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愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 敗北者達へ捧ぐ

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あの子へ捧げる祈り

 薄目を開くと、微かにルミナシウスの光が見えた。額の上で、小さな光を放っている。


 別の場所に橙色の灯りが見える。部屋の中の文机にルイが座り、何やら書き物をしていた。手元に置かれたランプの灯りが部屋を照らしている。もう夜だった。


 ルイは熱心に手を動かしていて、フィオナが目覚めたことには気がついていなかった。

 美しい人だ、とフィオナはまた思った。強い人だとも思う。けれど危うい感じもした。いつも彼のすぐ隣にある闇が、たちまち彼を死に引っ張っていくのではないかと、そんな気がしていた。


「婚約者の方に、書いているの……?」


 声をかけるとルイがこちらを向いて、うわごとかどうか確かめるようにしばらく見つめてきた。やがて本当に起きたらしいと分かったのか、立ち上がり側に寄ってくる。


「亡くなった部下の遺族へ向けたものと、彼等の年金を支払うようにと国に対する催促の手紙です。……体調はどうですか」


 ルイの手が、また額に触れる。体の熱はもうなかったが、思考はまだ夢とうつつを彷徨っているようだった。

 ルミナシウスがふわりと浮き、フィオナの手のひらの上にすっぽりと収まった。


「ルカリヨン王国のあった土地は、今はどうなっているのでしょうか。いつか、見に行きたい……」


 塔に戻れば叶わない夢になるとは知っていつつも、フィオナはそう言った。

 ルイはなんてことのないように答える。


「行けばいい」


 フィオナは力なく首を横に振る。


「そんな自由はありません」


「あるさ」

 

 と彼は言った。


「何者も他人を縛ることはできない。人は誰しもが、生まれながらにして自由だ。貴女はもう馬にも乗れるし、魔術だって操れる。優れた才能です、生きていくには十分だ。だから貴女はどこにだって行けるんですよ」


 そんなはずはないとフィオナは思った。ルイの言葉は慰めに過ぎない。


(わたしの居場所はあの塔だけ。存在価値は、白銀様の番だというだけだもの)


 なのに、なぜこれほどまでに揺るぎのない瞳で、彼はわたしを見つめるの――?


 彼の瞳の中に煌めく欠片を見つけて、フィオナはまた、ルミナシウスのことを考えた。

 王国に捕えられて処刑されるまでの間、ずっと側にいてくれた、優しい少年だった。女神様を愛する、信心深い人だった。


(孤独なわたしに寄り添ってくれた、大切なお友達だった)


 もう彼は、どこにもいない。竜族が殺してしまったから。


「ねえ、ルイ様――。どうしてこの世界は、こんな風になってしまったの?」


 そんなことを問われるとは思っていなかったのか、ルイはしばらく動かなかった。やがて静かに、彼は言った。


「……さあ、私にも分からない」

 

 彼の目の中にある光の欠片が、無性にフィオナの胸を締め付ける。前世の記憶と今世の記憶が混濁する。


 ――あの子はわたしのために祈ってくれて、それが前世のわたしの慰めだった。


「死の間際に、わたしは神に祈りました。ルミナシウス様の未来を。なのに……」


 あの子が幸福に生きられる世界をと、女神様にお祈りをした。だが祈りは届かなかった。

 瞬きをすると、目の隙間から涙がこぼれ落ちる。


「可哀想に……」


 可哀想な子。可哀想な、人。


「貴方はもう、神に祈らないの――?」


 その瞳に向けて、フィオナはそう問いかけた。


「私はもう、神を捨てた。だから祈らない」


 ルイは静かにそう答えた。

 それなら、とフィオナは思った。もう祈らないあの子の代わりに、またわたしが祈ろう。


「今もまた、あの子のために祈ります。彼の魂が、安寧の地で安らかでありますように」


 人工精霊のルミナシウスが、枕元で瞬く。

 フィオナは再び目を閉じる。意識が闇に落ちる間際、髪を撫でる、温かな手を感じた。


 ◇


 はっきりと意識を取り戻したのは、翌朝のことだった。

 側にルイはいなかったが、代わりにシルヴィアがいて、ここはトリデシュタイン公爵の居城だと説明を受けた。


「ルイ様はどこに?」


 尋ねると、眉を下げ、困ったように彼女は答える。


「一晩、貴女の側にいましたが、無事だと分かるとこの街を出ていきました。エクエスという街が賊に占拠されているのを解放しに向かったんですよ。貴女の様子をみるために、私が残りました」


 言ってから彼女は立ち上がり、カーテンを開く。朝の日差しが入り込み、見事な青い髪を照らしていた。


「医者は過労だろうと言っていました。ずっと塔にいた貴女が、突然の長旅にさらされたんですものね」


 窓からフィオナを振り返り、シルヴィアは続ける。


「だけど、薬を飲んで症状が収まったというのも不思議な話です。あの薬が、どういうものか貴女は知っていますか?」 


 フィオナは首を横に振る。

 ただひと月に一度、白銀から渡されて飲んでいたもので、成分や効能など、難しいことは分からなかった。

 そうですか、と言うとシルヴィアは優しく微笑み「朝食を取りに行って来ます」と言い残し、部屋を出ていった。


 フィオナは一人で取り残される。

 熱も痛みも、今はもうなかった。

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