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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 死にゆく者達へ祈る

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穏やかな時、訪れる

「驚いた。人がいるなんて!」


 突然、甲高い声が聞こえて、二人は飛び起きた。疲れ果てて眠ってしまっていたらしい。自分がいながらこれほどまでに人の接近を許してしまったことをフィオナは悔いたが、幸いにして訪問者に敵意はなさそうに見えた。

 窓からこちらを覗き込んでいたのは、十歳ほどの少年だった。フィオナは慌ててルミナシウスを服の下に隠す。珍しい人工精霊は、人目につかない方が良いと考えたのだ。


「そんなところで何してるの?」


 興味津々といった表情で少年は二人を見つめている。


「そちらこそ、こんな山になんの用だ」


 ルイが尋ねると、にっと少年は笑った。


「竜人が出たって話でさ、皆で今、山狩してる。あんたらはどうしたんだよ。ひどい格好だけど」


「故郷に戻る途中で賊に出くわし、命からがら山を越え逃げたところだ」


 ルイが表情一つ変えずに嘘を吐くので、フィオナは内心で感心した。竜人というのはフィオナのことだろう。山狩をしているということは、竜人に友好的な土地ではないということだ。


「へえ、それで服と腕を無くしたってわけ」


 ルイの腕の傷は真新しく、そう思ったらしい。

 少年は窓から顔を離し、今度は戸口を開き、二人の格好をまじまじと見る。


(獣人だわ)とフィオナは思った。


 ぼさぼさの白い髪の毛と非日常を見つけて喜ぶ緑色の目が印象的で、頭から羊のような丸まった角が生えている少年だった。ルイの片目がないことに気づいて一瞬驚いたような表情を浮かべたが、好奇心の方が勝ったようだ。すぐに元の明るい顔に戻った。


「夢中で逃げたから場所が分からない。ここはどこだ?」


 ルイの問いに少年は答える。


「ヴェリエの端でさ」


「マウンバレートか」


 ルイの反応が面白かったのか、少年は声を出して笑った。


「そうだよ。国名から確認するなんて、よほど長い距離逃げてきたんだなあ」


 マウンバレートは、フィオナも母の記憶の中で聞いたことのある国名だった。東大陸の中央に位置しており、記憶が確かなら反竜派と親竜派に東西で分断されていて、各々に指導者も置かれている国だったはずだ。現在もそうなのだろうか。


「この小屋を使わせてもらってもいいか」


 ルイが問うと、少年はあっさりと頷く。


「そこはうちの村で共同で使ってた小屋で、今は使われてないしいいと思うけど、それより家に来なよ。そこで寝るよりもう少しマシかもよ」


 フィオナとルイは顔を見合わせ、どちらともなく頷いた。渡りに船だ。断る理由はなかった。


 

 少年の名はカリムといい、山間の集落に住んでいた。羊や山羊の獣人を蹄族(ていぞく)と総称していたが、集落は主に彼等で成っているとのことだ。少数ながらヒト族もいるらしい。


「ヒト族は数が多いし、どこにでもいる。カンキョーへのジュンノーが得意なんだってさ」


 集落の説明をしながら、カリムは笑ってそう言った。少年は陽気で口数が多い。たった数十分の付き合いながら、可愛らしさにフィオナはたちまち彼を好きになった。


 南向きの斜面にポツポツと木造の家が並び、煙突から煙が伸びていた。母の記憶の中の暮らしは貴族の生活であり、自分も塔の暮らししか知らないフィオナにとって、普通の人々の暮らしは珍しかった。


 カリムの母もヒト族の姿に似ていたが、息子と同じように頭に角の生えた獣人だった。彼女も親切で、パンとスープを出し、泊まるところがないのなら、空いている場所で寝ても良いと言ってくれた。

 テーブルにつき、食事を取っていると、カリムの母は二人の関係を尋ねてきた。フィオナがなんと答えようか考えているうちに、ルイは言う。


「兄妹です」


「へえ、似とらんね」


 とカリムの母は言っただけで、疑う様子もない。


「なんの仕事をしているんだ?」


 と尋ねたのはカリムで、再びフィオナが考えているうちに、ルイが答えた。


「メリア連邦の兵士だ」


 それは嘘ではなかった。聞いたカリムは目を輝かせる。


「うちの兄ちゃんもメリア連邦の兵士だよ! ルイ・ベルトールの隊に入るんだって毎日頑張ってる。知ってるだろ、ルイ・ベルトール。竜殺しの英雄さ!」


 またしてもフィオナは反応に窮した。その人ならすぐ隣にいる。


「あれは大した男じゃない。憧れを持たれるほどの人間ではないよ」


 ぎょっとしてフィオナはルイを見たが、片腕で器用に食事を口に運びながら平然としていた。ルイの答えに、カリムはむっとしたように頬をふくらませる。


「馬鹿にするなよ、賊に怯えて逃げ出したあんたに何が分かるんだよ! ルイ・ベルトールはすげえんだから!」


 ルイは少年に目を向けたが、その瞳は虚無を見つめるようだ。それがルイを闇に引きずり込むように思え、フィオナは立ち上がって叫んだ。


「わ、わたしもそう思います! ルイ・ベルトールはすごいですよ! すごく、すごくかっこいいです!」


 フィオナが勢いよくテーブルに手をおいた衝撃で、食器ががちゃりと揺れる。


「フィオナ」


 ルイが静かに言った。

 フィオナは彼が、肯定か、あるいは否定する言葉を口にするのだろうと思った。だが彼は、どちらもしなかった。


「行儀が悪いよ。座って食べなさい」


 まるで本物の兄のように、そう言っただけだった。


 


 居間の他には寝所の一部屋がある狭い家で、二人は台所の隅に眠ることにした。毛布があるだけでありがたい。寒くはなかったが、二人は凍える猫のように身を寄せ合う。絶えずかけたフィオナの治癒の魔術のおかげか、ルイの熱は昼間よりも下がっていた。

 意識的か無意識か、ルイの片腕がフィオナの体を抱いていた。フィオナもそこに身を任せる。


「ここが反竜派の土地で良かったですね。親竜派だったら、わたし達もただじゃ済まなかったかもしれません」


 親子が寝静まったのを確認して、フィオナは小声でそう言った。


「そうであれば、親竜派のフリをするだけさ」


 フィオナが驚いてルイを見ると、彼は苦笑した。

 

「そのくらいの柔軟さはあるつもりだよ」


 なるほどそうか、とフィオナは思った。物事すべてに白黒付けて回る必要はない。


「それにしても、反竜派だとか、親竜派だとか、いったいいつからこの世はこうなってしまったんでしょうか」


 純粋な疑問だった。世界はどうしたって竜族を中心に回っていて、他の種族は振り回される。

 少しの沈黙の後で、答えが返ってきた。


「……始まりを、どこに置くかは難しい。長寿命種で力の強い竜王の支配こそがあらゆる種族に平和をもたらすのだと、竜族は信じているし、多くの者は迎合し、実際、国家間の戦争は格段に減った。だがそうはできない者達もいた。自由を求める者たちだ。彼等は竜族を憎み攻撃し、竜族は報復し、その報復としてさらに争乱があった」


「じゃあ、憎しみはいつ終わるのですか」


「どちらかが最期の一人になるまで、終わらないだろう」


 フィオナはきつく目を閉じた。

 

(だからわたしが終わらせるんだわ。番同士が作った子供は強い力を持つと言われているもの。わたしはきっと白銀様より強いはず。もしかしたら、西大陸にいる竜王様よりも――)


 それがどれほど過酷な争乱になるかなど見当さえつかないが、必ずやり遂げて、東大陸を、そうしてルイを戦いから解放してみせる。

 実に滑稽なことに、その偉大なる決意はたった一つの恋が動機だったが、フィオナにとってはそれこそが全てだった。


(ルイ様を死なせなんてしないわ。絶対に、幸せにしてみせる)


 そう考えて、フィオナはあることに気がついた。ともすれば死に向かって一直線に爆走しているようなルイだが、たとえ争いで命を落とさず寿命をまっとうしたとしても、竜の血の混じるフィオナよりも、確実に早く死ぬのだ。ヒト族の寿命などたかがしれている。


「ルイさま、も?」


 問いかける自分の声が震えていた。思い出したのは、昼間のヘンリーのことだった。彼は死んだら笑ってほしいと言ったらしい。

 なら、ルイは――? 彼も、そうなのだろうか。


「ルイ様も、死んだら笑ってほしいですか?」

 

 ルイはフィオナを見つめながら、そっと囁いた。


「私が死んだら、私のことは忘れてほしい」




 

 ルイはすぐにでも移動したがっていたが、長距離を移動するほどの体力が回復しているとは思えなかった。大人しく休んでいるからそれだけはもう止めてくれと頭を下げられたところで、ようやくフィオナは無理やり動こうとする彼を魔術で昏倒させることをやめた。

 親切な親子には数日滞在させてもらった。見返りとして、フィオナは家のことを手伝うことにした。

 食器を五枚割ったときにやんわりと手伝いを拒否されてしまったため、代わりに狩りに出た。どうやらこちらの方が才能があったらしい。動物はフィオナの気配に怯え隠れていたが、感覚を研ぎ澄ませば呼吸や熱を感じ、どこにいるのか分かった。後は魔術を放ち捕える。


 フィオナが家畜を荒らす狼の群れを狩ったら、毛皮や内臓を売ると高くなると、大層喜ばれた。生まれてはじめて人の役に立てたのだ。自分も案外捨てたものではないかもしれないと、少しだけ誇らしかった。


 七日滞在し、集落を離れることにした。カリムの母は名残惜しそうに言った。

 

「どうしても行くのかい? 兄妹と言うが、夫婦なんだろう。訳ありのようだが……良ければここにいてくれても構わないよ」


 一瞬だけ、フィオナの頭にこの集落での生活が浮かんだ。ルイが家で待っていて、フィオナが狩りに出かけて生計を立てるのだ。ヒト族もいるこの地では、二人くらい増えても迎え入れてくれるだろう。それはきっと幸福で、穏やかなものだ。

 だがフィオナはすぐに打ち消した。


(ジャグさんとシルヴィアさんが待っているわ)


 ルイも微笑みながらも、首を横に振る。


「ありがたい申し出ですが、先を急がないとなりません。人を待たせているので」


「また寄ってくれよ、いつでも待ってるから」


 泣いていたのか赤い目をしたカリムはそう言って、二人を抱きしめてくれた。

 またこの地に寄ることはないだろうなと、フィオナは思った。永遠の別れを予感しながらも、フィオナも少年を抱きしめ返した。



 しばらく山中を歩き、集落から十分に距離を取ったところで、ルイは立ち止まる。

 

「これからどうするつもりですか?」


 フィオナが問うと、彼は答えた。


「マウンバレートの反竜派の、現領主を頼ろうと思う。彼はフィオナ・ラインにゆかりのある人物だ、貴女も知っているはずだよ」


 心当たりなどまるでなく、フィオナが目を丸くしてまばたきを繰り返しているとルイは笑った。


「元婚約者の、レオニール・ローズデールさ」


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