009 紫ガエル
(なんかジメジメしてきたな。)
先ほどのふたごヘビとの戦闘から他の魔物には遭遇しておらず、淡々と洞窟を進んでいると辺りの湿度が上がったのを感じ取った。
よく見ると洞窟の岩肌が湿っており、ピチョン、ピチョンと音のする方を見てみると天井から落ちてくる滴で水たまりができている。
(近くに水脈でもあるのか?水の傍には生き物が多いもんだからな。これは期待できるぞ。)
水場の近くには生物が多く生息しているものだ。
魔物にもその習性があるかは不明だが、ひとつの指針にはなる。
すると滴の音に紛れて何者かがパシャッと水たまりを踏んだ音がした。
(ん?)
音のする方を見ると水たまりの中にいたのは、カエルだった。
水浴びでもしているつもりなのか、垂れてくる滴を頭で受けてボーッとしているように見える。
コウモリもどきやふたごヘビとは違い、姿形は知ってるカエルそのものだ。
しかし、大きさに関しては他の例に漏れず規格外のサイズとなっていた。
しゃがんだ状態でも体長1mはありそうだ。
今は折りたたんでいる足を伸ばしたら2mほどになるだろう。
他に特徴的な点といえば、肌が黒にほど近い紫色をしている。
これは毒ガエルに違いない。
そう考えたところでひとつ重大な事に気がついた。
(毒針のアンロックって、普通に考えると毒関連の魔物を倒すのが相場ではなかろうか。)
毒針のアンロック条件で敢えて指定されていたギフトロッシュという魔物。
あれは毒攻撃をしてくる魔物のことを指しているのではと考えたのだ。
(こいつ明らかに毒攻撃してきそうな見た目だし、当たりかも。)
もしかすると目の前の魔物が待望のギフトロッシュかもしれないのだ。
暗中模索が続く中やっと遭遇した可能性に、胸が高鳴るのを感じていた。
(先手必勝!)
テンションに任せて紫ガエルに突貫する。
ボーッと滴を頭に受けていた紫ガエルだったが、蜂谷の接近を敏感に察知し、グッと腰を落とし戦闘態勢に入ったのが分かった。
紫ガエルのそんな様子を見ながら、ふとカエルのとある特徴を思い出していた。
(そういえばカエルが獲物を食べる時って――)
紫ガエルの口から何かが高速で射出される。
(舌を伸ばしてたよなっっ!!)
迫ってくる紫ガエルの舌に対し、飛行進路をずらす事で回避してみせた。
そして一旦距離を取り、考えを整理する。
(間一髪っ!咄嗟にカエルの特徴思い出してよかったぁ。にしてもあの舌、厄介だな。)
横目にチラッと見ただけだったが、紫ガエルが伸ばした舌には粘性の高そうなネバネバした液体が付着していた。
(あれに捕まれば、身動きが取れなくなって終わりだろうな。だけど避けられないスピードじゃない。ふたごヘビみたいに連続して攻撃できるわけじゃないしな。)
奴の主攻撃であろう舌伸ばしは、一度伸びてしまえば再び繰り出すのに時間がかかる。
その間の時間で攻撃を加えれば間違いなく倒せるだろう。
そう考え再度紫ガエルに突貫する。
(さあっ!舌を出してこい!)
挑発に乗ったわけではないが、紫ガエルが蜂谷を捕えんと舌を伸ばしてきた。
(きたっ!)
これを余裕を持ってかわし、紫ガエルに攻撃を加えようと接近する。
肌が堅そうには見えないため、針による切り裂き攻撃であれば致命傷を与えられるだろう。
針が紫ガエルを切り裂こうとしたその時。
「ゥグポッ」
まだ舌が伸びている状態の紫ガエルが何かを吐きだそうとするような動きを見せたと思った次の瞬間。
何かの液体を全身に浴びていた。
(くっさっ!!なんだこれ!?)
紫ガエルへの攻撃を一時中断し、再度距離をとる。
そこで自分の体を見てみると、どうやら紫色の液体をかけられたようだった。
(このいかにもな色はまさか……ん、なんだ?息が……)
身体に異変が生じている。
なんとなく呼吸がしにくくなったことを自覚したのだ。
(身体に力が入らないような……)
全くというわけでもなく、本当に少しだけ身体に力が入らない感覚も生じていた。
これらの症状がでたのは、紫の液体をかけられたすぐ後だ。
無関係なわけがない。
(まさか、これが毒……なのか?)
この身体の状態からして、あの紫の液体が毒液であろうことは推測できた。
そしてそれを裏付けるかのように頭の中に情報が流れ込んでくる。
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毒生成
アンロック条件:
1. 一定数のギフトロッシュを捕食すること
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(うっ、またか。毒針と切り裂きの時もだけど……このタイミングは俺が気になった能力のアンロック条件を教えてくれてるのか?)
状況が類似していることから、情報が頭に流れ込んでくる際のトリガーについて推測を立てるが、そんなことを考えている場合ではないと思考を切り替える。
(……やめよう。今はこの状況をなんとかするのが先だ。巣に帰って対策を練りたいところだけど、方向があっちなんだよなぁ。)
帰り道はしっかりと覚えており、全速力で飛べばものの数分で巣に帰ることはできるだろう。
しかしその方向には紫ガエルがおり、横をすり抜けなければ巣に帰ることはできない。
(うまくすり抜けられたとしても、今の状態だと後ろからの攻撃を避けきる自信がない。となれば、まだ動けるうちに倒すしかないか。)
覚悟を決め、紫ガエルをしっかりと見定め心の中で呼吸を整えた。
(やつの攻撃パターンは掴んだ。大丈夫だ。やれる。)
徐々に力が入らなくなってくる状況に焦りを感じつつも、努めて冷静にやるべきことを明確化していく。
(よし、いこう。これが最後になるかもしれないからな……大胆に行くぜっ!)
勢いよく紫ガエルへと飛んでゆく。
解毒の方法が分からない以上、たとえこの戦闘に勝てたとしても死ぬかもしれないという状況に変わりはない。
であるならば、後悔しないためにも最後まで足掻いたという結果が欲しいと思ったのだ。
(まずは舌伸ばし!)
予想通り、紫ガエルは蜂谷を絡めとろうと舌を伸ばしてくる。
しかし、この攻撃は危なげなくかわす。
(次は毒液!)
先ほどはもう少しで攻撃が届くという距離で毒液を浴びてしまったが、今度こそ避けて反撃してみせると意気込む蜂谷に紫ガエルは先ほどと同様、奇妙な音を鳴らしながら毒液を吐きかけてきた。
(おらぁっ!)
しっかりと毒液を警戒していたため、これも身を捻ってかわした。
(がらあきぃっ!これでもくらえ!)
すれ違いざま、紫ガエルの横っ腹を針で深く深く切り裂いた。
紫ガエルは苦しそうな鳴き声を上げて倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
(よっしゃあぁぁぁ……今までで一番ピンチだったな。ピンチなのは現在進行形だけど。)
いまだに身体の虚脱感は時を追うごとに増しており、命の危機というものが現実味を帯び始めていた。
するとなんの脈絡もなく腹がぐぎゅぅぅと音を鳴らした。
(ははっ。こんな死ぬかもしれない状況だっていうのに腹は減るんだな。)
激しい戦闘を行った後だからか、とんでもなくお腹が減っていることに気がついた。
(解毒の方法を探すにしても腹ごしらえは必要だろ!ってことで、いただきます。)
倒した紫ガエルに牙を突き立て肉を食らう。
(おぉぉ!うめぇ!うめぇぞ!カエル肉は鶏肉の味に近いって聞いてたけど、本当だったんだな!)
夢中でカエル肉を食べている最中、自身の身体の変化に気づいた。
(あれ?身体のだるさがなくなってきてる?)
先ほどまで感じていた虚脱感が薄まってきていた。
身体に力が入るようになり、命の危機から遠ざかっているのが分かる。
(肉に解毒効果でもあったのか?でも若干だけどだるさは残ってるから解毒できてるわけではなさそうだし……うーん。)
今後も積極的に倒そうと思っている敵の情報だ。
分かっていることが多いに越したことはないが、現状確かな答えを得るには情報が足りていなかった。
(その辺はやりながら実証していくしかないか。とりあえず今日は巣に帰って寝よう。)
目先の問題は一旦棚上げして休息をとることにして、いまだ毒の影響下にある身体で家路に着くのだった。