王の遺児
フィオナは向かい合うレオンローズを見つめた。薄い金色の長髪は魔法陣の光を反射し輝き、フィオナと同じ色の瞳がこちらを見つめ返している。
すらりとした長身はフローダストや父の白銀によく似ているように思う。
随分若い。だがその割には緊張や畏れはなく、微笑みは余裕の現れに見えた。
「祖父に新たな子がいたとは驚きました」
フィオナが声を掛けると彼は薄く笑った。
「その割にはあまり驚いているようには見えませんね。私の存在を予期されていたのではないのですか」
高くもなく低くもなく、だが透き通るような声だった。その声の調子にもやはり若さが表れる。
「ご年齢をお伺いしてもよろしいですか?」
「十七になります」
フィオナが連れてきた竜人達に衝撃が走ったように感じた。十七年間、彼の存在は天空城の竜人はおろか、間者として潜入させている者さえも知らなかったのだ。
肌を電流で焼かれているかのような威圧を感じる。間違いなく彼は竜人だ。それも相当に力の強い者に違いない。だが気圧されてはならない。立場で言うなら対等か、三百年間大陸を統治してきたフィオナの方が上なのだから。
「レオンローズ。通名は使わないのですね」
ふふ、と彼は微笑んだ。
「血縁だけなら叔父と姪になりますが、竜人としては貴女が圧倒的に立場が上です。敬意をお示しするために――それに貴女の前で余計な修飾は不要と思いましたので、真の名を名乗りました。私も貴女をフィオナと呼びます」
フィオナの真の名がフィオナであるということは、一定年齢以上の竜人であれば承知していることだ。白銀や烈火の臣下で、西大陸から逃げ出した竜人であれば知っている。であればレオンローズがフィオナの名を知っていることも不思議ではないが、彼に名を呼ばれる不快感はあった。
「交渉は使者の皆様にお任せするつもりです。立ち行かなくなればわたしが出ましょう。貴方もせっかく出向いてくださいまたけれど、残念ながらわたしがお話しすることはありません。申し訳ありません」
冷徹にそう言い放つが、レオンローズの微笑みに少しの変化もない。
「では我々は友好を深めようではありませんか? せっかくこうして血縁者に出会えたのです。私は天涯孤独の身ですから、姪と甥と親しくなりたいのです。どうぞ私の城へ。もてなしの準備が整っておりますので」
言いながら彼は片手で移動魔法陣の奥を示した。橙色で縁取られた巨大な円の奥には昼間と見間違うほど明るい都の姿が見えた。
「竜族の都です。私もかつて行ったことがあります。移動魔術はすぐに繋げます」
フィオナの耳元でフローダストが囁く。
白い建物が立ち並ぶ街の奥に、白い城が見える。まるでおとぎ話の中に出てくる夢のような城だった。幼い頃、童話を読んでは憧れた幸福だけがある街だ。
(私の城――ということは、西大陸の竜族は彼を祖父の後継者として認めたということかしら)
フィオナは思考を巡らせる。
(断れば警戒していると思われる。畏れていると思われてしまったらきっとそこを突かれる。こちらの弱みを見せてはいけないわ。わたしは王として、常に毅然としていなくてはならない。拠点である都をこうして曝け出しているということは、レオンローズは弱点をあえて見せて敵意はないと示している――少なくとも、そういう形を示している……)
皆がフィオナの言葉を待っていた。ざわめく心を気取られないために息を小さく吸い、吐く。本心を笑みに隠しながらフィオナは言った。
「ご招待ありがとうございます。では参りましょう」
フィオナがそう口に出した瞬間、
「私も共に参ります」
と、清々しいほどの迷いのなさでそう言い切った者がいた。彼は素早く船に乗り込むと、フィオナの足元に跪く。レオンローズよりも濃い金色の髪がフィオナの眼下で光っていた。彼は手早く言った。
「インエットのルークス・ファルトルです。お側で野薔薇王をお守りしたいと存じます」
それが友人の親愛から来ているのか、あるいは王に名を売り込もうとするしたたかさから来ているのか、頭を下げたままで表情を見せない彼からはその真意は読み取れない。
彼は既に、昼間行動を共にした者が誰であったか分かったのだろう。フィオナが彼に正体を隠し、騙していたことも。
そうであるなら、フィオナが取る態度は決まっていた。王として彼の前に立つ。
「勇気ある同行に感謝申し上げます」
そう告げると、ようやく彼は顔を上げた。青く澄んだ瞳がフィオナを見上げている。その目の奥の温かさは、昼間と何も変わっていないように思えた。
ルークスに続くようにして、数人の使者が名乗りを上げ、彼等も同行させることにした。
港町ヘイブンにはレオンローズが連れてきた使者と交渉する者と、そうして竜人の大多数を残しておく。
レオンローズは始終微笑みを崩さずに一同の様子を見守っていた。
移動魔術の中をくぐる。魔術は街の外側に通じていた。
「我が大陸には天空諸島に相当する陸地がありませんので、地上が竜族の拠点になっています」
と、彼が言う通り、それは地上の都だった。だが外界を一切遮断するかのように、高い城壁がそびえ立つのが見える。一行が入ったのはその城壁の内側だ。城までは竜馬車が用意され、それぞれ乗り込む。
色彩が消え失せたかのような石造りの白い街だった。建物も道も城壁も、一切が白い。その白い石を街灯が照らしていた。
建物の中から大勢の気配がする。そのほとんどが竜族の気配であることを、フィオナは感じ取った。
フィオナの脇は竜人で固められる。その後ろの馬車に異種族の使者達が乗っていた。
すぐ隣にいるフローダストに、フィオナは囁く。
「レオンローズと名乗るあの竜人は本当に竜王の子だと思いますか」
フローダストが頷いた気配がした。
「私は一度だけ祖父に会ったことがありますが、レオンローズの姿は、その祖父に生き写しです。貴女が母君によく似ていらっしゃるように。血縁は疑いようがないでしょう」
「魔術の類で似せているということは」
「貴女も見ての通り、彼の魔術は身を守るためのものがあるだけです。他にはなにも」
「よく似た外見の者を寄越したということはありえますか?」
「そのような真似をする者は竜族にはいないでしょう。王に外見だけ似せた者に従うなど屈辱的ですから――特に、伝統を重んじる西大陸の者たちにとっては」
「では――」
そこまで聞いたところでフィオナは息を吐いた。
「では本当に彼はわたし達の縁者だということですね」
十七年前であれば竜王は子を成せるほど若くはないと思ったが、執念で子を生み出したのか。だがフィオナの存在を恐れ、レオンローズの存在は公表されずに隠されていたに違いない。
ほどなくして城に着く。
夜にも関わらず臣下達は揃って出迎え、その中にいた男にレオンローズは話しかける。
「晩餐を初めてくれたまえ」
赤毛の長髪を後ろで編み込んだ、切れ長の鋭い目をした男だった。
「リーデルか」
フローダストが彼を見て言う。彼の方もフローダストに目を遣り、口元を吊り上げた。どうやら笑ったつもりらしい。
「これはこれはフローダスト殿、息災のようで」
「お知り合いですか?」
「祖父の忠臣で、若い頃に何度か会ったことがあります」
フローダストの若い頃がいつを差すのか分からないが、ここ最近のことではないのだろう。
リーデルと呼ばれた男が言う。
「共に野蛮人の国を滅ぼしたことはお忘れですか? 貴殿の冷酷にして高貴なる姿はまだこの目に焼き付いていると言うのに」
フローダストが不愉快そうに眉を顰めたのが分かった。彼が今、昔の残虐な自分を恥じていることは知っている。リーデルもそれを分かって言ったのだろう。
彼の空気に当てられたのか、フィオナの背後で侍女のレティスがひゅうと息を呑んだ音がした。
この場の中で唯一にこやかな態度のレオンローズが明るく言う。
「かつて共にあった竜族の運命も奇っ怪なものになってしまいましたね。ですがそれも今晩まで。また一つになるでしょう。
どうぞ城の中へ。心ばかりのおもてなしですが、用意させておりますので――」




