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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 継ぐ者達へ贈る

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彼女の名前は野薔薇王

 船が港に着いたのは午前中のことで、二人はそれから街をぐるりと周り、再び船着き場に戻ったのは午後のことだった。ルークスは妹への土産をさんざん迷った挙げ句、全て買うことにしたため、両手に大荷物を抱えている。

 未だ太陽は高く、港町らしい陽気な空気が街の中に漂っている。物売りの声や使者達の歓談がその空気に混じり、街全体が高揚しているかのようだった。

 そんな中で、ひときわ大きな声が主船から上がる。


「ああ――――! だめよ! 待って! 待ってったらぁ!」


 人々は皆そちらに注目した。


「あ、またあいつ」

 

 とルークスが空を見上げ呟き、フィオナもそちらに目を遣った。小竜が再び逃げ出し、空に舞い上がっているのが見えた。その下でクロエが困り果てた表情を浮かべながら必死に小竜に手を振る。


「こらー! 戻ってきなさい!」


「竜人にもおっちょこちょいな奴がいるんだな」


 クロエの叫び声を聞いたルークスがそう言った。

 竜というものは勝手な生き物で、下と見た者には徹底的に従わない。あの小竜にとってクロエは命令を聞くに値しない人物ということだ。


 小竜はクロエをからかうように暫く空を旋回した後、陸地にフィオナの姿を見つけ、小鳥のようにぴいと鳴くと、まっすぐこちら目掛けて飛んできた。

 

「おっと、こっちに来るぜ。おおい! 俺のとこに来いよ!」


 ルークスが指笛を吹くと小竜は遊びと思ったのか顔を輝かせ、ルークスが両手に持つ荷をフィオナに預け腕を広げると小竜は素直にその中に収まる。そうしてフィオナを見つめて、満足そうに目を細めた。


「いつも世話をしているわたしよりも彼が好きですか?」


 フィオナがわざと頬を膨らませると、ルークスが笑う。


「遊び相手だと思われたのかもな、ほら」


 ルークスが小竜を地面に下ろすと、フィオナの足にまとわりつく。その様子を見たルークスがまた微笑んだ。

 

「竜っていうのも、案外可愛いもんだな」


 小竜を犬のように撫でる彼を見て、フィオナは不思議な心持ちになった。かつてヒト族は竜を畏怖するか憎悪していた。出会った頃のルイ・ベルトールならきっと、小竜を見た瞬間殺してしまっただろう。

 平和な世になったものだ。ヒト族の青年が、竜をこうしてかわいがっている姿を見るなんて――。

 

「天空城に戻ったら、ミエラによろしく伝えておいてくれ。それからもっとお兄ちゃんに会いに来るようにと。あの子、俺より野薔薇王が好きみたいだから」


 ルークスの声で思考から現実に引き戻される。


「それからこれを君に」


 と言いながら彼は、買ったばかりの土産の中から花を模した金細工の髪飾りを差し出してきた。街を歩きながら、フィオナが目に止めたものではあった。それはそれは見事に野薔薇の姿を写し取っていた髪飾りであったからだ。

 確かに彼はそれを購入していた。

 しかしまさか、自分に贈られるとは思ってもいなかった。てっきりミエラへの土産だと思っていたからだ。


「だけど……」


 断ろうとするが、ルークスは首を横に振る。


「今日のお礼。気に入らなかったら誰かにやっていいから」


 そう言いながら、ルークスはフィオナの手の中に髪飾りを押し付けると一歩下がり手を振った。


「それじゃあ今日は楽しかったよ、本当に。どうか元気で」


 それが別れの挨拶なのだと気がついた。もしも次に彼と顔を合わせることがあったら、それはきっと王同士の会話になる。友人にはもうなり得ない。

 フィオナは髪飾りをそっと握ると頷いた。


「さようなら、今日のことは忘れません」


 実に簡素な別れだが、それで十分だと思った。これ以上、情を移したくはなかった。





 フィオナが船に戻ると、船室に入る手前で、待ち構えていたかのようにフローダストがやってきた。


「街へ?」


 陸の方を見ながらフローダストは言う。彼の眉間には皺が寄り、言葉にはしないものの感情が顔に現れていた。敵地で出歩いたことをよく思っていないのだ。


「でも貴方にもお土産を買いましたよ」


「そういう問題ではありません。……ですが貴女も分かっているでしょうから、これ以上は言いません」


 ふう、と息を吐いた後でフローダストは言う。


「使者がまだ来ておりません」


 どうやら街へ出かけたことを咎めるというよりは、その話をしたかったようだ。使者の到着が遅れているという事実は一体いかなる意味があるのだろうかと考えながらフィオナは尋ねる。


「こちらの到着は知らせているのでしょう?」


「当然です。というか知らせるまでもなく知れているとは思いますが」


「とても舐められているということでしょうか」


 心理戦は既に始まっているということだろうか。

 この期に及んでまだそのような仕掛けをしてくるというのか。あるいは単に相手先に予期せぬことでも起こっているのだろうか。いずれにせよ、フィオナのすることは変わらない。


「あちらから出向かない限り、こちらからの接触は不要です。わたし達は悠然と待ち構えていましょう」


 フローダストにしても同じ考えであったのか、はいと素直に頷いていた。


 部屋に戻るとレティスが茶の準備をして待っていた。一人かと尋ねる前に彼女は言う。

 

「クロエは小竜を逃がした責任を感じて一人になって反省したいって部屋に閉じこもってしまいました――。本当は小竜におちょくられたことを相当怒っていたから、気を静めたいだけだと思いますけど。

 扉を開けた瞬間に逃げ出してしまったんです。大騒ぎになる前に捕まえられて良かったです」


 こら、とフィオナの足元の小竜を叱りながらレティスは言う。小竜はちょっとした冒険に出たことを誇らしそうに鼻を鳴らした。


「側を離れたわたしも悪かったんです。後でちゃんと叱りますからね」


「街はどうでした? ミエラの兄と行ったのでしょう?」


「とてもいい経験でした。男の人と一緒に出歩くなんて随分と久しぶりのことですしね」


 同族の側近等を抜けばの話だ。フィオナは彼等を異性として意識したことがなかった。


(だけどこんな言い方じゃ、彼を異性として意識しているみたいだわ)


 取り繕うための言葉を探そうとしたが、既に時は遅かったようだ。

 フィオナと二人きりのせいなのか、レティスはいつもより踏み込んだことを尋ねる。


「あの、野薔薇様はそのヒトと恋人になるおつもりなのでしょうか」


 と言った後、レティスはすぐに青ざめる。


「申し訳ありません! 余計なことを言ってしまいました。フィオナ様は番様を愛していらっしゃるのに――」


「いいんですよ、番を亡くした方の中には、新しく伴侶を得る方もいらっしゃいますもの」


 実際、それほど気にしてはいなかった。ルイを永遠に愛するということは自分の中では決して揺るがない価値だったからだ。

 レティスは目をうるませながら言う。


「実はわたし、恋人がいて――。この和平会談が終わったら、紹介させていただこうと思っていて、それを言いたかっただけなのに、言い出し方が分からなくて、わたし、聞かなくていいことまで野薔薇様に尋ねてしまって……」


 だがフィオナには後半はほとんど聞こえていなかった。レティスに恋人がいたということを嬉しく思う。


「とても素敵なことだわ! ぜひ連れていらして。どのような方なの?」


「まだ秘密です。……だけどようやく野薔薇様にお伝えできて良かった。まだ皆には内緒にしていて」


 頬を染めながらレティスは言う。 


「番、ではないんです。でも本当に素敵な人で。この茶葉も、その方がくださるんです。とても希少なものだから、野薔薇様にぜひって」


 言われてフィオナは、お茶をまた一口飲む。口の中に花が咲くようなその味は、レティスの思いやりも相まってとりわけ格別なものに思えた。

 皆、前に進んでいるのだ。フィオナが立ち止まっている間にも――。




 結局、夜になっても、使者は結局現れなかった。


 ベッドに横になりながら、フィオナはルイのことを考える。何も今日だけのことではない。毎晩毎晩考える。

 自分が死んだら忘れてほしいと彼は言ったが、忘れることなどやはりできなかった。


(ルイ様、また一日が過ぎました。西大陸に来ましたよ)


 今日は忙しない一日だった。まず港町に着いて、ルークスと出かけ、小竜を捕まえ、レティスの恋の話を聞いて――。もし彼が隣にいたら、どんなことを言うだろうか。

 あの人がこの世界を許せるようになるといい。人を許せるようになるといい。あの人が心から笑えるようなそういう日まで、側にいたいと思ってしまった。だけど彼はいなくなってしまった。願いと祈りだけを、呪いのようにフィオナの心に残して。


 後少しで、彼に誓った平和な世が実現できる。そうしたら自分の役目は終わる。終わったら、心残りはない。いつでも側に行けるのだ。


 と思いながら目を閉じた時、船が揺れた。



 ◇◆◇



 ルークスがオルフとカリアを見つけたのは夜になってからだった。

 それまでは当て所なく街をうろつき、船に向かい合うように並ぶ店の一つで夕食を取ろうと中に入ったところ、二人がいるのを発見し、発見したが恋人同士を邪魔してはいけないと店を出ようとした瞬間に「一緒に食べよう」と呼び止められた。


「故郷だと僕は王子だし、こういう店に入るのは初めてだ。珍しくってさ、入ってみたかったんだ」


「そんな貴重な機会に俺がいていいのか?」


 眉をひそめて尋ねるが、二人はまるで気にしないようだ。


「作法も分からないし心強いよ」


「三人いたら色んなものを食べられますもの!」


 そうカリアも言うため、同じ机に付いた。付いた途端、オルフに尋ねられる。


「あの子とはどうなった?」


 彼がフィオナのことを指しているのは明白だった。ルークスは胸を抑えて大げさに落ち込んで見せる。


「振られた。恋人がいるらしい」


「そうなんだ、それは……」オルフはかける言葉を探しているようだ。「ご愁傷さま」とだけ言われる。


 フィオナの前では虚勢を張ったが、実際のところかなり落ち込んでいた。仕方がないと諦めようとはしているが、そうは簡単に収まってくれないのが恋心の悲しい性だ。とはいえいつまでも失恋の痛みに浸ってもいられない。大陸間の和平を結ぶというのが、ルークスの使命であるからだ。


「まあ、しょうがねえよ。残念だけど、いい人にはそりゃ相手がいるさ。……それよりも彼女、ヒトと獣人の子らしいぜ」


「全然気づかなかった」


 とオルフは目を丸くし、カリアも同じように驚いていた。


「オルフ様の鼻が間違えるなんて珍しいですね。大抵の人のことはどの種か分かるのに」


「ヒト族の血が混じる獣人の中には、その特徴が薄い人もいるんだ。だから分からなかったのかなぁ」


 頭をかきながらオルフは言う。


「このまま平和な世が続けばさ、種族間の混血はこれからますます進むだろうね。僕とカリアの子供も、そういう子になるんだろうし」


 異種族間で子が生まれる可能性は高いとは言えない上に、純血の方が遥かに多いがそれでも時折混ざりのある者がいる。

 ルークスは二人を横目で見た。異種族間の恋人は平和を象徴するようなものだ。野薔薇王が使者の同行者に婚約者を許したのは、そのような象徴を入れるというのも目論見の一つかもしれない。彼等の姿を東大陸の使者が各国に持ち帰れば、未だ蔓延る異種族間の無理解も減るかもしれない。


(流石、我らが王は抜け目ないな)


 などとルークスが考えている時、視界の隅でなにかが光った。そちらを見ると、船の方向に魔法陣が浮かんでいる。不審に思って言う。


「移動魔術だ」


「魔法陣を見ただけでよく分かるね」


 感心したようにオルフが言う。

 魔法陣は主船に隣接し、船の半分ほどを飲み込むほど巨大に見えた。ああいう魔法陣を使う時は、大量の人員や物資の移送か、あるいは身分の高い者が移動する時に限られる。


(俺達使者の移動が予告なしに行われるはずがない。だとしたら相手か)


 移動魔術の中から人影が現れる。

 オルフが鼻をひくつかせ目を見張った。


「あれは竜人だ」


 瞬間、ルークスは店を飛び出しその人物をまともに見た。数人いる。だがその中心にいるのが、最も位の高い者に違いない。

 男だった。少年と言ってもいいほど年が若い。

 白銀と見間違うほど色素のない金色の長髪を風にたなびかせ、肌の色は病的に白かった。船のすぐ下にいるルークスにも彼の声が聞こえる。彼はこう言った。


「私は竜王の子レオンローズです。どうか野薔薇王に謁見願いたい」


 誰もが耳を疑ったことだろう。ルークスにしてもそうだった。ルークスに遅れて店を出てきたオルフとカリアも息を呑む。


 竜王の子などあり得ない。竜王の子は皆、滅んだはずだ。ルイ・ベルトールと野薔薇王が殺したというのは、誰もが知る歴史だった。


 しばらくの静寂があった。生温い風が吹いているにも関わらず、街が一瞬にして凍りついたのかと思うほどの寒さをルークスは感じた。

 そうして次に現れた者を見て、今度は我が目を疑った。


「おい、嘘だろ、嘘だろ……!」


 それが昼まで一緒にいた、フィオナであったからだ。竜族が好む裾の長い白い衣服に身を包み、薄紅色の髪を風に揺らしながら、まっすぐその少年に向かって歩いていく。彼の数歩手前で彼女は立ち止まった。


「はじめまして、わたしが野薔薇です」

 

 レオンローズと名乗った少年が幸福そうに微笑んだ。


「野薔薇――真の名をフィオナ。ようやくお会いできましたね」


 フィオナとその少年の視線が、今にも火花を放ちそうなほど濃密に絡み合うのをルークスはただ混乱の中で見つめていた。




あけましておめでとうございます!

皆様にとってよい一年になりますように。


私は今年はたくさん書きたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いします。

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