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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 敗北者達へ捧ぐ

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天空の城

 魔術により突然移動してしまったフィオナには人工精霊のルミナシウスしか持ち物がなかった。慌てて掴んだ精霊を手の中に入れたまま、宮殿の中で立ち尽くす。


 烈火と黒百合、というのが、白銀の弟妹の通名だった。

 

(どうして忘れていたんだろう? 前世で天空城にいた三年の間、わたしはお二人にお会いしたことがあるのに――)


 というのを今になって思い出した。


 二人に初めて会ったのは、白銀と一緒に暮らし始めてすぐのことだった。

 普段、大陸の平定に当たっているという二人が祝賀を兼ねてフィオナに会うため天空城に連れ立ってやってきたのだ。いずれ王位を継ぐ兄の妻は、彼等にとっても上位に当たる。フィオナにとっては恐縮なことに、二人はフィオナを序列の上に置いていた。

 

 烈火は燃えるような赤髪で、ともすれば女性的な魅力のある白銀よりも遥かに男性的な体つきをしていた。黒百合は深海のような黒髪で、雪のような白い肌にピタリとした黒いドレスを纏った妖艶で蠱惑的な女だった。

 どちらも背が高く、黄金の瞳を持ち、腰まで髪を伸ばしていて、そうしてやはり白銀に劣らず美貌の持ち主だった。


 挨拶を交わした後で、烈火はフィオナに笑いかける。


「ヒト族の中でも一際美しい女性だ。竜族は光るものに目が惹かれる。兄も貴女を娶ったのをさぞ誇りに思っているだろう」


 白銀に肩を抱かれたフィオナは、世辞に顔が赤くなるのを感じた。


「賢い人だと聞いている。縁ができて私もとても嬉しい」


 そう言ったのは黒百合で、彼女もまたフィオナに微笑んでから白銀に顔を向ける。


「番を見つけることができるなんて兄上は幸運だ。竜王の嫡男に生まれただけでも運を使い果たしていてもおかしくはないのに、その上、運命の人を得るなんて。番を得た気分というのは、いかなるものですか?」


「最上の幸福だよ」


 肩に置かれた白銀の手に、力が込められるのをその時感じた。フィオナも同じ想いでいることを伝えるために、彼の手にそっと触れる。

 初対面から好意的な二人だった。

 烈火と黒百合はそれからも度々会いに来ては親交を深めた。


(とても仲が良かったはずだわ)


 二人はフィオナを信頼していて、真名さえも教えたのだ。


 その烈火が、今、この宮殿にいるという。


 前世のフィオナは、政治のことには無頓着だった。今世でもそうではあったが、塔を出てからは少なからず、自分なりには考えるようになっていた。


 ――烈火は一度怒ると私でさえ手が付けられないほど暴れまわる。彼が城を落とした後には炎に焼かれ、何も残らない。


 それは前世で白銀が言った言葉だ。

 フィオナには優しさを持って接した烈火ではあったが、その名が表す通り炎のように激しい竜人で、その炎で数多の人を焼き殺し数多の街を滅ぼした。


(その後に残されたのは、果たして本当に平和だったのかしら――)


 考えていたフィオナは、フローダストの声で我に返る。

 

「フィオナ様、こちらへ」 


 まばたきを数度してから、周囲の状況を確認する。

 大理石でできた白い床に、自分の影が映っている。金で装飾された天井には竜族の歴史を模した絵がはめ込まれており、同じように金で縁取られた壁には大きな窓があった。窓の外には地から見上げるよりもずっと濃い青色の空がある。浮いている島も複数見受けられ、遥か下には地上が見えた。


 ――この景色を、わたしは知っている。


「天空城――?」


 フローダストは頷いた。


「ええ、貴女がここで暮らしていた頃とは様相が変わっているかと存じますが、同じ城ですよ。白銀様がこの場所を去った後に、父が装飾をしたので。さあ、歩けますか?」

 

 彼の呼びかけに応じることはできなかった。

 

「シルヴィアさんはどうなりましたか」


 体はまだ、稲妻が走っているみたいに熱い。フィオナは怒っていた。大切な友人を、傷つけられたことに。

 

「生きてはいるでしょう。そう命じていますから」


「貴方の言うことを、どうして信じられるのですか? 貴方はシルヴィアさんを傷つけました。わたしの友人に攻撃しました」


「向こうは友人だなどとは思っていないでしょう」


 冷たく突き放すような言葉は体に冷水を浴びせられたように感じた。硬直したフィオナを見たフローダストは表情を和らげ言う。


「祖父がヒト族の王国を積極的に侵略したのは、彼等の狡猾さにあります。寿命こそ短いですがヒト族は卑劣で知恵が回る。数世代後には、竜族に対抗する兵器を生み出すのではないかと考えたようです。……実際、ルイ・ベルトールが持っている魔剣はそれに近い。竜を殺すことを目的として存在する剣です」


 ルイが常に側に置いていた剣を思い出す。


(怖い剣だと、みんな言っていたわ。あの剣を見ると心がざわついたのは、竜族への殺意の塊だったからなの?)


 フィオナの番を殺したいあの剣は、ヒト族のフィオナさえも憎んでいたのだろうか。


「彼の隊は竜族を殺すためだけに組織された特命隊です。誰一人として、竜の番である貴女を友人だとは思っていないでしょう。

 貴女にとっては非常に残念なことでしょうが、あの男は竜を憎み、白銀様を殺すために貴女を利用しようとしたに過ぎない。最悪の場合、殺されます。前世と同じように」


 足元がふらつく。そんな、まさか、信じられない。


 だけど、本当に? と、別の声が問いかける。

 本当に貴女は気づいていなかったの?


 違和感はあったでしょう?

 どうしてルイ様は、あの街で迷いなく竜人を殺したの?

 ノットさんはなんて言っていた? わたしを助けに来たって言っていたわ。

 わたしは気づいていたはずだわ。違和感に気づいていて、でも、目を背けていた。だってルイ様が好きだったから。側にいるためには、気づいてはいけなかった。


 心のどこかで、思ってしまったから。白銀様とではなくて、ルイ様と一緒に、生きていきたいって――。


「わたし、彼に殺されるなら構わない」


 自分で口走った言葉に、自分が一番驚いていた。

 しかしすぐに納得する。


(ええそうね、彼に殺されるなら構わないわ)


 フローダストは目を開いた。


「何をおっしゃっているのです」


「あの人が好きです」


 とても好き。あの髪と、眉と、目と鼻と唇と、手と足と胴体と、彼の歩幅、声の速さ、歩く音、彼を形取る全てのものと、彼を動かすあの心が、とても好き。

 フローダストは表情を引きつらせる。


「……出会って間もないでしょう。それほど固い絆が生まれたんですか」


 フィオナは首を横に振る。


「いいえ。わたしが一方的にそう思っているだけです」


 ルイには婚約者がいる。フィオナを見てくれることは決してない。だが理性とはかけ離れた本能が、ひたすら心に訴える。

 ――だけど好き。好き。好きなの。


「あの人は、わたしに乗馬を教えてくれました。わたし、一人で馬に乗れるようになったんですよ。あの人が、わたしに新しい世界を見せてくれたんです」

 

 フィオナは自由なのだと、彼はそう言ってくれた。


(他の誰が、わたしにそんなことを言ってくれたの?)


 前世でも、父や国の言いなりに生きて死んで、今世でも、白銀の言いつけを守って塔の中にいた。自分に自由があるなんて、今まで考えもしなかった。


(あの人は、わたしの強さを教えてくれた。わたしは強かったのだと知ることができた)


 聞いたフローダストは、険しい顔つきのまま言った。

 

「そのようなことは、二度と口にしない方がいい。父はたとえ自分の兄の番だろうが、敵に心を開いた貴女を、許しはしないでしょうから」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、上手く片付けることができない。自分の本心が、どこにあるのかも分からない。

 手を引かれるまま、フィオナは宮殿の中を進んでいった。



 烈火がいたのは玉座の間だ。やはり金細工で装飾が施された椅子に、彼は座る。

 白銀がこの宮殿にいた頃は、質素な黒い石の玉座だったはずだ。派手好きな烈火が作り変えたのだろうとフィオナは思った。


 十六年前の記憶の中と寸分違わない姿で、烈火は出迎える。


「フィオナ! 話には聞いていたが驚いた。その姿、かつてと生き写しだ。なんと懐かしい――。思えばあの頃が我々兄弟にとって、最も幸福な時だった」


 竜人の外見には驚かされる。彼は四百歳を超える年齢だったはずだが、側にいるフローダストと同じ年程にしか見えなかった。

 

「貴女の死に、私もとても傷ついたが、白銀の嘆きは見ていられなかったよ。こうして再び現れてくれて、兄がどれほど救われたことか。私としても、これほど嬉しいことはない」


「あの――。あの、わたし!」


 言いかけてどもる。

 前世ではもう少し人とまともに話せたはずだったが、今世ですっかり塔での一人きりの生活に慣れて、初めての人と話すのが上手くいかない。頭を下げて、深呼吸をしてからフィオナは言う。 


「烈火様、お会いできて光栄です。わたしもとても、懐かしく思います」


 顔を上げてたフィオナが次の言葉を発する前に烈火が口を開いた。


「ルイ・ベルトールを含む連中は皆捕えた。安心するといい」


 フィオナの口は声を失い、ただぱくぱくと動かすことしかできない。最悪に向けて事態が進行している。


「彼は我が妹、黒百合を討伐してしまった……だが彼女は貴女を襲わせようと、貴女のいる場所を探っていたようだ。故に連邦国も貴女の居場所を見つけ出すことができた。同族に手を出すことは許されない。どの道、処分は免れなかった」


 一度に言われた情報の処理に、もともと回転の早くない頭が追いつかない。

 

(黒百合様が、わたしを襲おうとしていたの? その黒百合様を、ルイ様が殺した……?)


 そうしてルイは、烈火に捕えられている。

 フィオナはようやく言葉を発する。


「ルイ様達はどうなるんですか? あの人達は……――」


 殺されるのか、と言いかけて、声が詰まる。


「あの人達は、わたしにとても親切でした……! 真意がどこにあったにせよ、どうか御慈悲をいただきたいのです」 


 一歩ほど後ろにいたフローダストが動いた気配がした。

 烈火は有無を言わせない口調で言い切る。


「あの者達の処遇を、フィオナが気にすることではない。貴女は白銀の到着を待っていればいい。さあ、部屋に戻っていなさい。フローダスト、彼女の世話を頼む」


 はい、とフローダストは一礼し、呆然とするフィオナの手を引っ張って、玉座の間を後にする。だがフィオナはフローダストの手を振り払い、烈火の前に跪き懇願した。


「待ってください! お願いします、どうか殺さないでください! 本当は優しい人達なんです、お赦しをください!」


 一瞬、空気が凍り付くような沈黙があった。一度怒ると周囲を炎の海に包むまで手を付けられないと言われる烈火だ。フィオナの言葉に、怒ったのかもしれなかった。しかし烈火はすぐに表情を和らげ、ああ、と呟く。


「貴女は本当に優しい人だ。その嘆願を、考慮しよう」


 嬉しくて顔を上げると、微笑む彼と目が合った。


「ありがとうございます!」

 

 礼を言うと、再び烈火は笑う。よかったと、心の底から思った。


(だってみんな、本物の悪人には見えない人達だもの。どうしようもない理由があるんだわ)


 そうして今度こそ、フィオナは玉座の間を後にした。 


 

 部屋の外に出ると、一人の男が立っていることに気がついた。年は四十程で、立派な身なりをしたヒト族の紳士だった。その人はフィオナを上から下までさっと目を走らせてからフローダストに目を向ける。


「烈火王に謁見を願いたい」


 フローダストは静かに言う。


「父は多忙です。話なら私が聞きましょう」 


 その口調にはフィオナに向けられた親愛は含まれておらず突き放すような冷たさを感じる。


「貴方はどなたですか?」


 フィオナが問うと、男の代わりにフローダストが答える。


「彼はハリル・トリデシュタインですよ。彼の父は反竜を掲げていましたが、この度彼が公国を統治することになり、帝国と和解しました。ベルトール捕縛にも協力した人物です」


「平和を乱すルイ・ベルトールに加担する父は見ていられませんでしたからな」


 頷きながら答えるハリルに、フィオナは疑問をぶつけた。


「でも公爵様はどうされているのですか?」


 ルイは公爵と旧知の仲だと言っていた。だとしたら公爵も竜族と敵対する立場だったはずで、みすみすルイを捕まえることに協力するとは思えなかった。ハリルは感情を伴わない声で答えた。


「高齢でしたから、昨日身罷りましたよ」


 ぎょっとしてフィオナは彼を見た。


 そんなに突然? こんなに、都合よく? そんなことがあり得るの?


 しかしそれを口にすることはできなかった。フローダストは近くにいた召使に声をかける。


「君、彼女を部屋へお連れしろ」


 声をかけられた竜族の女は厳かに一礼して、フィオナの背にそっと手を触れ歩かせる。

 フローダストの表情は、ずっと固いままだった。



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