表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 継ぐ者達へ贈る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/83

愛しい人よ、今ここに

 千年以上前に建築された城は改築と増築を繰り返し、入り組んだ作りになっていた。長い廊下を数度曲がることを繰り返し、晩餐の会場となる広間に一行は案内される。

 天井には神話を描いた絵があり、そこに装飾照明がぶら下がっていた。机には零れ落ちそうなほどの料理が並び、賓客達が席につくのを待ち構えている。


 広間に控えていた数人の竜人の顔を見てフィオナは言う。


「わたしから逃げ出した者の姿がいくつかありますね」


 戦時下においてフィオナを恐れ、東大陸を脱出した者達だ。澄まし顔を浮かべていた彼等はその言葉で青ざめた。


「貴女の強さは並外れていたと聞いています。歴戦の英雄も尻尾を巻いて逃げ出すほどに」


 レオンローズは穏やかにそう言い、フィオナを席まで誘った。その隣に自らも座ると、壁と天井に描かれる絵を指差す。

 

「見事な絵でしょう? 竜が世界をつくり、そうして今日まで導いてきたその伝承が描かれているんですよ。いずれ祖父の姿も描こうと考えています」


「興味深いですね」


 この世界は竜のためにあるのだと、未だ多くの竜人達が信じていた。その信仰の最たる場所がこの城なのだろう。レオンローズはなおも言う。


「東大陸の天空城にはいかなる装飾があるのですか? 白銀と烈火の居城だった城は崩れ、現在の城は再建したものと聞きました。さぞ凝っているのでしょう?」


「各国からいただく調度品の他には面白いものは特に何もございません」


 フィオナが答えるとレオンローズは可笑しそうに笑う。


「それは慎ましくいらっしゃるのですね。城を築く者は個人の趣向を入れるものだと思っていました。それでは貴女は何にやすらぎを覚えているのです?」


「あえて言うのならわたしの番の墓でしょうか。ですがそれも以前、どちらから派遣されたか分からぬ者が壊してしまい、遺体も遺品も既にありませんけれど」


「それはお可哀想に」


 同情めいた表情を作り白々しく言うレオンローズにフィオナは微笑んだ。


(そちらの命令を受けた者でしょう――?)


 ルイの墓を荒らし中身を盗んだ竜人を捕えたのは、東大陸の中央部であった。まだ若い男だった。東大陸にいる竜人をフィオナはすべて把握している。その青年はフィオナが知らない者であり、西から来た者に間違いなかった。

 捕えた際、彼は既に遺体と遺品を手放していた。捨てたのか、あるいは誰かに渡したか――彼は尋問する前に自ら命を絶ったため、ルイの腕と剣の鞘は行方知れずのままである。


 この数年、正体不明の悪意を感じていた。

 ここへ向かう途中の竜の襲撃もその一つだ。

 まるで子供が遊ぶように、フィオナを挑発し続けている。あるいは、力量を測り続けている。レオンローズが現れて、遂にその正体を突き止めたように思う。

 彼は味方などではないと、フィオナは考えていた。この和平会談が、何の問題もなく進むとは思えない。


(妙な真似をするなら即座に彼を殺す。残りの竜人達は、わたしの臣下によってねじ伏せることができる)


 フィオナがこの場に連れてきた竜人達は、皆聖竜戦争で共に戦った者達だ。レオンローズ以下西大陸の者達が仕掛けてきたら力で対抗し支配できるという自信を持っていた。


 晩餐会は表面上は和やかに進んでいく。机の奥にレオンローズとフィオナ、そうしてリーデルとフローダストがおり、その隣に竜人達が並び、更に向こうに使者達が座っていた。使者達も西大陸の竜人達と上手くやっているようである。

 フィオナはその中にいるルークスに目を向けた。他の使者の中に溶け込み歓談している姿はまるで生まれながらの王族のようで、日中見せた飾らない姿とはかけ離れているように見える。誰も彼がこの数年で王族の振る舞いを身に着けた人間であるとは思わないだろう。

 と、ルークスがふいにフィオナを見た。慌ててフィオナは目を逸らす。彼を見つめていたことに気づかれたくはなかった。


 レオンローズとフィオナの会話も滞りなく進んだ。彼の話す内容は、建築から風土に至るまで幅広く、確かに興味深い。西大陸では、東大陸で既に失われた伝統が続いていたため、知らないものも多々あった。

 思い切って、フィオナは尋ねる。


「番同士の魂を一つに合わせ同じ寿命を分け合う方法を、貴方ならご存知ですか? 種の異なる番を得た時に、竜族の王族がしていたという魔術ですが」


 フローダストが微かに目線を寄越したのが見えた。レオンローズは首を捻る。


「申し訳ありません。私には分かりかねます。父と母は同族でしたし――」


 ではやはり、失われてしまった魔術なのだろうか。ここに来た目的が一つ無くなる。


 本心は不明だが、少なくとも表向きにはレオンローズに敵意は見られなかった。

 だが食事が終わりかけた頃に、事態が動く。

 レオンローズの側に臣下の一人がやってきて、そっと彼に耳打ちをした瞬間、彼の瞳が光ったように思った。


「何か問題でもございましたか?」


 不審に思いフィオナが問うと彼は目を細めて笑いかけてくる。


「フィオナ。実は会わせたい人がいるのです」


 レオンローズが手を上げ合図すると、広間の扉が重々しく開く。水を打ったような静けさが人々を包んだ。誰もが扉に目を向けている。竜人に支えられるようにして入ってきたのは、若いヒト族の男だった。


 フィオナは悲鳴を上げたかった。

 だが声は喉に張り付いて出てこない。

 誰の声も聞こえずに、彼の姿しか目に入らなかった。


 フローダストが立ち上がり、目を見開いて言った。


「そんな……馬鹿な、あり得ない!」


 使者達は困惑している。フィオナ達の様子がなぜおかしくなったのかまるで分からないのだ。当然だ、彼等が彼の姿を知っているはずがない。彼を知るのは、少なくとも三百年以上は生きていないと無理なことだ。

 レオンローズは着座のまま、男から視線を逸らさずにフィオナに声をかける。


「元々は記憶喪失の流れ者で、この大陸の隅の小さな村に居着いていました。それがここ最近、ようやく自分の名と記憶を思い出して――その噂を聞いた我が城の者が、彼の存在を知り連れ帰りました。驚いたでしょう。彼を知る者は皆、その姿を見て驚愕していましたから」


 だがレオンローズの声もまた、フィオナにはほとんど届いていなかった。


「残念ながら、彼は未だ今世の記憶がない状態で。生まれも育ちも、自分が何者かすら分かりません。ですが昔の記憶のことは時折思い出すようですよ。医師は前世の記憶を思い出した衝撃で、今のことを忘れてしまったのではないかと。それに体も病んでいて、治療を続けているところで――」


 レオンローズは言葉を切って、フィオナに目を遣りその様子を見た後に、満足そうに頷いた。


「――喜んでいただけで良かった」


 魔法にかけられたかのように、フィオナはふらりと立ち上がる。自分ではない誰かが、自分の体を操作しているようだった。

 何も考えられなかった。

 もうフィオナには、その男しか見えなかった。


 夜の闇よりも漆黒の髪がある。魔術の代償で赤く染まってしまった瞳は青く澄み、その中には星を散らしたような光が見える。抉り取られたはずの左目がある。切り取られたはずの右腕がある。

 傷つき失い続けた彼の、完全なる肉体がそこにあった。


 フィオナの目から涙が溢れる。ふらふらと彼の側に寄り、その服を両手で掴み、その名を呼んだ。


「ルイさま……」


 三百年間、記憶の中にしかいなかった彼が、完全な姿でここにいる。フィオナは彼を抱きしめ、思い切りその匂いを吸い込んだ。懐かしい、匂いがした。


「ルイ様! ルイ様……!」


 ゆっくりと、彼の両腕ががフィオナを抱きしめ返す。


「フィオナ――」


 ――ああ、声も。とフィオナは思った。

 彼の声だ。そうだ、彼はこういう声をしていた。


 匂いも声も、思い出の中と何もかも同じだった。

 ただひたすら求めてやまなかった人だ。想い続けてきた人だ。フィオナに生きる意味を与え、自身は死んだ、哀れで愛しい、たった一人の人だった。

 彼を抱きしめながら、フィオナは涙を流した。きっとこれは奇跡に違いない。引き裂かれた番を憐れんで、女神が与え給うた奇跡に違いなかった。


(――生まれ変わって来てくれた。全く同じ姿で、またわたしのところに――……)


 静寂の他には、フィオナが嗚咽を漏らす声だけが、広場にただ響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ