第二章 小さな手で運命の糸を引く
神殿の石畳を歩きながら私は周囲を警戒した。
記憶によればセリーナはここで「平民の少女を突き飛ばした」と偽られ、証人として貴族の令息が名乗り出る。
その令息──アルバン・デルモアは実はセリーナの婚約者を狙う陰謀の片割れ。
そして、その場には今も彼が居た。
「おや? ヴァルクロワ令嬢。今日はお一人ですか?」
アルバンがにやりと笑いセリーナの横を歩き始めた。
セリーナは無視しようとしたが、彼はしつこく話しかける。
「平民の娘が足を滑らせたようですね。お怪我は?」
──来た。
私は姉に駆け寄る。
「お姉様!」
驚いたように振り向くセリーナの手を私は取った。
「エドワード? どうして此処に?」
「心配だったんだ。お姉様、いつも一人で行くから」
周囲の貴族達が騒めく。
弟が姉を心配してついてきた──それは『傲慢な悪役令嬢』とは矛盾する光景。
アルバンの口元が歪んだ。
「ほう……妹想いですね」
「僕は弟です。けれど姉を守るのは当然な事でしょう」
私は真っ直ぐに彼を睨み返す。
甲高い子供の声。
だが、目は笑っていない。
そんな私に対して、アルバンは一瞬怯んだように後退った。
そんな時、近くで平民の少女が石に足を取られ転びそうになる。
私は少女の方へ手を伸ばし、その身体を支えた。
「大丈夫?」
周囲の視線がセリーナから私へと移る。
「ヴァルクロワ家の弟君はお優しいのですね」
「あの子が助けてくれたのね」
噂はこうして変わる。
セリーナは何もしていない。
だが、『弟が助けた』と言う事実が、彼女の『悪行』を未然に防いだ。
帰り道、セリーナが小さく呟く。
「……ありがとう、エドワード」
その声に初めての温かさを感じた。