることだけでも異常事態ではある。だがより明確な不可解さがあった。
白骨化しているもの、腐り顔が半別できないものも含まれていたが、判別できるものは、全て同じ顔をしていた。
黒髪の――。
見間違えるはずがない。さっき見たばかりの顔なのだから。
「ルイ・ベルトール?」
死体は全て、彼の顔を持っていた。
ルークスの中でにわかに推測が成り立っていく。オラフが野薔薇王をヒト族と間違えたこと、ルイ・ベルトールが現れたこと、そもそもこの大陸に招かれたこと――全て一つに繋がる。繋がってしまう。恐ろしいことに。ルークスは戦慄した。
(おい、おいおいおいおいおい……!! フィオナを助けなくては!)
一瞬、そのことに全ての気を取られていたルークスは、背後からの攻撃に気づくことができなかった。
閃光の後、暗転。
何者からか攻撃魔術が放たれたと気付いたときには、ルークスの意識は、闇の底へと沈んでいった。




