若き王は使者になる
「俺ぇ――――!?」
和平交渉の一員に、と告げられた時のルークスの第一声はそれだった。
「なんで俺!」
三年前にこの城の主であった先王が亡くなり、泥沼の王位継承で荒れていた小国はルークスの暗殺未遂まで仕組んだ腹違いの兄イクスの追放という形で終結し、王は結局ルークスが正式に継ぐことになった。ようやく落ち着いた王位だが部屋の入れ替えやら使者の訪問やらで城は今日も忙しなく人の往来があり、今や珍しくもなくなったフローダストの訪問にも多少のもてなしがある程度であった。
初めて訪れた際は城内外の貴族から使用人まで総出で出迎えていたのだが、今になってはルークスの私的な友人が遊びに来た程度の扱いである。フローダストの四百年の生でこのような扱いを受けるのは初めてのことだが、案外悪くない対応だと気に入っていた。
ルークスの私室で机を挟み向かい合って座る。
「ほんとにさあ、忙しいんだよ。毎日毎日誰かが訪ねてくるし、祝いの品はまだ届いて、お返しもしなくちゃいけないしさ。おまけに俺は全然知識がないとか言われてガキがするようなお勉強も詰め込まれてるんだぜ!? 今更読み書き計算なんてできるかよ、毎日毎日さあ!」
愚痴まじりにそう言いながらルークスは肩まで伸ばした金髪をぐしゃぐしゃと手でかき乱した。
「では断っておこう」
フローダストとてルークスを危険に巻き込みたくはない。だがすぐにルークスは反応した。
「いや、行くよ行く! 楽しそうだし。俺、この国の外に出たことねえしさ」
「慰安旅行じゃないんだぞ」
「はいはい、分かってるよ」
フローダストは眉を顰めたが、ルークスはまるで気にしていない様子で肩をすくめた。
「どうせ俺が呼ばれた理由なんて、竜王の侍女にミエラがいるからだろ。たまたま目についたってだけだろうけど――だったら利用してやるよ。せっかく王サマになったんだから、俺はこの国をもっと豊かにしたいんだ。そのためには交友関係も広げておきたい。使者団には異国の有力者がわんさかいるんだろ?」
一応俺も考えてるんだよ、とルークスは笑う。
彼と話しているとフローダストは不思議な心持ちになることがしばしばあった。利害関係を含まないヒト族の友を持ったのは初めてのことであったが、はるか昔から知っているような気になるのだ。
底抜けに明るく、誰と話してもたちまち打ち解けてしまう彼の性格がそのような思いを掻き立てるのかもしれない。
「新たな王は人気らしいな」
二十歳で即位した若き王を指示する者は多かった。
「ま、俺は見てくれだけはいいからさ。ちょっと丁寧な口調でお固く話せばそうそうボロはでないぜ」
平然とルークスは言ってのける。
「だが腕っぷしだけでなく頭を鍛えろと言われているようじゃないか」
「ミエラのやつ、また余計なことを――」
ルークスは軽く舌打ちをしたが、言葉とは裏腹に彼女の名を呼ぶ口調は優しい。この兄があの妹のことを何よりも大事に思っていることをフローダストは知っている。
「――だけどさっき言った通りちゃんとやってるよ」
「和平の使者として赴くのだ。最低限の知識がないとな」
言いながら、フローダストは問いかけた。
「今年は何年だ」
からかいを含んだ問いに、ルークスは口を曲げて答える。
「おい、馬鹿にするなよ。一三一四年だろ」
「インエットの名産は」
「珊瑚細工と海産物――特に鰯が毎年豊漁。あとは意外にもレース刺繍」
「成立年と創始者は」
「成立年は一一三五年で、初代王はアルサトゥス。どうだ、完璧だろ」
得意げに言うルークスに、フローダストは微笑んだ。
「初代王は合っているが創始者は異なる」
フローダストは過去を思い出す。インエットはかの者が没した砦がある。だからこそその妹は、この地にこだわった。
――この場所でなくてはならないのです。どうかお力を貸していただけませんか。
彼女はフローダストにそう言った。三百年も昔のことである。
「シンディシア・ルカリヨンだ。夫とともにルカリヨン王国の再興を願いこの地に城を築き、都市を再建した。それが始まりだ。お前もミエラも、遠いが彼女の血を引いているはずだ。創始者というのなら彼女だろうな」
「ふうん。覚えておくよ」
哀愁とともに掘り起こされた事実を告げると、青年は興味があるのかないのか分からない口調でそう答えた。フローダストの懐かしい記憶はルークスにとっては単なる歴史に過ぎないのだ。
戦争の集結とともに本来の名を名乗るようになった彼女の青い瞳を思い出す。清純な青色の中に星を散らしたような欠片がいくつも煌めく見事なものだった。遠い祖先の血が出たのか、ルカリヨン王国の地にはそのような者が時折出るのか、ルークスもミエラも同じ瞳を持っていた。つまりはあの男と同じ瞳だ。
あの兄妹のような過酷な運命を二度と誰にもさせるわけにはいかない――とりわけこの兄妹にはさせたくないというのが、フローダストの今の願いだ。そのための平和を長年に渡り築いてきたつもりだった。
野薔薇王の使者として指名された者たちは二十人に及んだ。使用人、護衛の兵、船の乗組員を含んだ人数は絞りに絞られたとはいえ千に近く、四隻の艦隊が組まれた。あらゆる種族の者が船に乗り込む。
最も巨大な船は中心にあり、そこに野薔薇王が乗っていた。ルークスはそれとは別の船に乗ることになる。




