鈴が鳴る 聖なる夜
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
人は、目に見えるものだけを真実だと信じたがります。しかし、目に見えない想いこそが、人を動かし、世界を変える力になるのではないか・・・その想いを胸に、本作を書き上げました。
ペットとして各家庭にもらわれた動物達にも、それぞれのルーツがあります。
本作は、うさぎのベルが、離れ離れになった母親を探す旅に出る物語です。
どうかページをめくるたび、動物達が奏でる歌声があなたの心にも届きますように。
わたちの名前は『ベル』
ネザーランドドアーフという、とても小さなうさぎの種類なの。毛の色はオレンジ色で、お兄ちゃんのひろくんは「まるで、きなこみたいだね」と言ってくれる。
わたちは日本のとある街の、温かい家族と暮らしてる。ひろくんは5歳の男の子。優しくて、毎日わたちの頭を撫でてくれる。お母さんは朝晩のペレットと牧草をくれるの。お父さんは、ケージを掃除してくれる。みんなわたちのことをいつも可愛がってくれる。この家の苗字は『宇佐』だから、わたちのフルネームは『宇佐ベル』。
実は、わたちには秘密があるの。
誰にも言えない、大きな秘密。
それは、わたちが毎晩、不思議な夢の世界を旅ちているということ。そして、その旅には大切な目的があるの。
本当のママを探すこと。
わたちの本当のママは、遠い遠いオランダにいる。ペットショップで売られる前、わたちは一度だけママに会ったことがある。温かくて、優しちくて、オレンジ色の毛はわたちとそっくりだった。
「いつか、必ず会いに行くからね」
ママはそう言った。でも、わたちたちは引き離されてちまった。
それからずっと、わたちはママのことを忘れたことがない。会いたい。もう一度、抱きしめられたい。
そんなわたちに、奇跡が訪れたのは、クリスマスイブのことだった。
12月24日。
ひろくんの家はクリスマスの飾り付けでいっぱいだ。キラキラと光るツリー、赤と緑のリース、そして暖炉の上には靴下が並んでいる。
「ベル!メリークリスマス!」
ひろくんがわたちのケージの前にやってきた。手には小さな箱を持っている。
「これ、君へのプレゼントだよ」
箱を開けると、中には小さな銀色の鈴が入っていた。リボンがついていて、とても綺麗。チリリン、と優しい音が鳴る。
「可愛いでしょ?お母さんと一緒に選んだんだ。ベルだから、鈴のおもちゃがいいかなって」
ひろくんは嬉しそうに笑った。
わたちはその鈴を、すぐに気に入った。鼻で転がすと、チリリンと心地よい音が響く。ひろくんが寝た後も、わたちは何度もその鈴を鳴らちて遊んだ。
そして、時計が12時を指した瞬間、不思議なことが起こった。
わたちが鈴を鼻で転がすと、いつもより大きな音が響いた。
チリリリリリーン。
その音は、まるで魔法のように澄んでいて、美しくて、どこか遠い場所から聞こえてくるようだった。
次の瞬間、わたちの目の前に光の扉が現れた。
キラキラと輝く、虹色の扉。
わたちは怖かった。臆病なわたちは、いつもなら絶対に逃げ出ちていた。でも、その扉の向こうから、何か温かいものを感じたの。
ママの匂いがする気がちた。
「行かなくちゃ」
わたちは震える足で、光の扉に近づいた。そして、勇気を振り絞って、その中に飛び込んだ。
目を開けると、そこは見たことのない場所だった。
空は紫色で、星が降るように輝いている。地面は柔らかい苔に覆われていて、遠くには巨大なキノコの森が見える。
「ここは...どこ?」
わたちは辺りを見回した。もうケージの中ではない。ひろくんの部屋でもない。
「ようこそ、旅人よ」
突然、声が聞こえた。
振り向くと、そこには小さな妖精が浮かんでいた。透明な羽を持ち、青白く光っている。
「あ・あなたは誰?」
わたちは思わず後ずさった。
「私はルフィ。夢の案内人さ。あなたは鈴の音に導かれて、この夢の世界にやってきたんだね」
ルフィは優しく微笑んだ。
「夢の世界?」
「そう。ここは現実と夢の狭間にある、特別な場所。あなたが持っている鈴は、ただのおもちゃじゃない。それは『夢渡りの鈴』と言って、12時ちょうどに鳴らすと、様々な夢の世界へと旅することができる魔法の道具なの」
わたちは自分の足元にある、あの銀色の鈴を見つめた。確かに、ここにも一緒に来ている。
「でも、どうちてわたちが?」
「それはあなたの心が、強く何かを求めているからよ。あなたは何を探しているの?」
ルフィの問いに、わたちは少し考えた。そして、正直に答えた。
「ママを探してるの。オランダにいるママに会いに行きたいの」
ルフィの目が優しく輝いた。
「なるほど。それは素敵な旅の理由ね。でも、オランダは遠い。現実の世界では、小さなうさぎのあなたには行けない場所だわ」
「ちってる...」
わたちは悲ちくなった。
「でもね」
ルフィは続けた。
「夢の世界を旅すれば、いつか辿り着けるかもしれない。様々な国の夢を巡り、様々な存在と出会い、成長していけば、あなたの願いは叶うかもしれないわ」
「様々な国?」
「ええ。あなたが今いる日本から、隣の国、そのまた隣の国へと、少しずつ旅をしていくの。韓国、中国、ロシア...そして最後にオランダへ。それぞれの国の夢の世界には、その国ならではの美しさや試練がある。それぞれの国で友達を作りなさい。そしてその友達から新しい鈴をもらうの。その鈴を鳴らせば次の国に進むことが出来る。友達はきっとあなたの助けになってくれるはず」
わたちの心に、小さな希望の光が灯った。
「わたち、頑張る。ママに会うために」
「素晴らしい!でも、旅を始める前に、まずはこの世界で練習をしましょう。鈴の使い方や、夢の世界での旅の仕方を学ばないとね」
「練習?」
「そう。見て、あそこ」
ルフィが指差した先には、大きな川が流れていた。そして、その川の向こう岸に、光る扉が見える。
「あの扉が、次の世界への入り口。でも、川を渡らないと辿り着けない」
わたちは川を見つめた。流れは速くて、水しぶきが高く上がっている。
「うさぎは泳げるけど...あんな激しい流れは無理よ」
「だから試練なの。でも、ヒントをあげるわ。この世界では、信じる心が力になる。あなたが本当に渡りたいと願えば、道は開かれるはず」
ルフィはそう言うと、わたちの頭を優しく撫でた。そして、光になって消えていった。
「待って!」
でも、もうルフィの姿はない。
わたちは一人、川の前に立っていた。
川の音が、ゴォゴォと大きく響いている。
わたちは怖かった。臆病なわたちにとって、あんな激しい流れに飛び込むなんて、考えただけで足が震える。
「でも、行かなくちゃ...」
ママの顔を思い浮かべた。温かい抱擁を思い出した。
「ママに会いたい」
わたちは目を閉じて、深呼吸をした。
「信じる心が力になる...」
ルフィの言葉を思い出す。
わたちは何を信じればいいんだろう?
自分?でも、わたちは臆病で弱い。
ひろくん?でも、ここにはいない。
ママ?でも、会ったことがほとんどない。
いや、違う。
わたちが信じるべきものは、もっと単純なこと。
「ママに会いたいという、この気持ちを信じるの」
わたちは目を開けた。
そして、震える足を一歩、川に向けて踏み出した。
すると、不思議なことが起こった。
わたちの足元に、小さな光の石が現れた。水面に浮かぶ、飛び石のように。
「これは...」
もう一歩踏み出すと、また次の石が現れた。
わたちは理解した。これがルナの言っていた「道」なんだ。わたちが勇気を出して進めば、道は開かれる。
大丈夫、行けるッ!
わたちは一歩、また一歩と、光の石を踏んで進んだ。
足が滑りそうになる。水しぶきがわたちの毛を濡らす。でも、わたちは止まらなかった。
「ママ・・・待っててね」
ピョン、ピョン、ピョン。
うさぎの得意なジャンプで、わたちは次々と石を飛び移っていく。
激しい流れが、わたちを押し流そうとする。
「負けない!」
最後の一跳び。
わたちは思い切り後ろ足で蹴って、対岸に向かってジャンプした。
ドサッ。
無事に着地できた。
「やった・やったよ!」
わたちは自分でも信じられなかった。あんなに怖かったのに、あんなに臆病だったのに、わたちは川を渡り切った。
光の扉が、目の前にある。
わたちはその扉に近づいて、鼻で押した。
扉がゆっくりと開く。
その向こうから、また新しい世界の光が差し込んできた。
「次はどんな世界だろう...」
不安はまだある。でも、同時に期待も膨らんでいた。
わたちは光の中に飛び込んだ。
次の世界は、真っ白だった。
一面の雪景色。空からは雪が降り続けている。
「さ、寒い...」
わたちの息が白く凍る。うさぎの毛皮は暖かいけど、この寒さは厳しい。
「こんにちは、小さな旅人」
今度は、優しい声が聞こえた。
振り向くと、そこには大きな白い鹿がいた。立派な角を持って、雪のように白い毛並み。
「わぁ...綺麗」
わたちは思わず見とれてしまった。
「私はビークル。この氷の世界の守護者よ。あなたは『夢渡りの鈴』を持つ旅人ね」
鹿は優しく微笑んだ。
「わたちはベルっていうの」
「ベル?鈴の音みたいで、可愛らしい名前ね」
「うん、だからこの鈴をもらったの」
わたちは足元の鈴を見せた。
「素敵ね。あなたは何かを探しているのでしょう?」
「ママを・・・オランダにいるママを探ちてるの」
ビークルは優しく頷いた。
「親子の絆。それは何よりも尊いものね。でも、遠い旅になるわ。この世界を抜けるには、試練を乗り越えなければならない」
「また試練なの?」
わたちは少し疲れを感じた。でも、やるしかない。
「見て、あそこ」
ビークルが角で指し示した先には、凍った湖があった。そして、その湖の真ん中に、小さな島がある。島の上には、また光る扉が見えた。
「あの扉まで行かないといけないの?」
「そうよ。でも、氷は薄い。あなたくらい小さければ大丈夫かもしれないけど、一か所に留まりすぎると割れてしまうわ」
「どうすれば...」
「素早く動くこと。そして、正しい道を見極めること。氷の厚い場所と薄い場所がある。よく見れば、わかるはずよ」
ビークルはそう言うと、わたちの頭を優しく鼻で撫でてくれた。そして、雪の中に姿を消していった。
また一人になった。
わたちは湖を見つめた。白い氷の表面。どこが厚くて、どこが薄いのか、全然わからない。
「どうしよう...」
不安が込み上げてくる。
でも、さっき川を渡った時のことを思い出した。あの時も怖かった。でも、勇気を出したら、道が開けた。
「もう一度、信じてみよう」
わたちは氷の湖に近づいた。
よく見ると、氷の表面には微妙な色の違いがある。少し青っぽいところと、白っぽいところ。
「青いところが厚くて、白いところが薄い...のかな?」
わたちは慎重に、青っぽい氷の上に前足を置いてみた。
大丈夫。割れない。
「よし」
わたちは氷の上を、ピョンピョンと飛び跳ねながら進み始めた。青い部分を選んで、素早く移動する。
パキッ!
後ろで氷が割れる音がした。振り返ると、さっきまでわたちがいた場所に亀裂が入っている。
「怖い...でも、止まれない」
わたちは前だけを見て、跳び続けた。
ピョン、ピョン、ピョン。
小さなうさぎの体が、今は役に立つ。軽いから、氷が割れにくい。
でも、湖の真ん中あたりで、問題が起きた。
青い氷の道が、途切れている。次の青い部分まで、かなり距離がある。その間は、白っぽい薄い氷しかない。
「どうちよう...」
わたちは立ち止まった。でも、足元の氷がミシミシと音を立て始めた。
「まずい!」
わたちは考える暇もなく、思い切ってジャンプした。
できるだけ遠くへ、次の青い氷を目指して。
宙を舞うわたち。
時間がゆっくり流れる気がした。
「届いて!」
わたちの前足が、青い氷に触れた。
そして、無事に着地。
「はぁ...はぁ...」
心臓がバクバクしている。
でも、もう島は目の前。
最後の力を振り絞って、わたちは島に飛び移った。
「やった...」
わたちは雪の上に座り込んだ。全身が震えている。寒さと恐怖と、そして達成感で。
「よく頑張ったわね、ベル」
ビークルの声が聞こえた。振り向くと、彼女が島の隅に立っている。
「臆病でも、あなたには勇気がある。本当の勇気は、怖くないことじゃない。怖くても、進むことよ」
「ありがとう・・・ビークル」
わたちは嬉ちくなった。
「さあ、次の世界へ行きなさい。あなたの旅は、まだ始まったばかり。これからたくさんの国を巡り、たくさんの出会いがあるわ。そしていつか、オランダへ」
わたちは光る扉に近づいた。そして、また一歩、前に進んだ。
「ベル?ベル、起きて」
ひろくんの声が聞こえた。
わたちは目を開けた。
そこは見慣れた、わたちのケージの中。朝の光が差し込んでいる。
「おはよう、ベル。よく眠ってたね」
ひろくんが笑顔で覗き込んでいる。
わたちは辺りを見回した。夢の世界は消えている。ルフィも、ビークルもいない。
でも、足元には、あの銀色の鈴がある。
「夢だったのかな...」
わたちは鈴を鼻で転がしてみた。
チリリン。
優しい音が響く。
そして、その音を聞いた瞬間、わたちは確信した。
あれは、ただの夢じゃない。
本当の世界だった。
わたちは今夜も、また旅に出る。そこから始まる長い長い旅。様々な国を巡り、様々な試練を乗り越えて、いつかママのいるオランダに辿り着く。
「ベル、今日も元気だね」
ひろくんが新鮮な牧草をくれた。
わたちはそれを美味しく食べながら、心の中で思った。
「ありがとう、ひろくん。あなたがくれた鈴のおかげで、わたちは旅ができる。ママに会える」
窓の外には、青い空が広がっている。
遠い、遠いオランダの空。
「待っててね、ママ。わたちは必ず、そっちに行くから」
小さなオレンジ色のうさぎの、大きな冒険が、こうして始まった。
クリスマスの夜、時計が12時を指すのを、わたちは待っていた。
ひろくんは深く眠っている。静かな部屋の中、わたちだけが目を覚ましている。
カチッ。
時計が12時になった。
わたちは鈴を鼻で転がした。
チリリリリリーン。
いつもより大きな、魔法のような音。
そして、また光の扉が現れた。
今度は、どんな世界が待っているんだろう。
わたちは少し怖い。でも、同時にワクワクしている。
「ひろくんッ」
わたちは心の中で呟いて、光の扉に飛び込んだ。
新しい夢の世界が、わたちを待っている。
ママに会うための、長い長い旅が、まだまだ続く。
でも、大丈夫。
わたちには勇気がある。臆病だけど、進むことができる。
小さなベルの冒険は、これからだ。
この物語を手に取ってくださり、本当にありがとうございます。
本書を読み進める中で、ページの隙間からふっと鈴の音が聞こえる瞬間があれば、そしてその音が、あなたの心にもそっと触れるものであったなら、これほど嬉しいことはありません。
最後までお読みいただき、心より感謝いたします。




