表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しいあなたは竜の番  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 敗北者達へ捧ぐ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/83

交渉

 城に入り、兵等を食堂として使っているらしき広間に待たせると、ルイは一人で公爵のいる応接の間へと入った。途端、朗明な声が聞こえる。


「おお、竜殺しの英雄よ! よくぞ参った」


 出迎えたのは長椅子に大仰に座る老いた男と、それよりは若く隣に立つ一人の男で、老いた方はルイを見るなり顔を綻ばせた。

 男は彼の出身国の伝統で、権力と武力を示す赤い衣服に身を包んでいた。背は高くないが、恰幅は良い。頭の毛は薄いが、白い口ひげは実に見事に蓄えられていた。

 彼こそが、公国の主レオル・トリデシュタインだった。


 ルイも微笑で応じる。


「公爵、ご無沙汰しております。突然の訪問にもかかわらず、お時間を作ってくださり感謝申し上げます」


「ベルトール伯と私は古くからの友人だった。その寵児であるそなたのことは、いつでも歓迎する。そなたとは戦友でもあるしな」


 言ってから、公爵は隣にいた男を指す。


「これは息子のハリルだ。遠方に詰めていたが、私の職務を引き継ぐために呼び寄せた」


 年は四十ほどだ。ハリルは自分より遙かに年の若いルイを一瞥すると、胡散臭そうに目を細める。


「貴方が竜殺しの英雄ですか。想像よりも若く、端正な顔ですな。役者でもさせておけば人気が出そうだ」


 嫌味だと言うことはすぐに分かる。同じような言葉を、兵士になってから散々言われてきていた。


「公爵閣下のご子息とあればさぞ武術に秀でているのでしょうね。是非試合を願いたいものです」


 と言うと、ハリルは顔を引きつらせた。公爵の息子は知力はあれど武力はないと噂で知っていたからだ。

 ルイと息子のやりとりを聞いた公爵は豪快に笑い、「もうよい」と言うなり息子を部屋から出て行かせた。どうやら紹介だけをするつもりで、本題に介入させる気はなかったようだ。


 促されるまま公爵の対面にルイは座り、先ほどハリルが出て行った扉をチラリと見ながら言った。


「ご子息に職務の引き継ぎをされるとは、ご隠居される予定ですか」


 いやいや、と公爵は笑う。

 

「すぐにではない。先を見越してのことだ。私も老いた。いつ逝ってもおかしくはないと思ってな」


 現代におけるヒト族の寿命は六十年ほどだが、公爵は既に八十近い。ルイと肩を並べた戦場でさえ六十を過ぎていたのだから、その健康たるや目を見張るものがある。

 殺しても死ななそうな男だと密かに思っていたが、さすがに死後のことを考えるようになったらしい。


「婚約者殿は変わりないかね。今も病院か?」


 本題に入る前の世間話のつもりか、公爵はそう問いかけてきた。彼はルイの家の事情に明るい。が、全てを知っているわけでは無かった。


「いえ、今は知人の家に身を寄せています。高地にある屋敷で、空気が肌に合っているとかで、時折は外にも出ているようですよ。おかげさまで元気に過ごしています」


 本音を言えば婚約者の話に触れて欲しくはない。居心地の悪さを覚えながらも、おくびにも出さずにルイはそう答えた。

 そうかそうか、と公爵は頷いた。


「それは何より。ベルトール伯があのような死に方をしたのは私としても実に残念だったが、娘が息災であれば多少は浮かばれることだろう。いくらそなたが出来の良い子供だったからといって、養子に実子は敵わないからな」


 ええ、とルイも曖昧な返事をした。話題の転換点を探すが、声を発する前に再び公爵は口を開く。


「あの娘と婚約したと伯が知ったら、さぞ喜んだことだろう。実際、私もそなたがスレイヤ・ベルトールと婚約したと聞いたときは見直したよ。そなたにも血の通った情愛というものがあったのだと」


 スレイヤ――それが婚約者の名前だった。この世の不幸を全て一人で背負っているかのような悲痛な表情を常に浮かべた儚い人。この世で唯一、ルイが愛情を注ぐ相手だった。

 だが今、彼女のことを考えることは不要だ。首を横に振り苦笑する。


「随分ひどい言われようですね」


 だが公爵は謝罪どころかますます言う。


「己の死も厭わずに、魔剣鋳造のために命を投げ出すほどの気狂いに、ただ一人に対する情があるとは思えなかったのでな。そなたは平常は常人のふりをしているからより質が悪い」


 言ってから、彼は突如顔つきを険しいものに変えた。


「……それで、なぜ参った」


 今まで付けていた好々爺の仮面は取り剥ぎ、歴戦の武人の険しい顔が覗く。切り出し方は決めていた。

 

「街の話はご存知ですか?」


「街? どの街だ」


 まだ伝わっていないのだ。最速で報せをもたらしたのはルイのようだった。


「ここから一番近い親竜派の街ですが、竜族の襲撃を受けていました。どうやら公国に攻め入るための拠点として奪い取る算段だったようです。死傷者は八百名近く出ており、甚大な被害が出ています」


「なんだと? 本当か」


 困惑したような公爵だったが、疑問を打ち消すように首を横に振った。


「いや、疑うつもりはない。こと竜に関してそのような嘘を吐く人間ではあるまい。だが、そうか……。どの手の者かは分かっているのか?」


「街の市長は黒百合の家臣ではないかと言っていましたが、確証はありません」


 黒百合というのは白銀王の妹の通名で、真名は白銀と同様知られていなかった。漆黒の鱗を持つ彼女は竜王の子供のうち最も凶悪な竜人であり、滅ぼされた国はひとつやふたつではない。

 もとより彼女は過激派として知られており、白銀が不在の間に均衡を破ってでも大陸を手に入れるつもりだとしてもおかしくはない。

 

 フィオナの手前でこの話はできなかったが、以前街に対して黒百合が引き渡しを命じたことがあったようだ。


 公爵の顔に、見る間に苦悩の皺が刻み込まれていく。彼は深いため息を吐いた。


「既に東大陸の三分の二は帝国領地か親竜派の国だ。残った国で連邦国を築いても、大した抵抗にはなっておらん。一進一退とさえいえん。徐々に削られていくのは反竜派だ。いずれこの大陸は白銀王のものとなるだろうよ」


「珍しく弱気ではありませんか。かつて私と戦場を共にした公爵は見上げるほどの武人でしたが、何があったのです」


 公爵は黙り込み、しばしの沈黙が流れた。静寂を打ち破ったのはルイだった。


「白銀の番の少女がこちらにいます。交渉の余地は十分にある」


 これには公爵も目を見張った。


「白銀の番がまた現れたというのか?」


「ええ。かつてのフィオナ・ラインの生まれ変わりで、前世と同様ヒト族です。中々に純粋な少女で、騙し、連れ出しました」


 公爵は乾いた笑いを発する。


「白銀王の前でその少女を殺害したら、どれほど怒り狂うか見物だな。番を二度も失った竜というのもそうはいまい」


「竜の番を殺しはしません。十六年前の再現をするつもりはない。彼女を材料にして、白銀王に交渉します」


「どこまで迫るつもりだ」


「東大陸からの竜族の撤退」


 ルイの断言に、公爵の眉間に皺が寄る。過多な要求であると考えているらしかった。


「まさか、番一人にそこまでの価値を置くか?」


 無理な筋ではないとルイは思っていた。一度番を失い、再び出会えた奇跡を得た白銀は、フィオナを何よりも優先するだろう。


「番というものは、我々ヒト族が考えるよりも遙かに価値のあるもののようですよ。中には番を失った悲しみのあまり、精神が狂い死に至る者もいると聞きます」


 とはいえ、とルイは続けた。


「白銀が応じない可能性も十分にあります。彼に竜族以外の種族など簡単に蹴散らせるという自信がある以上、まともな交渉にはならない場合も想定しています。そうなれば戦闘になるでしょう」


「……その方を望んでいるように思えるな」


 心の底を読むように公爵は言った。そうしてそれは正しい。

 交渉になり得はせず、怒り狂った白銀は、有無を言わさずこちらを殲滅しようとする。それをルイは望んでいた。あの竜人を対面に引きずり出し、この手で打ち砕く絶好の機会だ。

 暗い口調で公爵は言った。


「竜殺しの英雄の目的はなんだ。世界を地獄に引きずり込み、共に心中したいのか」


「私はただ、竜族が嫌いなんです。支配者になったつもりで天空から世界を見下す奴らを地に叩き落としたい。戦う理由はそれだけです」


 胸の内には炎がくすぶり、生ある限り消えることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ