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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 継ぐ者達へ贈る

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告解(後編)

 フローダストは感情を抑えた声で言った。


「……ルークスです」


 聞いた途端、フィオナの表情は凍りついた。なぜ彼の名を、フローダストが口にする?


「ルークスがなんだというのです」


 自分でも恐ろしいほど冷たい口調だった。だがフローダストは逃してくれない。


「彼の本名を知っていますか?」


「ルークス・ファルトルでしょう」


 フィオナがあえて口にしなかった部分を、フローダストは目ざとく見つけ出す。


「ファルトルの名は白銀王を討ち滅ぼした砦から来ているのは明白ですが、問題は名の方です。ルークス・()()()()()()・ファルトルです。

 シンディシア・ルカリヨンが建国したことを知ったルークスの母が、せめて名前だけでも王族との繋がりを持たせようと、シンディシアの兄の名を息子に付けたのだと私は考えています」


 フィオナは唇を噛んだ。


「彼の本名は当然知っています。ルミナシウスの名が入っているからと言って、それがどうしたのですか。貴方の言う理由なら何もおかしくはないでしょう」


「偶然の符号とは思えません。まさしく天が、その名を授けたのではないかと思えてならないのです」


「単なる偶然の符号でしょう」


「貴女は幼い頃のルークスに会ったことがあるはずです。海岸で、彼を見ていたでしょう」


 脳裏に、夕日に照らされた幼いルークスの姿が蘇った。少年は生きる希望に満ち溢れ、過去に囚われ続けているフィオナにはあまりにも眩しく映った。


「知りません、そんなこと」


「なぜ彼に会いに行ったのです。当時の彼は王族ではなく、大勢の中の一人に過ぎなかったというのに」


「ですから会いに行っていません!」


 睨むが効果はない。フローダストは首を横に振った。


「貴女はご自分で考えているより嘘が下手です」


 フィオナは口を開いたが、返す言葉が見つからない。彼の言う通り嘘であるからだ。

 彼は続ける。

 

「インエットの前王がルークスとミエラを見つけたのは側近が二人の存在を知ったからですが、その側近はまた別の者から聞いています。その別の者は更に別の者から――それも金貨をもらって王に確実に伝わるようにと依頼されたようですよ。ではその者が誰なのか、については不可解なことに覚えていないというのです。目的を達成したら依頼主を忘れるような、高度な魔術がかけられていたようで。随分回りくどい真似をするとは思いませんか? きっとその依頼主は、決して自分の正体を知られるわけにはいかなかったのだと思います」


「そういう人だっているでしょう。あの兄妹が王族だと知り、善意で申し出たのかもしれません」


「ええ、それはきっと善意だったのでしょう。優しいその人は、貧しい兄妹を救ってやりたかった。ですがインエットの前王はその人物が思うよりも狡猾で、我が子を子ではなく道具としてしか考えなかった。ミエラは後少しで異国の年老いた王に嫁ぐ予定でしたから。

 それを憐れんだその人は、今度は別の手を使ってその兄妹を救おうとした――つまりミエラを自分の侍女にし、間接的にルークスをも救おうとしたのです。ミエラが私の番だったことは、貴女も驚いたのでしょうが」


 そこまで言ってフローダストはフィオナの反応を窺うようにじっと見つめた。


「野薔薇様。ルークス・ファルトルこそ貴女の番ですね」


 突然、窓の外でガタンと大きな音がした。フローダストが即座に立ち上がりカーテンを開ける。カーテンの外にはバルコニーがあるはずだ。

 フローダストはしばし外を眺めた後、さっとカーテンを閉める。先ほどよりもずっと部屋が暗くなったように思えた。


「――風で窓が揺れただけのようです」


 彼は窓辺に立ったままフィオナの返事を待っていた。フィオナは窓の外の物音など、ほとんど思考に入ってこない。思うのは、二十年前のことだった。

 フローダストはもう知っていて、フィオナが話すのを待っているのだろう。ならば余計な嘘は無意味だ。両手を握りしめながらフィオナは言う。


「……わたしが父より奪った者の中に、老いた竜人の女性がいたのを覚えていますか? 預言者を名乗る人でした」


 フローダストは頷いた。


「ええ、竜王以上に長生きしていましたね」


 彼女が亡くなったのは二十年前だった。


「父がフィオナ・ラインを番であると知ったのもその人の預言を受けたからです。そうして彼女は、亡くなる前にわたしにも同様の預言を残しました。つまり、わたしの番が生まれたと言ったのです」


 預言を残し力尽きたのか、力尽きる前に預言を残したのかは知らないが、彼女は番の名と居場所を告げ息を引き取った。


「それがルークスでした」

 

 それがフィオナが隠していたことだ。ルークス・ファルトルこそが番であると、フィオナは知っていた。


 ため息を吐きフローダストは俯いた。予測が当たって喜んでいるようには見えない。むしろ脱力し、消沈しているようだった。


「なぜ、私にも黙っていたのですか」


 フィオナはフローダストに数多の隠し事をしている。だが今だけは正直であろうとした。


「葛藤がありました。ルイ様の生まれ変わりだとしたら、とても嬉しい。でも、違う存在だったら――。その違う存在を、ルイ様と同じように愛してしまったら? それは裏切りではありませんか。同じ存在だったとして、だけど彼がほかの人を愛してしまったら――。わたしの番として選ばれる運命が、彼にとって幸福ではないとしたら――」


 そんな逡巡を何年も続けた。ようやく会いに行こうと思えたのは、ルイの墓が荒らされた直後のことであった。


「ルイ様の遺体が無くなってしまって、縋るものが欲しかったのかもしれません。ようやくわたしは、彼に会いに行こうと思ったのです。この目で確かめたかったから」


 だからフィオナはインエットの地を訪れ、砂を足で蹴って遊ぶ、あどけない少年を見つけた。少年はフィオナに気づき、利発そうな目をして問いかけた。


 ――そんなところで何しているの。


 その少年の姿が、フィオナ・ラインの記憶の中のルミナシウス・ルカリヨンと思いがけず重なった。彼の青い瞳を見た時、フィオナの胸は締め付けられた。ルイが失ってしまった瞳がそこにあったからだ。

 だが。


「ですがルイ様に会った瞬間に感じたあの胸の高鳴りを、ルークスには少しも感じませんでした」――そう、少しも運命めいたものを感じなかった――「彼は違いました。預言は間違っていたのです。預言者は高齢でしたから、間違うこともあったのでしょう」


 これは嘘ではない。

 ルークスは可愛らしい少年だった。幸せになってほしいと思った。だがそれだけだった。恋心など生じなかった。竜人の鋭い本能は何も告げなかった。そのことに、フィオナは底しれぬ安堵を覚えた。良かった、自分はまだルイ・ベルトールのものなのだと。


「――それにもし預言が正しかったとしても、ルークス・ファルトルを伴侶にするつもりはありません」


 ルイ・ベルトールだけが、フィオナにとってたった一人の番だった。彼だけを想っていたい。フローダストは黙って告解を聞いている。


「大切な人を得ても、わたしよりもずっと早く逝ってしまいます。あの日々にいた友人達はもう誰もいない。貴方もいずれわたしの前からいなくなるでしょう。だからもう二度と、何も抱えたくありません。……失うのは、耐え難いのです。わたしは失うたびに、とても辛いのです」


 長寿であることは呪いのように思う。新たな結び付きを得たくはないのに、日に日に人々への愛情は増していく。だがいずれ、彼等もいなくなるのだ。


「彼がルイ・ベルトールの生まれ変わりだとしても?」


 フィオナは今になって微笑んだ。


「ルークスの魂はルイ様ではありませんでした。だって、貴方も先程、ルイ様を見たでしょう? 彼こそが、わたしの番です」


 彼を思うと心が幸福に包まれる。やっと生まれ変わってきてくれた愛しい番だ。


「それに」とフィオナは付け足した。


「ルークスはわたしを愛してはいません。仮に預言が本物で、彼が新たな番なのだとしても、その気がない者を無理やり伴侶にするなんて、それこそクローディアスと同じではありませんか」

 

 そう言った瞬間、フローダストの背後の窓が勢いよく開く。驚いてフィオナは窓を見た。


「待てよ!」


 と大声を出しながらそこから入ってきたのは、あろうことか小竜を腕に抱えたルークス・ファルトル張本人だった。フィオナは目を見張る。頭が混乱し、彼が現れたという事態を上手く飲み込めなかった。


「話は全部聞かせてもらった。俺にはその気があるぜ。俺が番だと言うのなら、ぜひとも結婚しようじゃないか!」


 なぜ小竜を連れているのかは分からないが、彼は引きつった笑みと共に、挑むような瞳でそう言った。


「ルークス! 空気を読め!」


 頭を抱えたフローダストが、舌打ちとともに毒づいた。


「話がややこしくなるから、隠れていろと伝えたつもりだったんだが……!」


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