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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 死にゆく者達へ祈る

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開戦前夜

 天空城は東大陸の北西に浮かぶ天空諸島の一角にある。大陸中央に位置するマウンバレートからの速やかな移動が第一の課題だ――と思っていたが、恐ろしいほどすんなりと問題は解決することとなった。

 フィオナの並外れた魔力が、数国離れた天空城の付近の反竜派の国まで兵の輸送を可能にしてしまった。いつの間にか彼女の魔術は複数の空間同士を長時間長距離、繋ぐことができるようになっていた。友好都市を複数経由した後、天空城に最も近い反竜派の都市へと兵を送る。送られた兵は森の中へと身を隠していた。


 彼女の魔力を目の当たりにしたルイは背筋が冷えるのを感じた。


(白銀が彼女を妻の代わりとして育てていてある意味では助かった。初めから娘として、反竜派と戦うように教育していたのなら、我々にとっては恐ろしい脅威になったはずだ)


 覚醒しつつあるフィオナの力は三百年前に東大陸をほとんど単独で侵略した白銀にも劣らないように思えた。


(半人といえど竜人の血が濃いのだろうか。あるいは番同士が作った子供であるからこその魔力の高さだろうか)


 またはその両方かもしれない。ともかくフィオナは、他の魔術師と協力しながらわずか半日で兵を送り込んでしまった。

 魔術を終えたフィオナが様子を見守っていたルイの元へと走り寄り遠慮がちな笑みを浮かべて見上げてきた。


「わたし、ルイ様のお役に立っているでしょうか?」


 ルイがフィオナに抱く感情は複雑そのものだった。自分に好意を寄せている利用しがいがある駒であると理性が考えているのと同時に、同量の哀れみと情を抱き、それ以上にフィオナ・ラインと語り合った頃の王子であった過去が思い起こされ、そうしてやはり竜の血への怒りと、捨てることのできない憎しみが生じる。

 彼女を見て心が揺れるのは己が彼女の番であるからだろうか。

 

(カンが鈍いと言われるのは癪だが、のめり込みすぎないというのは感謝すべきだ)


 彼女への愛を自覚するということは、すなわち竜族への憎しみを捨てるということだ、とルイは頑なに考えていた。だがそれら一切の感情を隠したまま、ルイはフィオナに優しさを持って接した。


「ありがとう、とても頼りになるよ」


 ルイが言うと、フィオナは嬉しそうに頬を染めた。

 即日、ルイは自らの名で天空城へ向けて声明を出した。


 ――大陸の真の王は白銀の子である。バルスロットは即刻天空城を明け渡し捕虜を解放せよ。


 声明を聞いて蒼白になったのはレオニールだ。彼も兵の指揮のために共に都市に入り、今は森の中にいた。


「か……勝手をすると、君だって連邦国を追放されるぞ」


 フィオナが魔術兵等に魔術を教わりに行くと言い側を離れている時、レオニールがそう言った。


「そうかもしれません」

 

 とだけ、ルイは答えた。だがいちいち連邦国の許可を得ている時間はないうえに、伺いを立てたところで長時間の熟考の末に戻って来る答えはルイと同じだろうと思われた。

 烈火――バルスロットを刈り取るまたとない機会を逃してはならない。


 だがレオニールの方はそこまでの覚悟は持っていないようだった。


「君がいかに英雄であれど、無謀だとは思わないのか……?」


「貴方はフィオナを前にして何でもすると誓ったのではなかったのですか。弱気になられては困ります」


 ルイの言葉にレオニールは押し黙る。ルカリヨン王国で王族だったルイはローズデール家とも交流があった。レオニールはルイがまさかルミナシウスであるとは思っていないが、ルイの方は彼を知っていて、思慮深く、現実主義者であるという印象を抱いていた。争乱のない時代であれば、良き指導者になっただろう。

 確かに彼にとってみれば、勝機などどこにもない戦いに感じるのだろうとルイは思い直し、であればと事実の一端を告げる。


「我々に味方する竜人がいます。詳細は言えませんが、王族に近い血筋の者で、莫大な力を持っています。その者と共に私が城を攻め、移動の魔術の起点を作ります。貴方はそこに兵を送り込んでください」


 レオニールは意外とばかりに目を丸くした。


「竜人と共闘するのか? 君は竜を誰よりも憎んでいるかと思っていた」


 確かにそうだ。誰よりも憎んでいる。だが今は――。 

 一瞬、ルイが返答できずにいると、思わぬ声が聞こえてきた。


「ベルトール! おい、ルイ・ベルトール!」


 森の中、兵をかき分けるようにしてこちらにやってきたのは、驚くことにギルバート・ドライドだった。


「ドライド? どうしてここに――」


 困惑しているうちにも彼はどんどんやってきて、遂にルイの前まで来ると破顔し背を叩く。


「優男が、すこしはマシな格好になったな」


 ギルバートは失った体を指し皮肉って言っているらしい。ルイにとってもこの再会は素直に嬉しいものだった。

 

「とうに連邦国へ向かったものかと思っていた」


「そうできてりゃ楽だったがな」


 ギルバートは自嘲めいて口を歪めた。


「移動の魔術でトリデシュタインへ逃げ、その後、襲われていた例の街まで下がった。そこでルイ・ベルトールがついに処刑されるようだと知ったんだ。……そん時に連邦国へとさっさと戻ってりゃ良かったが、そうはできなかった。間抜けを起こして助けに行こうと思ったのさ。で、何日もかけて天空城に一番近い反竜都市のこの街まで来た。そうしたらなんと腕と目を無くした団長がいたとうわけさ」


「なぜ国へ戻らなかった」


 と問うと、ギルバートは腰に差していた剣を引き抜いた。


「この剣を――」


 それはルイがギルバートに放った魔剣だった。剣は木々の間から注ぐ日の光を浴びてギラリと煌めく。まるで剣も、ルイとの再会を歓喜しているかのようだった。


「試しに剣を振ろうとしたが、俺には腕を上げさせてさえくれなかった。この剣がお前に身を委ねているのは、生贄となった奴らがお前ならばと許しているからだ。お前以外に誰がこの剣を握れる。そう思ったから留まった」


 言ってから彼は剣をルイに差し出した。


「悍ましい剣だ。だが同時に、尊い剣だ――――俺にとってはな」


 受け取った剣はずしりと重いが、まるで体の一部であるかのように、手に馴染んだ。


 


「哀れだな」


 フィオナが白銀の娘であることを告げると、素直な感想をギルバートは述べた。目線は、魔術兵らと談笑しているフィオナに向けられていた。

 ルイとギルバートの二人は兵等から距離を取り、詳細な動きを詰めていた。


「私とフィオナで天空城の結界を破るから、君はその後でジャグとシルヴィアを救い出してくれ」


 その言葉に、ギルバートはルイに向き直り疑うように目を細める。


「意外だ。救い出すというのは天空城へと攻め入る建前で、二人を見捨てるつもりかと思っていた」


 ギルバートが嫌味を込めてそう言っているのではないということは分かっていた。かつての自分なら、迷わず二人を見捨てたかもしれない。

 だがフィオナが彼等を救うということを、あまりにも迷いなく言うのだから、ルイもそれに身を任せてみたくなった。人の命は尊いのだと、当たり前に思う彼女の思いに忘れかけていた純真が疼きとともに同調した。


「第一の目標はバルスロット及びその息子だ。だが、仲間を救える機会があるのなら、そうしたい」


 ほう、とギルバートは感嘆とも感心とも呆れともとれぬ声色で呟いた。


「しばらく見ねえうちに、変わるもんだな」

 



 その日のうちに、天空城からルイの挑発に対する返答があった。


 ――言語道断。


 伝令兵よりそれを聞いたルイは思わず笑った。

 当たり前に予期していたことだった。

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