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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 死にゆく者達へ祈る

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囚われた者たち

 ジャグとシルヴィアは同じ牢に入れられていた。

 二人して同じ牢に入れられたのは、そうしたところでこの牢から逃亡を図ることなどできないし、かといって尋問するつもりもないということだろう。おそらくはただ、死を待つだけだ。


 冷たく暗い石造りの牢だった。双方とも気絶したまま連れてこられたため、竜人の管轄地であるという以外、場所は分からなかった。十日以上このままだ。二人とも頑丈な種族であるため耐久力はあるが、それでも徐々に衰弱していく。

 窓のない牢だが壁を通して微かに伝わる振動で時間の感覚を測ることはできていた。だが今日に限ってはやたらと騒々しい。幾人もが牢の上の床を行き交う気配をジャグは感じていた。


「団長はもう殺されたかもしれませんね」


 膝を抱えて牢の隅にいるシルヴィアがぽつりとそう言った。彼女もジャグと同じように、この異変を感じ取っているようだ。


「あの人は私の生きる希望だったのに」


 恨み言のような言葉に、ジャグは横目を向けた。


「あんたはたまに、彼に惚れているようなことを言う」


「そうですよ、心底ね」


 肯定されるとは思っておらず、ジャグは驚いて今度は顔ごとシルヴィアに向けた。彼女は仄暗い視線をこちらに寄越した。


「あなただってそうでしょう? 誰もがルイ・ベルトールに惚れ込んでいる。じゃなきゃ、命を捨てるようなこの隊に入りませんよ。彼の隊に入ったら最期、彼以外生き残らないなんて噂は嫌と言うほど耳にしましたから」


「俺は何度も一緒になったが生きているぞ」


「それも今回で終わりかもしれないですよ。竜人によって殺されるなんてサイアク。その前に死んでやろうかしら」


 シルヴィアはやや自暴自棄に陥りかけていた。深い溜息を吐くと、彼女はこう言ってくる。


「もしどちらかが奇跡的に生き残った時のために、死んだ後のことを託し合いませんか」


 どちらかが生き残るなんて状況があり得ないと予感しつつも、ああ、とジャグは頷いた。


「私の体を――それがどこの部分でも構いません。故郷の土に埋めてくれませんか」


「出身はどこだ」


「リノア地方の西方の山岳地帯です。リノーホーンと呼んでいた山の近くに住んでいましたが、正確な位置はもう分かりません」


 地方の名に聞き覚えがあった。


「竜族の統治下じゃないか」


 こくりとシルヴィアは頷いた。


「ええ。今はね。百年前は違いましたから」


 ジャグはシルヴィアの顔の傷を盗み見た。

 まだ彼女が十代の頃に竜人に捕えられ、百年近く奴隷として使役を強いられたと聞く。顔と体の傷はその時にできたもので、二度と消えることはない。彼女は蹂躙され、嬲られ、痛めつけられた。同じように捕えられた同族もいたらしいが、百年のうちに行方がわからなくなったという。似たような話はそれこそ掃いて捨てるほど溢れている。ありふれた不幸の一つでしかなかった。

 彼女を解放したのは、魔剣を得たばかりの十四歳のルイだった。竜族の街を落とし、奴隷たちを解き放ったのだ。だからシルヴィアはルイを敬愛し、彼の隊に志願した。


 ルイはシルヴィアに対して、とりわけ紳士的に接しているように感じる。それは自分より遥か長い時を生きる者に対する敬意も含まれているかもしれないが、彼女の顔の傷にあるのではないかとジャグは考えていた。

 ルイ・ベルトールが何よりも大切にしている婚約者の顔にも、目を逸らしたくなるほど巨大で醜い傷があったからだ。


「分かった」


 とだけ、ジャグが答えると、わずかにシルヴィアの表情に生気が戻ったように思えた。故郷のことを思い出したのかもしれない。


「貴方は?」


 少し考えた後で、ジャグは言った。


「連邦国にいる俺の子どもたちに、父親は立派に戦ったと伝えてほしい」


「分かりました」

 

 シルヴィアはすぐにそう答えた。沈黙が漂いかけたが、またしてもシルヴィアが口を開く。


「ねえ、これが最後の時かもしれないですよ。ずっと気になっていたんですよ、貴方とルイ・ベルトールの関係を教えてくれませんか?」


 その目には平素の彼女のように、好奇心が宿っていた。


「大した関係じゃない。ルカリヨン王国に白銀王が攻めてきた時、共に逃げただけだ。彼は当時七つで、一人で逃げられる状況でもなかったからな」


「へえ。二人きりで?」


「いや三人だ。もう一人子供がいた」

 

 言いながら、当時のことを思い出した。

 決して楽ではなかった。戦禍の中、飢えをしのぎながらの長い旅路だ。ジャグは自らの食料をも子供らに分け与え、山を越え、街を越え、時に敵を倒しながらも友好国へとたどり着いた。


「子供らを亡命先の国に預け、それからしばらく、会うことはなかった。再会したのは彼がベルトールを名乗り、魔剣を持つようになってからだ」


 ジャグはその頃、とある都市で用心棒として働いていた。酒場で一人、仕事終わりに飲んでいた時、同じテーブルに腰掛けてきた男がいた。それがルイだった。

 初めは分からなかった。目の色も、表情も、体格も、声変わりしたため声も、なにもかも異なっていたからだ。だが彼の瞳の中に光る金の欠片を見つけた時、それが誰か分かった。


 ――ルミナシウス様か?


 信じられない思いでそう問いかけると、彼は静かに頷いた。


「竜を殺すから一緒に来てほしいと、わざわざ俺を探し出してそう誘ってきた。俺が彼の誘いを、断れるはずもない」


 シルヴィアが興味深そうに目を開いた。


「二つ返事で引き受けたんですか? 竜族と戦うなんて自殺行為でしょう。私は復讐のためだと納得していますが、貴方は家族がいるのに、命が惜しくなかったんですか?」


「俺は子供を四人作った。同族に対する役目は終えている。残りの命は彼のために捧げようと思った」


 ジャグの脳裏に、幼い少年の姿が浮かんだ。

 順当に行けば、大国の王になったはずであろう純真で心優しい王子だ。ジャグは彼がとても好きだった。誰にでも分け隔てなく接し、魔術に秀でて勉学を怠らず、常に民のことを考えていた、王たる資格のある者だった。だが彼は失われてしまった。


 生命は忘れていくものだ。

 ジャグがルカリヨン王国で兵士をしていた時代を忘れ。新たな家族とともに歩み始めたように、痛みも、怒りも、憎しみも、時間の経過とともに薄れるものだ。だからこそ生き延びることができる。そこに囚われていては進むことなどできない。

 だがルイ・ベルトールは、忘れないということでこそ生き延びている。それこそが彼を生かす力なのだ。

 哀れだ、と思う。せめて側にいてやりたい。心を救うことはできないかもしれないが、彼の体を守ることはできる。産声を上げた時から側にいた護衛としての務めだ。


 と、その時、床を伝ってくる振動で、こちらに向かって歩いてくる者の気配に気がついた。程なくしてその者は姿を現す。

 現れた竜人を、ジャグは知っていた。


「フローダストか」


 美しい薄い青色の髪を垂らした彫像のように整った男だが、その双眸はこちらを厳しい視線で射抜いている。


「貴様らの処遇が決まった。処刑は今日執り行われる」


 遂にこの日が来たか。すぐに殺されなかっただけ運が良かったのかもしれない。

 ジャグに恐怖はなかった。死は覚悟の上だったからだ。


「随分と外が騒がしいようだが、俺達の処刑のためにそれだけの人数が動いてくれていたのか? 有り難いことだな」


 フローダストはジャグの挑発めいた言葉を無視するように決めたようだ。聞こえなかったかのように、別のことを言った。


「知っている情報を全て吐き、我等の奴隷となるのであれば、命は奪わない。無駄な殺しはしたくない」


「驚いた。烈火が俺達を許すというのか」


「いや――。私の独断だ」

 

 これにはジャグも素直に感心した。どうやらフローダストという人物は、思っていたよりも人情味があるようだ。

 ぷ、と吹き出したのはシルヴィアだった。


「随分と甘いお坊ちゃんね」


 表情は笑っていたものの、吐き捨てるような嫌悪を含み彼女は言った。


「笑える。馬鹿じゃないの?」


 反抗的な捕虜の態度に、フローダストは眉根を寄せる。

 

「なぜ飛翼族と有鱗族のそれほど力のある者達が、ヒト族の国家に加担している。竜族の仲間になれば地位は固かったというのに実に惜しい」


 ふん、とシルヴィアは鼻を鳴らす。

 

「もしかして竜人がどれほど他の種族を蹂躙してきたのか忘れてる? 贅沢尽くした王族さまは、脳みそが溶けちゃったのかしら?」


 挑発に、フローダストの顔面が、不愉快そうにピクリと動いた。


「ルカリヨン王国の最後の王は、竜人を残虐に殺戮した。子供も、女もだ。我等はその屈辱を忘れてはいない。ヒトも弱い獣人をいたぶり凌辱している。貴女の身に起こったことには同情するが、竜人にのみ罪があるのか」


 フローダストの握りしめられた両手の拳を見て、真面目な男だな、とジャグは思った。竜族の王族に相応しい、誇りの高い人物だ。だからこそこうして二人に取引を持ちかけたのだろうし、だからこそ相容れることはない。双方が、譲れない思いを抱いているのだから。

 シルヴィアは無感情に告げる。


「そうではないでしょう。でも憎しみは捨てられない。私の暮らしを奪ったのは他ならぬ竜族だった」


「だがそんなことを続けていては、憎しみは終わらない」


 フローダストの言葉を聞いたシルヴィアは、堪えきれなかったように高笑いをした。目に涙が浮かび、それを指で拭いながら答える。


「貴方は、貴方の愛する人が同じ目に遭った時、同じ考えを持てるというの? 憎しみを捨てられる? そうであれば私達を責める資格はあるわ。憎むというのなら、私達にはもう構わないでちょうだい」


 憎悪の連鎖は理屈ではもはや説明はできない。愛と憎悪に囚われて、逃げ出す気力も奪われる。だから争いは終わらない。繰り返される。何度も何度も――。

 フローダストは無表情で告げた。


「では決裂だ。ルイ・ベルトールへの見せしめのために、死ね」


「望むところよ」


 シルヴィアはそう答えたが、ジャグはフローダストの言葉に違和感を覚えた。まるでルイ・ベルトールが自由の身であるかのような言葉じゃないか。


 彼はどこか、別のところにいるのか?


 そう考えた刹那だった。大地を揺るがすような爆音が聞こえ、牢が震えた。ビリビリと、皮膚に振動が走り、外での騒ぎが一際大きくなった。


「……早すぎる!」


 フローダストが狼狽えている。一体何が早いというのだ。

 何が起きているのか状況も把握できないまま、ジャグとシルヴィアは思わず顔を見合わせた。


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