第一章 生まれ変わった先は悪役令嬢の弟だった
目が覚めた時、私はまだ五歳だった。
天蓋付きのベッド。
絨毯の香り。
窓から差し込む朝日。
見慣れない豪華な部屋。
そして胸の奥に残る記憶。
前世は二十八歳の会社員。
通勤電車の中で寝過ごし、線路に落ちた。
それが最後だった。
でも此処は……どこだ?
「エドワード様、お目覚めですか? お着替えの時間ですよ」
声に振り向くと、控えめな笑顔の侍女が立っていた。
エドワード?
それ私の名前?
頭に閃光が走った。
──『薔薇の誓約 ~恋する令嬢と王太子の物語~』。
乙女ゲーム。
私が死ぬ前にプレイしていたあのゲーム。
そして、エドワード・ヴァルクロワ……それは悪役令嬢セリーナ・ヴァルクロワの弟だ。
ゲームに出て来るエドワードは存在感が薄く、姉の破滅に気づかずただの背景キャラ。
だが今、私はエドワードの身体に居る。
「……セリーナお姉様は……?」
「朝の礼拝に参っております。いつもより少し早めに出て行かれましたね」
礼拝。
つまり神殿へ。
ゲームではその帰り道でセリーナは「王太子の婚約者を侮辱した」と偽の証言で陥れられ、貴族達の反感を買う第一歩となる。
──あの出来事はまだ起きていない。
私は拳を握った。
前世ではただのプレイヤーだった。
でも今の私はセリーナの弟だ。
血の繋がった家族だ。
「……今日の礼拝、僕も行きたいです」
侍女が驚いた顔をする。
「ですがエドワード様はまだ……」
「お姉様が心配だから。一緒に行きたい」
小さな声。
だが意志は固い。
侍女は躊躇った末、許可を取りに行った。
そして三十分後。
私は姉の後を追って神殿へ向かっていた。