邪魔されるお茶の時間
東大陸の叡智を結集させ造られた船は通常の船より遥かに速く進んでいく。航海は十四日間の予定であり、早くもその十日目が過ぎようとしていた。
船はいよいよ西大陸の支配海域に侵入する。
フィオナは時折ヒト族の少女に扮しては四隻の船を順に回っていた。人々は交流し、雰囲気は悪くない様子を見て、ひとりで満足感を得る。
フローダストは全体の指揮を執っており、朝晩の二回フィオナに報告しに来るのみであったため、部屋を抜け出していることなど知りもしない。天空城より連れてきた侍女はクロエとレティスの二人だったが、初めて会った時から変わらぬ忠誠を誓い、口も固く、フィオナがふらりと部屋を出て、再びふらりと戻ってきても何も言わずにいてくれた。
当然、初日に船を抜けだしルークスと会ったことなど竜族の誰も知らないし、彼にはそれ以来会ってもいなかった。
船上でのフィオナの楽しみは、城と変わらずお茶の時間だ。昼食後、しばらくすると侍女がいつもの茶をいれてくれる。香料と砂糖がたっぷり入った甘い茶は、脳が痺れるほど美味かった。
なんでもレティスが自ら調合しているようで、他の誰にも同じ味は作れない。
「野薔薇様がレティスを連れてきたのは、このお茶があるからだってモネアが言っていたわ!」
和やかな茶の時間だった。フィオナの足元では件の竜の子が寝息を立てていた。
クロエがからかうと、茶を入れていたレティスは頬を膨らませながら答える。
「ほんとに貴女ったら生意気ね、違うわよ。野薔薇様がわたしを連れてきたのはわたしのことが好きだからだわ」
年の近い彼女等は、いつもこの調子で言い合っている。仲が良い証拠なのだとフィオナは思っていた。
「わたしは侍女の皆さんのことを平等に好きですよ」
と言うと、二人とも照れたように微笑む。フィオナよりも数十年は長く生きる二人だが、どちらもフィオナを自らの主として慕ってくれていた。
他国から預かっている形の異種族の侍女等を何が起こるか分からない旅路に連れて来るわけにはいかなかった。そのため侍女等には休暇を出し、フィオナが留守の間に城に残る侍女等の面倒を見てもらうために最も年長のモネアを残した。そして何が起こってもフィオナとともに死ぬ覚悟だと言うレティスとクロエを共に連れてきたのだった。
フィオナが飲む茶を見て、クロエがため息を吐く。
「ねえレティス、あたしにもいい加減飲ませて欲しいわ!」
いいえ、とレティスはクロエの額を指で小突く。
「この茶葉は貴重なの、わたしだって飲んでいないのよ? 野薔薇様だけのものなんだから」
むう、と口を曲げるクロエが可哀想になる。
「飲みたいのなら飲んでもいいのですよ。わたしは二人と同じものを飲みますから」
フィオナの言葉にクロエが目を輝かせるが、レティスはピシャリと言う。
「だめです! 野薔薇様がお許しくださってもわたしが許しません。だって、本当に特別なお茶なんですもの」
「レティスはずるいわ! 作り方を独り占めして、自分にしか作れないようにしているのよ。そうやって野薔薇様に気に入られようとしているんだもの!」
クロエもこの船旅で緊張が続いているようで、いつもより文句が多い。竜になり思い切り空を飛ぶことを何よりも好む彼女は、十日も人の姿から変化できないことに不満が溜まっているのだろう。
船の中で、フィオナは竜族に竜になることを禁じていた。
「わたしは皆さんにいつも感謝しています。心の底から大好きですよ」
再びそう告げると、二人はまたしてもはにかんだ。
いつもと同じ、平和な茶の時間だったはずだ――フローダストが血相を変えて部屋に入ってくるまでは。
「火急です、よろしいですか!」
頓狂に扉を叩き、返事をする前には開かれていた。
「一体どうしたというのですか――」
フィオナの問いに被せるようにして彼は叫んだ。
「竜の襲撃です。結界が破られました! 目視で百頭ほど、先頭の船が襲われています!」
感情を抑えようとして、失敗したような口調だった。
聞いた瞬間、フィオナは立ち上がった。
室内にいる時は竜の気配など少しも感じなかった。だが向かうと確かにフローダストの報告の通り、集団で竜が先頭の船を襲っていた。
この船団にはフィオナ自ら魔術をかけ結界を張った。それがこじ開けられている。この至近距離まで竜の気配を感じなかったことといい、フィオナと同等の魔術の使い手の仕業でなければまずありえないことだった。
他の船の結界まではまだ破られていない。だが時間の問題だ。
「竜になる許可を……! 許可をください」
フローダストが感情を押し殺しそう言った。
「なりません」
とフィオナは言い、同族を振り返り叫んだ。
「皆さん、竜になってはなりません! ここは敵地ですから、挑発と受け取られかねません! それは即ち弱味となります!」
竜となり戦えば勝てるだろうが、ここは敵地だ。竜になることは交戦の意ととられかねない。そんなことをしてはこちらの落ち度になってしまう。付け入られる隙を与えたくはなかった。
「わたしが行きます!」
自分がいながらこれほどまでに襲撃の余地を残してしまった後悔を感じながら、フィオナはそう言う。
「私も……!」
即座にフローダストもそう言い、フィオナも頷いた。先頭の船には、ルークスも乗っているのだ。




