氷上のプリマドンナと魔法の旋律
ボブスレーで「重力」を味方につけたベルが次に挑むのは、銀盤のステージ、フィギュアスケート。
しかし、ソリという「鎧」を脱ぎ捨て、細いエッジだけで氷に立つ感覚は、想像以上に不安定で……。白いうさぎと青いうさぎも股割り状態で大ピンチ!?
そんなベルを救ったのは、ムジカの奏でる音楽と、サクラが教える「氷に愛される」ための心の持ちようでした。
「空」の記憶と「重力」の経験が、ひとつの旋律として繋がるとき、ミラノのスケートリンクに前代未聞の奇跡が舞い降ります。ベルと仲間たちが繰り出す、光り輝くジャンプの行方は――。
記者たちが雪煙を上げて去ったあと、静まり返ったボブスレーのゴール地点で、ベルはふう、と小さく息をついた。
「フィギュアスケート・・・。今度は自分の足で、氷の上を滑るのね」
ベルが呟くと、足元で白いうさぎと青いうさぎが「任せて!」と言わんばかりに、短い手足をバタバタさせて氷の上を滑る仕草をした。
どうやら彼らも、ベルと一緒に踊る気満々のようだ。
翌日。ミラノの街中にある、白亜の宮殿のような屋内スケートリンク。
そこには、昨日の興奮をそのまま持ち込んだような超満員の観客と、最前列を陣取る例のカメラうさぎたちが、レンズを構えて待ち構えていた。
「ベル! こっちだよ!」
リンクの脇で手を振っていたのは、エメラルドグリーンのドレスに身を包んだサクラだった。
その隣には、氷の結晶で編んだようなタキシードを着たムジカも立っている。
「今日はボブスレーのようなスピードはいらないわ。必要なのは、氷との『呼吸』よ」
サクラが差し出したのは、火の国の職人がベルのために特別に仕立てた、真珠のように輝くスケート靴だった。
ベルがそれを履き、氷の上に一歩踏み出した瞬間。
ツルッ!
「わわわっ!?」
ボブスレーのソリとは違い、細いエッジだけで立つ感覚に、ベルは思わずおっとっと、と千鳥足になった。
白いうさぎと青いうさぎも、氷のツルツル加減に足が四方八方に広がり、「ふにゃ〜」と股割り状態になっている。
「ううぅ、ボブスレーより足元が心細いわ……!」
氷の上でプルプルと震えるベルを見て、サクラが優しくリンクサイドに降り立った。
「ベル、怖がらないで。まずは足首の力を抜いて。フィギュアスケートはね、氷を『押す』んじゃなくて、氷に『愛される』スポーツなのよ」
サクラはまるで見えない風に乗るように、スィーッと滑らかなストロークを見せた。
「ボブスレーの時は、重力をエネルギーに変えたわよね? 今度はそのエネルギーを、自分の指先からつま先まで、一本の『旋律』として繋げるイメージを持つの。ほら、ムジカの音楽を聴いて」
ムジカが静かに指揮棒を振ると、リンクに柔らかなバイオリンの調べが流れ始めた。
「音の波に合わせて、右、左・・・と、エッジのインサイドとアウトサイドを交互に使い分けてみて。氷を刻むんじゃなくて、氷の表面に魔法の糸を紡いでいくように」
ベルはおそるおそる、サクラの動きを真似てみた。
最初はぎこちなかったベルの足取りだったが、胸元の鈴が音楽に共鳴し、「チリン・・・リン・・・」と、これまでにない繊細な音を奏で始める。
「そうよ、ベル! その調子! 次は白いうさぎさんと青いうさぎさんの手を引いてあげて。三匹の鼓動が重なった時、氷はあなたたちのためのステージに変わるわ」
ベルが手を差し伸べると、股割り状態で固まっていた白いうさぎと青いうさぎが、必死にベルの手にしがみついた。
三匹が円を描いて滑り出すと、不思議なことに、バラバラだった重心がピタリと安定した。
「わかったッ・・・!無理に立とうとしなくていいのね。音楽の流れに身を任せれば、氷が勝手にわたちを連れて行ってくれる・・・」
ベルの瞳から不安が消え、代わりに芸術家のような鋭い集中力が宿った。
エッジが氷をなでる「シュルシュル」という音が、ムジカの音楽と混ざり合い、美しいアンサンブルとなって会場に響き渡る。
「さあ、ベル。仕上げよ。あなたの心の中にある一番美しい景色を、この氷の上に描き出しなさい!」
ムジカの力強い言葉に背中を押され、ベルは加速した。
もはや千鳥足のウサギはいない。
そこには、音と光を自在に操る、氷上のプリマドンナが誕生しようとしていた。
「わたち、回転ジャンプするッ・するッ!」
ベルが叫ぶと同時に、胸元の鈴が「びぃぃぃん!」と激しく共鳴した。
サクラのアドバイス通り、ベルは全身のバネを溜めるように深く膝を曲げる。
視線の先には、ミラノの夜空を模した天井のシャンデリアが輝いている。
白いうさぎと青いうさぎは、ベルの気合に振り落とされないよう、彼女の衣装の裾をぎゅっと掴んで目をつむった。
「いくわよ・・・火の国の、旋律を乗せて!」
氷を蹴る鋭い音。
ベルの小さな体は、重力をあざ笑うかのように高く、高く宙へと放り出された。
一回転、二回転、三回転・・・。
空中でオレンジ色の毛が渦を巻き、鈴から溢れ出した光の粒が、まるで土星の環のようにベルの周囲を旋回する。
ジャンプの「空」を知り、ボブスレーの「重力」を学んだベルにとって、空中の世界はもはや庭のようなものだった。
「見て、軸がまったくブレていないわ!」
サクラが声を弾ませる。
四回転目。ベルはさらに体を絞り込み、氷の結晶を撒き散らしながら高速回転を続けた。
そして、着氷。
右足のエッジが氷に触れた瞬間、ベルは「音で氷をなでる」感覚を思い出した。
ガツンという衝撃はない。
まるで絹の布が滑り落ちるように、静かに、かつ滑らかに氷の面を滑り抜けた。
「・・・決まったッ!」
ベルが片足を高く上げ、スパイラルの姿勢に入ると、リンクの上に光の花がパッと咲き誇った。
遅れて着氷した白いうさぎと青いうさぎも、フラフラになりながらも必死に片足を上げ、ベルのポーズを完成させる。
観客席は一瞬、あまりの美しさに静まり返った。
次の瞬間、地鳴りのような歓声が白亜のスケートリンクを揺らした。
「四回転半、それも三匹同時だと!?」
「奇跡だ! 氷の上が火の国のように熱いぞ!」
カメラうさぎたちは、レンズが曇るのも構わずに連写し続け、スタジアムは無数のフラッシュで真っ白に染まった。
ベルは大きく肩で息をしながら、リンクの中央で誇らしげに胸を張った。
ベルのミラノ・コルティナ五輪は、まだ始まったばかり。
次なる競技の噂を聞きつけた記者うさぎたちが、すでに新しいマイクを構えてリンクサイドへとなだれ込もうとしていた。
「ベルさん 次はッ!?」
演技を終えたベルがリンクサイドに戻るやいなや、待ち構えていた記者うさぎたちが、マイクを突き出しながら一斉に飛び跳ねた。
「ベルさん! 四回転半ジャンプ、完璧でした!」
「氷と愛し合っているようでしたが、次は・・・次は一体、何にチャレンジするんですかッ!?」
興奮で耳を真っ赤にした記者うさぎたちの問いかけに、ベルは白いうさぎと青いうさぎと顔を見合わせ、いたずらっぽく笑った。
ベルの胸元の鈴が、まだ演技の余熱を残して「ちりん、ちりん」と軽やかに弾んでいる。
「次はね・・・もっともっと、みんなの鼓動が聞こえる場所へ行くッ!」
ベルはスケート靴を脱ぎ捨てると、ムジカが差し出した「ある道具」を手に取った。それは、細長い板・・・スキー板だった。
「空を飛び、氷を滑り、重力と踊った・・・。次は、そのすべてを混ぜ合わせて、雪の斜面を一番速く駆け抜けるの。ミラノの風になるのよ!」
その言葉を聞いた瞬間、記者うさぎたちは
「次はアルペンスキーだ!」
「いや、華麗なテクニックのモーグルか!?」
と大騒ぎ。
「いくわよ、みんな! ミラノの雪山がわたちを呼んでるわ!」
ベルはオレンジ色の尻尾をぴこんと跳ねさせ、白いうさぎと青いうさぎを連れて、雪煙を上げるプレスセンターを風のように駆け抜けていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ボブスレーの「静」と「動」の戦いから一転、今回はフィギュアスケートらしい「華やかさ」と「芸術性」をテーマに描きました。
ベルが自分の足で氷の感触を確かめ、恐怖を「ダンス」へと変えていくプロセスは、彼女の精神的な成長を感じさせます。特に、白いうさぎと青いうさぎがフラフラになりながらもポーズを決めるシーンは、このチームならではの微笑ましい連帯感が見どころです。
ラストでは、ついに「スキー」という新たなステージが提示されました。空、氷、そして次は雪山へ。ベルの快進撃はどこまで続くのか、ぜひ次のエピソードも期待してください!




