倒れる彼女
公爵の表情は未だ晴れない。
「連邦国がそなら等に番の誘拐を命じたというのかね? 悪いが私にはそうは思えない。……魂の一対同士が子を成すと、その子は強靭な力を持つと言われている。ならばその子共を脅威に思った連邦国は、子を成さぬようにと番の殺害を命じたのではないのかね」
公爵の目は欺けない。隠してもいずれ暴かれることだと思い、ルイは素直に認めた。
「そうです。そのつもりでしたが――」
あの塔でフィオナに出会った瞬間、ルイの中にあった殺意は消え失せていた。
「先ほど言ったように、純粋で世間知らずな娘です。私を白銀王の使いだとまだ信じている。仮にそうではないと気付かれたとしても、大人しく従わせる術はいくらでもある。彼女を利用すれば、こちらに有利になります」
「望みはなんだ。私に何を求める?」
苦悶するかのように、公爵は低く唸った。
(ようやくここまで来たか)
後は要求を伝えるのみだ。
「連邦国から軍が到着する前に、白銀王が番に追いつくでしょう。ですからどうか、私に軍を預けていただけませんか。今現在で、私の部下は四人です。あまりにも少ない。奴と相対するだけの武力が欲しい」
「無理だ」
即答する公爵に、ルイは内心で驚愕した。ルイと同じく竜人を憎む彼ならば、検討の余地は十分にあると考えるものだと思っていたからだ。
「なぜです」
「自殺行為だからだ」
「そうは思いません」
「負け戦になる。今、動かせる軍は二万ほどだ」
「ここには十万を超える兵士団がいるでしょう」
この都市より数時間行った距離に軍事都市があることは知っていた。そこに兵はいるはずだ。会話の応酬は一旦途切れ、しばしの沈黙の末に公爵は言った。
「……おらんのだ」
悩ましげに彼は続ける。
「東の街――エクエスという都市だが、そこが竜族によって落とされ占拠されておる。五日ほど前のことだ。伝令によると首謀者は黒百合だ。そなたが出くわした街の話を加味すると、この都市を挟み撃ちしようとしていたということだろう。
……兵力はそちらとこの都市の防衛に注ぎ込んでいるのだ。防衛線は持ちこたえてはおるが、時間の問題かもしれん。瓦解すれば一挙にこの都市まで攻め込んでくるだろう。今、住人を少数ずつ街の外へと避難させておるところだ」
僅かの間、ルイは声を発することができなかった。
竜が、すぐそこまで来ているのか?
そう思った時、ルイの心は打ち震えた。白銀の番との出会いのみならず、こうも連続して幸運が舞い込んでくるなどとは予期していなかった。
公爵はルイの表情を見て顔を引きつらせる。
「相変わらず狂った男だ。エクエスの住民は虐殺され、我々も危ういのだぞ。何を笑うことがある?」
気付かないうちにルイは笑っていた。
嬉しくて堪らないのだ。竜をこの手で葬り去れるという幸運に、こうも連続して恵まれたことが。
「では公爵。私が竜族を倒し、軍を解放すれば人員を貸して頂けますね?」
理解ができないとでもいいたげに、公爵は目を閉じ、頭痛を和らげるように片手でこめかみをもみながらではあるが――ゆっくりと頷いた。
話はまとまった。
無理矢理まとめたと言ってもよかったが、ルイが街と軍を解放することを条件に、白銀に立ち向かうだけの兵力を借りることが決まる。
ルイはそのことをまずジャグ・ダガーに伝えた。彼はルイの腹心であり、隊の副隊長のようなものだった。
控えていた広間から呼び出し、告げるとジャグは無表情で頷いた。不服というよりは、元から表情の少ない男であった。
「番の娘はどうするつもりだ。この街に置いていくのか?」
「いや、連れて行く」
戦えない彼女を守りながらの交戦となるだろうが、切り札と離れるつもりもなかった。ジャグは残りの兵等が控えている広間にちらりと目をやる。
「残りの奴らにも伝えるんだろう? ではこの話を彼女に聞かせないようにしないとな。シルヴィアにでも連れ出してもらおう」
だがルイは言った。
「私が連れだすよ。丁度、手紙を出そうと思っていたんだ」
言うと、ジャグが意外とでも言いたげに目を開く。確かに手紙を送る時はいつも一人だったが、必要とあれば誰でも連れて行くつもりだ……と思う。フィオナに心を許しているというよりは、無害であるからいてもいなくても変わらないのだ、とルイは自分に言い訳をした。
街を歩こうと誘い出すと、フィオナは素直に付いて来た。かつて栄えていたであろう街は閑散とし、人の姿もまばらで、陽気な散歩とは言えなかった。
後ろをしずしずと歩くフィオナは、物思いに耽るかのように口数は少なく、ルイの方もとりたてては話しかけなかった。
街に郵便配達の業者は一軒あり、そこへ書簡を出し終えるとフィオナが不思議そうに尋ねてきた。
「どなたへ宛てた手紙なのですか?」
「婚約者への手紙です」
本音を言えば、あと複数の手紙を本国へ出したかったが、したためている時間が無く、フィオナに出会う前に書いていた一通だけをこの日出すことにしていた。
聞いた彼女は目を丸くして
「こんやくしゃ……」
と繰り返した。それから、合点がいったかのように頷いた。
「婚約者がいたのですね。その方は、間違いなく世界で一番幸せでしょうね」
彼女はそう言って微笑んだ。その瞳の奥に、ルイは微かな悲哀を見て取った。
(俺もくだらない人間だ)
自分自身への欺瞞には気付いていた。
これはフィオナへの牽制を装った、卑怯な逃げ道だ。
記憶の中のフィオナ・ラインにフィオナは驚くほど瓜二つで、見れば見るほどルイは目を逸らしたくなる。何の罪もなく死んでいった少女に幼いルイはあろうことか高潔さを感じ尊敬を抱いていた。彼女の奥底にある恐怖や、無実の少女を断罪した王に対する疑問を少しも抱いてはいなかった未熟な少年だったのだ。
だからそのせいだろう。今、フィオナを目の前にしてルイの心が揺れるのは。罪悪と同情と、そうして過ぎ去った幸福がフィオナの周囲に満ちている。
塔の中に閉じ込められ、世間を知らない彼女は、初めて見た同族の男に刷り込みのような恋をした。
ルイはその純真さを利用している――他に譲れない理由のために。だとしたら情など抱いてはならないはずだ。
彼女の持つ引力に、身を任せては危険だと理性は警鐘を鳴らしていた。にもかかわらず、抗いがたく落下していく。
なんの力もない娘だ。だが恐るべき娘だ。少なくとも、ルイにとっては。
「白銀王に会うまでは、貴女のことはなんとしてでも守ります」
それは嘘ではなかった。聞いたフィオナも微笑み返してきた。
「城へ戻りましょう」
そう言って、彼女に手を差し伸べた時だ。
突然、目の前から彼女の姿が失せた。
下を見ると、地面に彼女が力なく倒れていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
一気に投稿してしまいすみませんでした。少しだけ内容と構成を変えた再投稿版になりますが、この話で以前投稿していたところまで追いついたと思います!
かなり迷いながら作ってしまったので、まだ多少修正するかもしれません。すみません。
気に入っていただけていたら、ブクマ、感想、評価等していただけたら嬉しいです!
一章は残り十話ほどです。引き続きよろしくお願いします!




