天空城攻め落とす
竜の姿となり空を飛びながら、フィオナは考えていた。
(とても気分がいいわ)
以前も感じていたことだったが、竜の姿は人の姿でいるときよりも、遥かに本来の自分に近づいているように思う。
獣人の成り立ちを古にヒト族と獣が交わった故だと考える者達がいるが、それを正解だとするのなら獣の姿でいる今が最も本能に近いということなのだろう。体が空を割り、生じる風が心地よい。フィオナは一切の抑圧から解放されていた。
目前に迫るは天空城だった。
フィオナはルイとギルバートを背に乗せて、城を落とすべく攻め込んでいた。
天空城を護る多重結界は、ルイの持つ魔剣によって引き裂かれていく。剣にかかれば強大な結界さえも、まるで常温のバターを切るかのような柔らかさだった。
天空諸島には城を囲む四方の島に見張り台が設置されており、そこから攻撃魔術が大量に浴びせられた。投石機さながらの威力だが、見切れないほど速くはない。空を高速で移動するフィオナはそれらを躱した後、振り向きざまに口から炎の礫を吐き出した。
フィオナが放った炎の塊は見張り台に直撃し派手な音を立てて爆発する。間を置かずに反対方向の見張り台にも炎をぶつけた。
城を挟んで二島にも見張り台はあったが、そこから攻撃が放たれる前には既にフィオナは射程の範囲外――天空城のすぐ目の前まで来ていた。
攻撃を放てば城に当たる。見張りの兵らは攻撃ができず、フィオナの猛攻に成すすべがない。そもそも竜人からの攻撃を、天空城は予期していないのだ。
轟々と燃える炎を見つめて、フィオナの心はいきり立った。そうしてもう一方の冷静な自分が、好戦的な自分を見つめて考えていた。
これこそが自分の本性だ。争いを好む、傲慢で欲深い竜族。言われてみれば王族の血というのも納得だ。何も諦めたくはない。全て手に入れることこそ己の欲の在り処だった。
壊れゆく見張り台から、使役竜たちが放たれる。
フィオナは腹の底から咆哮した。絶叫は空気を震わせ、その場にいる者達を刹那の間、畏怖させる。
使役竜達は混乱し、少なくはない数が側にいた竜の喉元に噛みつき血を噴出させる。そうはならなかった竜達が、フィオナ目掛けて牙を向きながら飛んできた。
(全部の竜を従わせることはまだできないみたい――)
冷静にフィオナは状況を見ていた。
至近距離で竜が口から吐き出す炎は、見張り台からの攻撃魔術よりも速さも威力もある。いくつかを被弾したが、すぐさまギルバートが治癒の魔術をかけた。
フィオナの背に立つルイが、飛んでくる炎に向け、利き手ではない左手で器用に剣を振る。生じた斬撃は空を切り、炎を切り裂き、ついでに竜をも切り裂いた。裂かれた竜は息絶え地上へと真っ逆さまに堕ちていく。
(以前よりも、魔剣の威力が増しているわ)
剣がルイの命を吸って強化されている。その事実を思い、フィオナの心に影が差した。
そうしている間にもルイの攻撃を躱した幸運な竜がこちらに迫り、深く考える時間はなかった。
(こうして見ると、随分小さい)
以前は巨大に思えた竜は、竜の姿となったフィオナにしてみれば羊のような小ささだ。
フィオナはその竜を手で掴むと口に咥え首を噛み千切った。空中に血が飛び出し、それを真正面から雨のように浴びる。いつか浴びた雨よりも生暖かく生臭い。
手を離すと、やはり竜は地上へと落ちた。
フィオナは地上に目を向けた。天空城を護る地上の衛兵達は、マウンバレートより引き連れて来た兵らと交戦していた。味方の兵は多くはないが、収集の気配もなく突然現れた軍勢に、竜族側は驚愕し、動きが悪い。無理もない。竜族が返事を寄越した数分後に、この戦争が開始されたのだから。
フィオナは息を吸い込むと、地上の敵へと向けて火炎を放射した。森が焼け焦げ、混乱が広がる。これで味方側はやりやすくなるだろう。
「貴女は本当にすごい人だ」
轟音と熱風が炸裂する中、背を撫でるルイの優しげな手を感じ、フィオナの心臓は跳ね上がった。ルイが喜んでくれるのならいくらでもこうしていられると、そう思う。
竜を振り払いながら、フィオナは飛ぶ速さを緩めず、天空城のある島へと滑りながら着陸する。慣れない着陸はひどく不格好で、フィオナの体は花畑をなぎ倒し、地面をえぐり取った。母の愛した庭は、フィオナの巨体によりすり潰される。
「行ってくる。すぐ戻る」
ジャグとシルヴィアの気配を感じたギルバートは短くそう言い残し、移動の魔術により姿を消した。地上から離れた天空諸島、加えて結界の外からでは感じ取れなかった仲間の気配を発見したのだ。
目的地へと着き、フィオナは人へと姿を変える。裸ではなく、竜人が纏うような丈の長いローブに身を包んでいた。これはギルバートが作った服で、”魔纏衣”というらしい。魔力が練り込まれているこの服は、竜の姿の時は消失し、人の姿の時に現れる。竜人が着ているのはこれだと知った時は、ひどく腑に落ちたものだった。
天空城に向かって一歩進むと、フィオナは叫ぶ。
「わたしは白銀王の娘。ここにいる烈火、バルスロットをも凌駕する。お前達竜人は、全てわたしに従う義務がある! すぐさま城の外へ出て、投降しなさい!」
城全体が、呼吸をしたように思えた。おそらくは中に潜む竜人達が驚愕した吐息だ。
体中に視線を感じる。以前の自分なら、恐怖したような状況かもしれない。以前、自分と思っていた少女だったら、そうだ。だが今のフィオナはそうではない。なぜなら既に、自分が誰だか知っているからだ。
「わたしは竜を統べる王! この大陸の王の中の王! お前達の王だ!」
一瞬の静寂の末、地獄の底から響くかのような咆哮が轟いた。
隣にいたルイが、剣を握り締めるのが目の端に映る。
次には二人の目の前に、赤黒い鱗が光る怒り狂う竜の姿が現れた。




