告解(前編)
当然ながら晩餐会は中止となった。平静を取り繕って食事を続ける余裕など、フィオナにはなかった。場の流れを読んだフローダストにより使者達は早々に部屋を追い出されたが、フィオナはその場から動けなかった。
だがルイと共にいることも叶わなかった。
フィオナが無我夢中でルイを抱きしめ名を呼んでいると、レオンローズが側までやってきて言ったのだ。
「フィオナ。彼は病気で、これから治療をしなくてはなりません。合間にこの場に呼んだのですが、まだ投薬の途中なんですよ」
「で、では治療の場に共に参ります」
食い下がるフィオナにレオンローズは首を横に振る。
「少々お見苦しいかもしれません」
きっと目を離したら、彼はすぐに消えてしまう。そんな恐怖を感じて、フィオナは言った。
「そんなの構いません! 離れることなんてできません!」
フィオナの懇願を遮ったのはレオンローズではなくフローダストだ。
「野薔薇様」
彼も近くに寄ってきており、静かに声を発する。
「野薔薇様、二人きりでお話したいことがあります」
感情を無理やり押さえつけたような震える声だった。
「話など今必要なのですか! 彼と離れるなんてできません!」
なおもフィオナがそう言った途端、フローダストから雷のような声が発せられた。
「貴女は王です!」
はっとして、フィオナはフローダストを見る。彼は苦しげな表情を浮かべながらも、努めて冷静に振る舞おうとしている。彼もまたルイ・ベルトールを知っていて、平常心でいられないのも同じはずだ。だが彼は言う。
「王として、私の話を聞いてくださいませんか」
――王。そうだ、自分は王だ。
ようやくフィオナは己がどれほど取り乱していたかに思い至った。王からはかけ離れた姿だった。
ルイの服を掴んでいたフィオナの手が、ゆっくりと外れる。
様子を見守っていたレオンローズがくすりと笑った。
「心配せずとも、彼はいなくなりませんよ。後で彼を貴女のところへ向かわせます。そうしたら、ゆっくり過ごせばいい」
フィオナは今、レオンローズが用意した城の一室に、フローダストと二人でいた。寝室と簡易な書斎にもなっているこの部屋はベッドと机が同じ空間に設置されていた。
部屋に入るなりフローダストは扉に鍵をかけ、カーテンが閉まっているのを確認した後に、防御の魔術で部屋全体に結界を張る。
部屋の中にあった長椅子にフィオナはぼんやりと腰掛けていた。
ルイのことばかりが気になる。今までどうやって過ごしていたのだろうか。今、何歳になったのだろうか。病と言っていたが治るのだろうか。昔のことを、どこまで覚えているだろうか――。
なんのしがらみも憂鬱もなく、一組の男女としてただ出会って恋に落ちる。ずっとそういう夢を見ていた。二十三年しか生きられなかった愛しい人。一緒に過ごした時間は一月半しかなかった。
早く会いたい。早く、早く――。
フローダストはそんなフィオナの目の前にどかりと座り込むと、長い息を吐いた後に簡潔に言った。
「罠だと思います」
「――罠?」
聞こえた声にフィオナは眉根を寄せた。
「どんな罠だというのです」
「和平の話からして貴女をここにおびき寄せ身動きを取れなくさせようとしているのではないのですか。貴女をこの場所に足止めし、その間に東大陸を攻める、とか――」
「竜王の死まで仕組んだとでも言うのですか」
「あるいはそうかもしれません」
流石にそれは疑心暗鬼がすぎるとフィオナは思った。
「東大陸に手を出すというのなら、この城の者を全員殺し、こちらの大陸を手に入れるまでです」
「そうでなくとも、あのルイ・ベルトールに似せた者が、貴女の命を奪うつもりかもしれない」
「まさか! あれは間違いなくルイ様でした。ルイ様がそんなことをするはずがありません!」
フィオナは断言する。彼を見間違えるはずがない。ましてや偽物であればすぐに見破れる。彼に魔術がかけられた気配はなかった。
「レオンローズと名乗るあの彼が、ルイ・ベルトールを今世に蘇らせたというのですか? 姿形のみならず、声も匂いも同じように再現して? どうやって」
「分かりませんが、嫌な予感がします。あのレオンローズに会ってからずっと寒気が止まらない。蛇に睨まれた蛙の気持ちが今やっと分かったところです」
「レオンローズが一筋縄ではいかないのはわたしも同意見です。ですがルイ様までも罠だとは思えません」
「貴女は正常な判断ができていない」
「正常な――っ」
顔が熱くなるのが分かった。正常な判断などできるはずがない。今だってこんな会話をすぐに切り上げて、ルイのところへ行きたいのに。彼の手を握り、頬を寄せ、話がしたい。三百年分の話がしたい。彼が死んだ後のこと、彼が生きていた時のこと、話など無限にあるのに、一秒だって無駄にはしたくなかった。
そうだ。正常でいられるはずがない。
フローダストは番を失ったことがないから、そんな風に言えるのだ。
だが言い返そうとした言葉を飲み込んだ。フローダストが真剣に言っていることは分かっていたからだ。
「貴方は、彼がルイ様とは他人だと言えるのですか?」
「それは……」とフローダストは言い淀み目を閉じ、それからゆっくりと言った。「それは、言えません。あの男そのものだと私も思いましたから。ですが」
彼の言葉に被せるようにフィオナは言った。
「番の伝承をご存知でしょう? 片割れが生きている限り、またこの世に生まれてくるのだと。クローディアスはそれを信じていましたし、その伝承の通り、母は姿を変えて側にいました。ルイ様、も――」言葉に詰まる。「ルイ、さまも、戻って来てくださった――わたしのところに。やっと……」
再び感情が溢れかけ、フィオナは体を両腕で抱きしめた。体が震えていた。今にも叫びだしてしまいそうだった。
フローダストが顔を歪めるのが見える。分かっている。番をひたすら求め執着した父に、今のフィオナはよく似ていた。番と同じ姿の者を前にして、その亡霊に取り憑かれている。
(だけどわたしは違う。絶対に白銀様とは違うわ。だってあれはルイ様だった。幻じゃない。生きていた)
フィオナは唇を噛み締める。フローダストはそれでも言う。
「ですが野薔薇様。なおも私は言います。あのルイ・ベルトールは貴女の番ではない」
「何を根拠にそんなことを言うのです!」
ほとんど反射的にフィオナはそう叫んだ。怒りが腹の底から生じかけ、必死にそれを抑えつける。かつて力で人々を支配した竜人のようにはなりたくなかった。
だがフローダストに今更フィオナに対する恐れはないようだ。躊躇いがちに彼は口を開いたが、恐怖のためではなく、言い難い話題であるためのように見えた。
一話が長くなってしまったので切ります。




