竜殺しの英雄
剣は、ルイが十四歳の時に得たものだ。
国を失い家族を失ったルイは、異国の貴族であるベルトール伯に引き取られた。血筋を利用できるという強かな計算はあっただろうが、伯は親切だった。なぜなら彼は反竜派であり、竜族によって全てを奪われたルイに同情的であったからだ。
ルイが家を出て、勃興したばかりのメリア連邦の兵団に入ったのは十三歳の時だった。国の仇を討つために、竜に対抗する戦力となろうと考えていた。
剣術も魔術も、学力においても、ルイは他から抜きん出ていた。期待に応えるために、ルイもまた精進を重ねていた。武術にも勉学にも、一切の手を抜かなかった。
ベルトール伯の領地が襲われたのは、そんな時分であった。
竜族に対抗するための軍隊に出資する彼を狙い撃った攻撃だった。領地は焼かれ、ベルトール伯は命を落とした。
スレイヤ・ベルトールはかろうじて一命をとりとめたものの、顔と体にひどい火傷を負った。受けた拷問と凌辱について、彼女は決して口にしなかった。彼女は悲嘆に暮れ、心を閉ざすようになった。美しかった顔は醜くただれ、明るかった少女は笑顔を忘れてしまった。
祖国と養家、愛する者を二度も傷つけられたルイは、竜族への憎しみをますます募らせた。メリア連邦国が竜人に対抗する兵器を製造するという話を聞いたのは、その事件のすぐ後だった。
曰く、魔力の高い者の血を吸わせた剣を製造する。材料の数は千人。竜人を憎む者であることが条件だ。
志願するつもりなら推薦状を書く――と、そう話したのは所属していた隊の指揮者で、ルイの出自を知らない者だった。話を聞いた時には既に決意していた。その足で、スレイヤが保護されている知人の屋敷へと向かった。
彼女は血の滲む包帯だらけの姿でベッドに横たわっていて、ルイの見舞いにも微かに目を動かしただけだ。
ルイはスレイヤに言った。
「俺は英雄として死ぬ。だから君は俺の婚約者になるんだ。命を投げ出した英雄が愛した人だ、皆、君を尊敬する。その傷を治すことはできないが、君に誇りを取り戻させてやる。だからこれから先は、何があっても胸を張って生きろ」
スレイヤはひび割れた唇を開き、掠れる声で、「ありがとう」と、それだけを言った。
すぐさまルイは彼女との婚約を宣言し、側を離れ、以来、会っていない。
メリア連邦国に加盟する小国においてその剣は作られていた。
生贄の千人は一日百人ずつ剣によって首を切られ、十日かけて魔術を完成させるという。
小国の城に集まった者たちの誰の顔にも悲壮は浮かんではおらず、むしろ希望に満ちていた。皆、竜族によって人生を失った者達だった。
偶然か恣意的なものかは知らないが、ルイの死の順番は一番最後だった。どのみち死ぬのだから、最初でも最後でも代わりはない。剣が完成したら、誰かが握り、白銀を始めとする傍若無人な竜族どもを殺して回ってくれれば問題なかった。
一日、一日と城の人数は減っていく。城に流れる空気は意外にも穏やかであり、人類の為に命を捧げる英雄たちへの褒美のつもりか、食事も部屋も豪勢だった。
兵器製造の噂を聞きつけた竜族が攻めてきたのは十日目のことだ。
魔剣は九九九人を殺したところだった。
後に知ったが、ある貴族が金に目がくらみ魔剣の話を白状したらしい。その貴族は連邦により後日処刑されていた。
「早く俺を殺せ!」
と、目前に迫る竜族を見たルイは剣を握る処刑人にそう言ったが、竜族を前にした彼は怯え震えあがり固まっていた。ルイは剣を彼から奪うと、攻め込んだ竜族を片っ端から殺していった。
どう動けば竜人が殺せるか手に取るように分かったのはまさしく魔剣の仕業だろう。体が軽く、殺す度に高揚していった。以前の自分には、二度と戻れないのだとその瞬間に悟った。斬る度に、血の中にさえ憎悪が入り込む。だがそれでいい。戻るつもりもなかった。
竜人でない者如き少人数で殺せると思ったのか、あるいは手柄を多く獲るつもりだったのか、それとも魔剣完成の前に急いでいたのか、真意は定かではないが、相手がそれほど多くはなかったことも幸運ではあった。百人弱の竜人を、ルイは全員殺した。生臭い血を浴びながらも、ルイは勝利に歓喜した。
竜人を全て殺した後、ルイは自らの死を望んだ。遅れて駆けつけた援軍に、殺してくれと懇願した。
だが剣を見事に操り竜人を殺したルイを、メリア連邦国は担ぎ上げることにした。
ならば代わりに、先に死んだ九九九人分の記憶を自分の頭に移植するようにルイは言った。それこそが同じ運命を辿るはずだった同志達に対する責任であるように考えた。
彼等の記憶は絶望そのものだった。
ある者は父で、ある者は母で、祖父であり祖母であり、息子であり娘であり、恋人であり、友人だった。皆、平凡な生を享受し、それを残虐に奪われた者だった。
記憶を移植し終えた後、自らの変化に気がついた。青かった目は、血のように赤く変わり果てていた。魔術の後遺症だと、ルイに魔術をかけた魔術師は言った。些末な問題だとルイは思った。
彼等の記憶に向けて、ルイは誓った。竜人を倒し、必ずこの大陸を解放するということを。
それを果たすためならば、己の命など軽いものだ。
生贄の記憶は頭の中で混じり合い、自分の記憶も、曖昧なものに成り下がる。かつての己は消え失せて、人々の憎しみの記憶が注がれた器となった。
剣が震え、なだめるようにルイは握りしめた。
――同胞達よ、黒百合の血を吸うが良い。
漆黒の竜に、静かに向かい合う。
「未完成だが、貴様を殺すのに不足はない!」
黒百合は再び笑った。
「気に入ったぞルイ・ベルトール! 見かけに反して熱い男だ。焼き殺すのは止めだ。皮を剥いで剥製にして天空城に飾ってやろう! さぞ私の心を慰めるだろう!」
黒百合は咆哮すると、今度は建物に体当たりをし破壊し始めた。建物の残骸は砲弾のように地面に向かって飛んでいき、周囲に打撃を与える。竜人でさえ下敷きになって死んでいた。
噂に違わず凶暴な女だ、とルイは思った。
ルイはギルバートが宙に作った魔法陣を足場に黒百合に接近する。魔術に集中するギルバートをジャグが敵兵士から守っていた。
「ちょこざい!」
ルイを焼き殺さないと決めた黒百合だが、他の兵士は殺すことにしたようだ。再び口から炎を発し、途端に赤い光が当たりを照らし高温が周囲を包んだ。
竜人の放つ火炎の威力と量は魔力に比例する。これほど連続してこの威力の炎を吐き出すということは、黒百合の魔力は桁違いに高い。
「火力が段違いだ! くそっ!」
そう叫んだギルバートをジャグがかばう姿が見えた。防御魔術がかけられた頑丈な有鱗族とはいえ、あの炎を受けて無事ではいられない。炎の直撃を受けたジャグが地面に倒れ動かなくなるのが見えた。
ギルバートの魔術が消え、足場を失ったルイは建物の屋根に転がる。すぐに立ち上がると、屋根から地面に飛び降りながら、仲間へ放たれた炎を真横から切りつけた。剣の反射を受け、炎は黒百合に向かって跳ね返る。
黒百合は自らが放った炎を浴び、悪魔のような咆哮が轟いた。
――これでは死なないだろう。
ルイの想定は正しく、炎が消え去った後も黒百合は生きていた。その顔には怒りが浮かび、理性はもう失われているように見えた。
そうして再び黒百合が炎を放とうとした時――唐突に動きが止まった。
彼女の頭上にヘンリーが登っていて、頭蓋から顎にかけて垂直に剣を突き刺していたのだ。
「こういうのは、僕が得意なんですよ」
我が身に起きたことが信じられないとでも言いたげにぎょろりとした目を上に向ける黒百合に向かって、得意げにヘンリーはそう言った。
ルイこそが囮だということを、黒百合は見抜けなかった。ギルバートはルイとヘンリーに対して足場を出現させていた。ルイと交戦している間に身軽なヘンリーが彼女の背から頭へと忍び寄り、弱点を突き刺した。
だが、驚くべきことに彼女はまだ生きていた。
(流石、竜王の直系と言うべきか――)
黒百合は暴れ、頭の上にいたヘンリーを振り払う。
「うわあ!」
放り出されたヘンリーをギルバートが体で受け止めて捕まえ、二人して地面に転がっていく。
黒百合は力が抜け、人形のように地へと落ちた。息も絶え絶えになりつつも、なおも彼女は生きていた。黄金の瞳を見開いて、剣を構えるルイを憎々しげに見つめている。
「……貴様が我が兄白銀に殺されるのを、先に地獄で待っているぞ」
死に抗うように目だけをルイに向けながら、黒百合は震える口を開いて囁いた。その声は、ルイにしか聞こえなかっただろう。
「これが竜人への憎しみの権化だ。絶望しながら死んでいけ」
ルイは黒百合の喉元に剣を突き刺すと、ゆっくりと真下に向けて引いていった。どす黒い血が大量に地面に流れていく。剣の帯びる呪いが彼女の体に毒として回り、息の根を止める。
彼女の体は痙攣し、やがて動かなくなった。
――黒百合討伐に成功した。
ルイの剣が、喜ぶように暗く煌めく。
だがそう長い時間、喜びに浸っていることはできなかった。
竜族と、それに追従する兵士達は厳格な身分制度に従っており、絶対的指揮官である黒百合が死んだ今、残された兵士達の取る道は降伏か敗走――あるいは黒百合に殉じることだ。だがそれでも少なくない数が、ルイ達への怒りに奮い立つ。
街の中にいた兵士はなおも戦いを挑んできており、それをルイは片っ端から殺していった。
「援軍だ! 援軍が来ました!」
地面を転がっていたヘンリーがいつの間にか起き上がり、壊れた城壁の間に立ち、外を指さしながら叫んだ。
見ると確かに公爵家の旗を掲げた軍勢が行進してきている。
「公爵が寄越したのか――渋っていたのに」
ジャグを治療しながらも、ギルバートがそう呟いた。
ルイの出現を勝機と捕え兵力を注ぎ込むことにしたのか、公爵家の兵は数万はくだらないように見える。
黒百合はもういない。ルイの隊とあの兵士らで、残された竜人兵士の制圧は十分に可能だろう。こちらの勝利だ。
ヘンリーが破顔しながら外に向けて手を振った。
「おおい! 黒百合を倒したぞ! 竜殺しの英雄ルイ・ベルトールはここにいる!」
さがその時だった。ルイは総毛立つ。
――空気がおかしい。何かがまずい。
目の前にいた敵兵を殺すと、すぐさまヘンリーに向けて怒鳴った。
「ヘンリー! すぐそこを離れろ!」
しかし一手、遅かった。
暗い予感は的中する。ルイの見ている目の前で、ヘンリーの体は上下が二つに千切れ、地面にどさりと崩れ落ちた。




