006 単独勝利
(すっげぇ広い洞窟だな。)
巣からだいぶ離れたが、まだまだ終わりが見えない。
今更だが、周りは石で覆われており正に洞窟然としていた。
壁や天井は湿っており、所々苔むしている。
(俺でも倒せそうなクマ以外の魔物はいないかなぁ……ん?なんだあれ?)
ブーンと羽を振るわせて洞窟内を散策していると、前方に何か光るものを見つけた。
その正体を暴こうと慎重に近づいていく。
すると、謎の発光体の全貌がぼんやりと見えてきた。
(まさか、魔物か?)
光るものの正体は魔物の目だった。
魔物は自らの羽で浮遊しているようだ。
(フォルムは、コウモリっぽいな。)
しかし、それはあり得ない。
なぜならそのコウモリもどきには胴体がなかったのだ。
頭部と呼べる部分に大きな目玉が一つ付いており、さらに頭以上に大きな羽が生えていた。
(完全にファンタジー生物だな。だけどもうこれぐらいで驚きはしないさ。さて、問題はどう倒すかだ。)
ハチとして生まれ変わり、既に何度も驚かされてきた。
今更、一つ目のコウモリが出てきたくらいでは動じない精神性になっていた。
(どうやらあちらさんも単独行動みたいだな。)
注意深く周りを見渡しても、目の前のコウモリもどき以外に魔物の姿は見当たらない。
最初の相手としてはうってつけと言えた。
(普通なら怖くてたまらない場面なんだろうけど……やっぱり全然怖くないな。)
先ほどのクマとの戦闘同様、魔物という存在に対して全く恐怖心というものが湧いてこない。
それは死というものに対して鈍感になったような感覚だった。
(切り裂きのアンロック条件は、かみつき攻撃縛りで敵を撃破、だったよな。)
条件の再確認をして、改めてコウモリもどきに目を向ける。
(羽の扱いもだいぶ慣れてきたし、スピードで撹乱して隙あらばガブガブする作戦でいこう。よっしゃいくぜ!)
特に緊張するそぶりもなく、コウモリもどきが後ろを向いたタイミングで攻撃を仕掛ける。
(先制攻撃だっ!)
コウモリもどきの眼前に移動し、大きく口を開けて背中にかみついた。
完全に無防備だったコウモリもどきは「ギイィッッ!」と悲痛な声を上げながらも、羽を振り回して牽制してきた。
(おっと危ない。)
迫る羽をさっと避けると少し距離を取り、口に敵の血を滴らせながら相手の様子を観察する。
(中々良い噛みつきができた気がするぞ。その証拠に……)
コウモリもどきを見ると浮遊がうまくできずフラフラしている。
正直、もうひと押しで倒せそうだ。
(休む暇は与えないぜ!)
敵の状態から果敢に攻めるべきと判断し、再び攻勢に出る。
コウモリもどきは避けようとしたが、先ほどのダメージによってうまく動くことができず、羽の根元にかみつき攻撃を受けてしまった。
(食いちぎってやる!)
コウモリもどきは振り払おうともがいているが、くちばしが羽の根元をガッチリと咥えているため離れることができない。
ほどなくギチッと音がしてコウモリもどきの羽がちぎれた。
片方の羽を失ったことで地面に落下していく。
(よっしゃ!とどめえぇぇっっ!)
地面に落ちたコウモリもどきに追撃を仕掛ける。
もはや抵抗できそうにない様子でガブガブされるがままだ。
一心不乱でかみついていたのだが、コウモリもどきの抵抗が全くないことを確認し距離をとる。
(倒した……よな?)
口からは血がダラダラと流れており、コウモリもどきは見るも無残な姿となっていた。
(ぶっはぁ!結構体力使ったなぁ。)
戦闘に勝利したことに安堵するが、単独での初戦闘ということもあり予想以上に体力を消耗してしまった。
(これをあと何体やればいいんだろ……きっついけど、やるしかないな。)
それからは、コウモリもどきを見つけては後ろから攻撃を仕掛けて倒す作業を繰り返し行った。
どうやら蜂谷がいた場所はコウモリもどき達の生息地らしく、他の魔物に出会うことはなかった。
(これで15体か。結構頑張ったんじゃないか?)
眼下に倒れるボロボロのコウモリもどきを見下ろしながら、自身の頑張りを評価した。
(初日でこれは大したもんだろ。慣れてきたからか、途中からは身体のキレが上がった錯覚さえ覚えたしな。)
事実、後半の戦闘は前半の戦闘と比べて半分の時間で戦闘を終えることができるようになっていた。
(今日はこの辺にしとくか。今巣に帰ったら怪しまれたりするのかな?)
疲れが溜まってきたので本日の戦闘を切り上げようとしたところで、巣に帰った際の懸念が生まれてきた。
みんなが集団行動している中、長い時間単独行動を取っていたのだ。
手ぶらで帰ったらサボり認定されてリンチされる可能性すらある。
どうしようかと悩んでいると、今倒したばかりのコウモリもどきの姿が目に入った。
(そうだ!こいつの肉を巣に持ち帰れば怒られることもないだろ。)
先ほどハチ達が、倒したクマの肉を巣に持ち帰っていたことを思い出し、肉を持ち帰ってご機嫌を取ろうと考えたのだ。
大事な日に帰りが遅くなり、家族のご機嫌取りにケーキを買って帰るサラリーマンのような思考だった。
(そうと決まれば早速……)
コウモリもどきの肉を切り出そうとしたのだが、なぜかその動きが止まった。
(散々スプラッタな状況を自分で生み出してきたのに……いざこの肉が食用になるのかと思うと……うぇぇ。)
食に対する価値観はなぜか人間だった頃のものが強く残っているせいで、食べるための肉を切り出すという行為に中々踏み出すことができない。
(いや、でも慣れなきゃダメだな。この身体だってなにかしら食べないといつかは死ぬだろうし……ええい!ままよっ!)
そう思い直し、コウモリもどきに向かって牙を突き立てた。
(うぅぅぅ……ん?んー?んーーーー!?)
それはそれは気色の悪い感覚なのだろうと身構えていたが、訪れたのはなんとも例えようのない――悦楽だった。
(う、うめえぇぇっ!!うますぎだろっ!)
思いがけない美味しさに驚愕を隠せない。
持ち帰るための肉を切り出すだけのつもりだったが、口に入れた瞬間に広がった豊潤な香りに、思わず咀嚼して嚥下までしてしまった。
これほどの衝撃を前に、我慢などできるはずもなかった。
(うまっ、やばっ、これっ、とまんねぇっ!)
一心不乱にガツガツと肉を貪っていると、コウモリもどきはあっという間に骨だけの姿になってしまった。
(ぷはーーっ!食った食った。夢中で食べちゃったよ。コウモリってこんなに美味しかったのか?ってそんなわけないか。ハチに生まれ変わったのが原因と考えるのが妥当だ。)
ハチに生まれ変わったことで味覚も変わり、コウモリを美味しく感じるようになったのだろうと考えた。
(これは魔物を倒す楽しみが増えたな。今日のところはもう一体倒してから肉を持ち帰ろう。)
かけらほどの肉も食べ尽くし、巣に持ち帰るための肉がなくなってしまったので、もう一体のコウモリもどきを探しに飛び立つのであった。