わたしが必ず
フィオナの告白を聞いたその夜、フローダストは一人部屋の窓から外を見ていた。昼間空を覆っていた分厚い雲は今はなく、満点の星空とあますことなくそれを映す凪いだ海面は、船ごと空に浮かんでいるかのような錯覚を覚える。
だが美しい景色など、フローダストの目にはほとんど入っていなかった。思うのは自らの王のことばかりだ。
――竜王に新たな子が産まれたとしたら、わたしが殺します。
それは今の世で聖竜戦争と呼ばれるあの戦争が終わった時に、フィオナが言った言葉だった。絶望の中にいた彼女にとって、平和な世を維持することのみが生きる希望であり、だからこそ狂気的にそれにすがりついていた。
彼女は戦争終結の条件として、祖父が子を成さないことを提示した。
「竜王が子を作ったら、必ず殺しに行きますから」
そう告げた時、和平のため送り込まれた使者は死刑宣告を受けたかのような表情を浮かべた。が、当時フィオナに敵う者はおらず、彼女に恐れをなした西大陸により最終的に条件は飲まれ、争いは停戦した。そう、停戦なのだ。今をもってしても、終戦ではない。
だが竜王が死んだ今、ようやく終戦を迎えることができるはずだ。
――どちらかが最後の一人になるまで終わらないというのなら、わたしが最後の一人になります。
それも当時フィオナが言った言葉だった。竜王よりも一日でも長く生き、西大陸の王の直系が途絶えることが彼女の望みだった。結果として竜王はその寿命を千年ほどで終わらせ、フィオナが生き残った。
望みが叶った今、彼女は何を目的に生きるのだろう。
フローダストに番が現れたことを、最も喜んだのはフィオナだった。彼女は自らの死後、王位をフローダストに譲ることとしていたが、順当な寿命で言えばフローダストの方が百年ほど早く逝くだろう。彼女は口にはしなかったが、その後の世を託す者としてフローダストの子を、と考えているような気がしてならなかった。
(あの方の生き方は、あまりに儚い)
役目を終えた後に、消えたがっているのではないかと思うことがままある。フィオナの心は三百年経った今もなお、ルイ・ベルトールのものだ。共に過ごした時間などふた月にさえ満たないというのに、永久にあの日々に囚われ、誰も慰めることはできない。
だからルークスの誘いにフィオナが乗ったのを目撃したフローダストは驚いた。彼女が彼に微笑んだのを意外に感じた。そのような遊びをしないものだと思っていたからだ。
(野薔薇様の心が慰められるのならば、ルークスの失恋など軽いものか)
とフローダストは思った。フィオナがルイだけを愛している以上、ルークスに想いが向かうことはない。いずれ彼は失恋するのだろうが、どの道恋をするなと止めたところで突き進むのが彼という男だった。
フィオナと話した後、フローダストは再びルークスに会いに行った。竜が現れた状況を細かく確認するためだ。雲の上から、突如現れたのだという。魔術による移動か、空を飛んできたのかも判断できなかったようだ。敵がいるとしたら、前者の可能性が高いと考えていた。
フローダストはルークスとの会話も思い出した。状況をあらかた聞き終えた時には既に日は傾き、外に出ていた二人は夕日に赤く染まっていた。目線は未だ海面を漂う大量の竜の死骸に向けられている。
「俺、魚以外を殺したの初めてだ。喧嘩ならガキの頃しょっちゅうしてたけど、厨房の鼠だって殺したことないのにさ」
とぶつぶつと呟き、嫌そうに両手を見ていたものの、突然の戦闘と負傷にも関わらず、ルークスの態度は平素通りだった。
「ああいう知性のありそうな生物を殺すっていうのは後味が悪い」
「すまない」
ルークスが意外そうに眉を上げる。
「なにを謝るんだ」
「お前が使者に選ばれたのはどうやら私のせいらしいのだ。野薔薇王にお前をよく言い過ぎていたようだ」
「別に、いいよそれは。こんな経験、二度とできないだろうしさ」
それよりも、とルークスは子供がはしゃぐように言う。
「なあ、めっちゃかわいい女の子が乗ってるんだけど見たか! どうしよう、運命の相手に出会っちゃったかも!」
聞いたフローダストは半ば呆れながら閉口した。ルークスがフィオナを誘っていたまさにその隣にフローダストもいたのだが、まるで目に入っていなかったようだ。
「あ。でも野薔薇王の侍女だと言ってたから知ってるか……。名前を聞きそびれて、なんて名前なんだ?」
「彼女は――」
本当のことを告げるか否か逡巡しているうちに、再びルークスが言った。
「いや! やっぱりいいや、自分で聞くから」
「……彼女の、何がそんなに気に入ったんだ?」
とフローダストが問うと、ルークスは頭を捻った後で「顔か?」と疑問形で答えがあった。尋ねられても困るというものである。
いつもお読みいただきありがとうございます!
すごくざっくりした設定ですが、3章は1、2章の三百年後の世界なので技術も進歩し、銃、砲弾、蒸気機関などが存在しています




