わたしの心はあなたとともに
白銀の姿を見つけるやいなや、フローダストは炎を放った。
裏切りを即座に察知したらしい白銀は、フィオナを地面に下ろすと竜化し対抗しようとする。彼の体が完全に竜となる前に、フローダストは体当たりをし、空中に放り出された目標めがけて再び炎を放った。
心が再び迷う前に、魂の底から炎を吐き切る。
やがて目前から、白銀の姿が消え失せた。渓谷に落ちたのだろうかと谷間を覗き込むが、姿は見えない。死んだのか――いや恐らくそうではない。竜王の嫡男がこの程度で死ぬとは思えなかった。だが深手を負ったはずで、回復には時間がかかるだろう。
(……正しさなど、考えたこともなかった)
フローダストの胸の内は苦々しさに満ちていた。
飛翼族の女に言われた言葉が頭の中を旋回する。フローダストにとっては己の命を竜王に捧げることのみが、唯一にして無二の生き方だった。その息子である白銀に従うことは当然のことだと思っていた。
だが、迷いが生じてしまった。それをあの死にゆく女は――苦し紛れの当てずっぽうにせよ、あの女は見抜いたのだ。
親が子を、立場が上の者が下の者を所有物として扱ったからこそ、この大陸は暗黒の時代を招いた。白銀がフィオナを従わせようとすることはその縮図だ。
(こんな感情は抱きたくない)
だが知った以上考えなくてはならない。
そして葛藤は遂に落とし所を見つけ出した。フローダストは白銀からフィオナを守ることにしたのだ。自分の迷いをフィオナの境遇に重ねていることには気づいていた。彼女を助かることで今までの生き方を清算しようとしていることにも気づいていた。それでも己がかつていた場所に永遠に別れを告げると覚悟を決めた。
それがフローダストの出した答えであった。
◇◆◇
フィオナが意識を取り戻したのは森の中だった。
目の前に立つフローダストを見つけ、慌てて立ち上がり魔法陣を構える。いつでも攻撃の魔術を放てるように。
「どうして貴方が!」
敵意を隠すことなく顕したフィオナを前にして、フローダストはゆっくりと両膝を地面につけ両手のひらを開いてみせた。攻撃の意図はないと彼は示す。
「私は長らく、赤子同然のように生きてきたのだと思います。父や上の者に従うことに疑問さえ抱かなかった。ですが考えを改めました。従うべきは、己の心であると思いました」
フィオナの困惑は顔に出ていただろう。フローダストは目を伏せ、諦めにも似た笑みを作った。
「そうして己の心は貴女と共に。フィオナ様、私は貴女に従います」
信じられない思いだった。唖然としたまま彼を見つめた。
この戦いの中で、刻々と、急激に状況が変わっていく。いる場所も人の心も、何一つ同じ場所には留まっていなかった。
気を失う前に、フローダストが白銀を攻撃した光景を見ていた。あれが夢幻ではないとすると、彼は真実を話している。
フローダストの両手が、微かに震えていることに気がついた。彼の内なる葛藤が、そのまま表に出てきているようにフィオナには思えた。
「……わたしはどれくらい眠っていましたか」
「せいぜい十分ほどです」
フィオナには二つの選択肢があった。白銀を探しとどめを刺すか、ルイの元へと戻り加勢するか。少しの間、目を閉じ考え、そうして開いた。
「ルイ様の元へ戻ります」
フィオナは再び戦場へと舞い戻った。血の匂いが鼻を突く中、戦場にルイの姿を見つけて安堵した。ルイもすぐにフィオナを見上げ、こちらへ来るように手で合図する。だがフィオナは従わなかった。
目に付く竜人に掴みかかり、首元に噛みつき引きちぎる。別の敵には炎を降らせた。フローダストもフィオナと共に戦っている。それが心強かった。
一切に決着がついたのは、奇襲から数時間後、太陽が大きく西側に傾き夕日に変わる頃だ。味方側の兵士の数は大きく削られたものの、生き残っている竜人はフィオナとフィオナに従う者達だけだった。
体がひどく疲れていて、何人の同族を殺したのか、考えることも煩わしかった。
あまりにも凄惨な戦場を前に、勝利の余韻に浸る余裕は誰にもなかった。
即座に怪我人の手当が行われる。痛みに大の大人が泣き叫ぶ声があちらこちらから聞こえてくる様は、終末世界か地獄のようだ。
魔術が使える者達が数人がかりで反竜派の街へと空間を繋ぎ、再び竜人が攻めてくる前に兵らは急ぎ移動する。フィオナも必死に怪我人の手当にあたり、呼ばれれば魔術師達を手伝った。
生存者の確認と兵らの移動が全て完了したのは深夜になってからだった。
細い月が浮かぶだけの暗い夜の中、フィオナはルイを探す。先程まで皆に指示を出していた彼はまだ移動しておらず、一人、荒野の中に立っていた。
周囲に散らばるのは竜人と兵士の遺体である。彼はそれを感情の伴わない瞳で見つめていた。




