和解のち別れ
竜人達は町外れの空き屋敷でひとまとまりとなり、大人しく一晩を過ごしていた。反竜派の街において彼等はひどく緊張しただろう。
ルイはギルバートを外で待たせ、一人で屋敷の中へと入っていった。
まだ早朝と呼べる時間帯だったが、ほとんど皆起きており、玄関広間にいた竜人達が一様にルイに視線を向ける。
「あの男からフィオナ様の匂いがする」
フィオナの侍女のうちの一人がもう二人にそう囁く。
「さっきまで一緒だったからね」
ルイに答えられると思ってもいなかったのか、きゃあと彼女等は小さな悲鳴を上げた。「竜殺しがわたしに話しかけたわ!」声を潜めようとして失敗した興奮した声が聞こえたが、かまわず話しかける。
「フローダストに話があるんだが、呼んできてもらえるかい」
言うと、階段の上から鋭い声が飛んできた。
「フィオナ様が誰とお過ごしになろうと、あの方が決めたことに口出しはしないと我らは誓った。だが貴様の訪問まで許した覚えはない! 立ち去れルイ・ベルトール、我らはフィオナ様のみに従う!」
見ると階段の上でフローダストが額に青筋を立てて、怒りの形相でルイを見下ろしていた。
彼の姿を見て、ルイは魔剣を引き抜いた。
竜人達が悲鳴を上げ、ある者は逃げ、ある者は竜化しようと立ち上がった。
だがルイは剣を壁に立てかけ、そこから離れる。刹那、安堵のため息が、そこかしこから漏れた。皆、ルイを恐れているのだ。
「他に武器はないし、私に魔術は使えない。戦うつもりはない。君等と話がしたいんだ」
フローダストが不可解そうに眉を吊り上げる。ではこの竜殺しは何をしに来たのか、測りかねたのだ。
ルイは彼に一歩進むと、頭を下げた。
「――――すまなかった。竜族を殺したことだ。他の生き方を知らなかったんだ」
ざわめきが聞こえた。皆、ルイの言葉の裏に潜む罠に警戒している。竜族にとっては恐ろしい敵で、そして竜族を憎む男が頭を下げるなど、あり得ることではないと思っている。
だがルイは本当に丸腰で、そうして心からの言葉を発していた。
竜族を誰よりも知っているつもりでいた。生態や性質を研究し尽くしたはずだった。
だが実際は無知だった。ルイは彼等のことを何一つ知らなかったのだ。抱える思いも、信念も、知るつもりはなかったし、知ろうとも思わなかった。――彼女に、塔で会うまでは。
もし以前から知っていたら違っただろうか。竜殺しは誕生しなかったかもしれない。愚かさに愚かさを重ねたような己の生き方もまた、他のものがあったかもしれない。
だが一切は手遅れで、ルイは今の自分にしかなれなかった。憎しみもやはり、捨てられはしない。
それでもルイの中で、なにかが確実に変化していた。だからこうして、彼等と対話をしようとしている。
「すまなかった。君達を巻き込んでしまったことを謝罪する。この戦争の責任は私にある」
なおもルイは頭を下げた。驚嘆と疑念の沈黙が重苦しく場に漂う。ルイに視線が突き刺さる。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
竜人達は、この場における同族の最高位であるフローダストの言葉を待っているようだった。彼の言葉次第で、ルイは引き裂かれて殺されてもおかしくはない。
フローダストが長い息を吐く気配がした。
「貴様の……」
やがて彼はそう言った。
「貴様の罪ではない」
やっと吐き出したような苦しげな声だった。
言いながら彼は階段を下りてくる。
「私も多くの者を殺した」
絞り出すかのような声でそう言った。
やがてフローダストはルイの前までやってくると、両手を肩にかけ顔を上げさせた。二人の目が合う。
ルイが見たフローダストの瞳には、痛々しいほどの真摯さが満ちていた。
「私も多くの者を殺したんだ。父に言われるがままに、国を幾つも落とした……! ここにいるほとんどの者が、そうだ。それこそが正義だと、信じて疑わなかった。そうやって捻れきった憎悪の果てに貴様やフィオナ様が生まれてしまった。その一切の責任が、貴様にあるわけがないだろう!」
ルイとフローダストは、しばらく互いを見つめ合っていた。
和解など、永遠にあるはずがないと思っていた。だが、二人はこうして肩を並べて対面している。
ルイは片手を、フローダストの手の上に置いた。
「これから白銀を打ち獲りに行く。君等は手を出さなくていい。それを伝えに来た」
フローダストは目を見開く。
「だが……!」
「フィオナを頼む。昨日彼女も言っていたが、政治に関しては素人だ。誰かが導いてやらなくてはならない。だからこれからは君が支えてやってほしい」
フローダストの表情にあらゆる感情が浮かび上がり、だがそれを言葉にはしないまま、最終的には唇を噛み頷いた。
「貴様と平和な世で出会っていたら、別の関係だっかもしれない」
ルイは彼等から離れると、壁に立てかけた剣を取り鞘に収めながら言った。口元には微かな笑みが浮かぶ。
「これからそういう世を、どうか築き上げていってほしい」
ルイが外に待たせたギルバートと合流し、馬に乗った時だ。背後の気配に気がついた。
「お前は来るな。まだ子供だ」
ルイの言葉に、ぎょっとしたようにギルバートも背後を振り返る。気まずそうな表情を浮かべながら物陰から現れたのはノットだった。
「ノットか。また隠れて付いてくるつもりだったのか?」
ギルバートが笑いながら言うが、ノットは浮かない顔のままだ。ノットも竜人達と共に屋敷にいて一連のやりとりを見ていたはずだが、一人屋敷を抜け出したらしい。
「俺はフィオナ様をお慕いしている」
ルイをまっすぐに見つめてノットは言った。
知っていることだ。ノットほどひたすらにフィオナを守ろうとしている者はいない。そのままの口調で、彼は続けた。
「それに、あんた達のことも今はそんなに嫌いじゃない」
「だから一緒に来たいのか? 私達がどこに向かっているのか分かっているのか。死だぞ」
ルイの言葉にノットは怒ったように目を見開いた。
「ヘンリーって奴は二十歳で死んだ。俺だって!」
だがルイは言い放った。
「ヘンリーが死んだのは間違っていた。彼のような者は死んではならなかった」
それでもノットの勢いは止まらない。
「死に、間違ってる死とか正しい死とかあるのかよ!」
「あるさ」
忌々しいほどの頑固さを持ってルイはそう答えた。突き放されたような表情をノットはする。
未来のあるヘンリーは死ぬべきではなかった。彼の死は間違った死で、そうして自分の死は正しい死だと、ルイは思っていた。
ノットの目が赤くなり、隠すように彼は下を向いた。
「もう誰も、いなくならないでくれ……」
彼の肩が震えている。本心から、ルイ達を思いやってくれていることは分かっていた。ルイはノットの髪に手を置き、ぐしゃりと撫でる。随分昔、妹もこうして慰めてやったなと思いながら。
「これで最後だ」
とルイは言った。
白銀を殺し、フィオナが王になった先の世には、これほどまでの別れはないはずだ。
「私のことを思うなら、これからもフィオナの側にいてやってくれ。気を許せる友人が必要だろうから」
言ってからルイは馬を蹴った。ギルバートもそれに続く。だが少し進んだ先でギルバートは馬を止めると、立ち尽くすノットを振り返った。
「おいノット! ヘンリーが持ってた短剣だ! ダチが持ってた方があいつも喜ぶだろう!」
そう言ってギルバートが投げた短剣を、慌ててノットが受け止めた。
「最後に思いがけずいい思い出ができたな」
ギルバートがノットを見てそう呟く。ルイも同じ思いだった。




