047 強奪
翌日、俺は街の路地裏で途方に暮れていた。
「どうしよう。クランの場所がわからねぇ……」
なんとなく街に来れば分かるだろうと考えていた自分を殴りたい。
この街はかなり広い。
しらみつぶしに探すとなると、何日かかるか分かったものではない。
「昨日一人くらい生かしとけばよかったな。」
一人生かしておいてクランまでの道案内を頼むべきだった……
今更どうしようもない後悔をしながら頭を抱えていると、ふと視線を感じた。
(これは……。もしかすると、もしかするか?)
淡い期待を抱いて、先ほどより余計に項垂れてみる。
しばらくそうしていると、視線の主がゆっくりと動き出した。
◇ ◆ ◇
クラン『貪狼』のナンバー2であるガナンの死。
この報告には、クランマスターであるボレアスも冷静ではいられなかった。
「ガナンもやられただと!?間違いねぇのか!?」
怒鳴るボレアスにビビりながらも、報告係はありのままを口にした。
「ガ、ガナンさんは日暮れまでには必ず戻ると仰られていたので、今この場にいないのはそ、そういうことかと――」
「そういうことってのはどういうことだ。」
「ひぃっ!」
「そういうことってのはどういうことだって聞いてんだよぉっっ!!!」
「ごあっ!っあ゛!っあ゛ぁ゛!」
報告係の男は、怒るボレアスに首を掴んで持ち上げられてしまう。
指を外そうと力を込めるが、ボレアスの指はぴくりとも動かなかった。
それどころか力がどんどん増していき、指が首へとめり込んでいく。
そしてとうとう――
ゴギッという不気味な音を最後に、男の呻き声は聞こえなくなった。
男を殺してもまだ怒りが収まらないボレアスは、男の亡骸を乱暴に壁に叩きつけ、周りにいるクランメンバーたちに告げた。
「……何してんだ?」
「っ!……」
目の前で仲間が殺された。
今度は自分たちの番かと怯える男たちに向かってボレアスは叫んだ。
「さっさと例のやつを見つけて来い!今日中に見つけられなかったらてめえらも皆殺しだ!」
「っ!?」
なんという理不尽。
そうは思いつつも、目の前で実際に殺された仲間がいる。
そしてボスのこの眼。
冗談などでは決してない。
例の男を見つけられなければ確実に自分たちは殺されてしまう。
ボレアスの本気を感じ取ったクランメンバーたちは我先にとクランハウスから飛び出して行った。
「ふーっ!ふーっ!殺す!必ず殺す!生きたまま生皮剥いで犬どもの餌にしてやる!」
◇ ◆ ◇
(おっ、動いたな。)
動いたのは一人。
おそらく本隊への報告係だろう。
(今日の目的はいつもと違うからな……報告係を追いかけるのが手っ取り早いか。)
ということで早速報告係を追いかける。
その行動に驚いたのか、残った尾行チームも慌てて俺を追いかけてきた。
報告係の男は自分が尾行されているとはつゆ知らず、路地裏をガンガン突き進んでいく。
俺の考えに思考が追いついたのか、俺を尾行しているチームは顔を青ざめさせながら、「こいつマジか……」みたいな目を向けてくる。
その様子が面白くてニヤニヤしていると、報告係が建物に入っていくのが見えた。
どうやらあそこがアジトのようだ。
「ここか。いかにもだな。」
その場所は大通りからは大分外れており、いかにも悪者たちがいそうな薄暗くて不衛生な場所だった。
俺を尾行していた奴らは遠巻きにこちらを見るだけで、近寄ってこようとはしない。
幹部っぽいやつを殺したのだ。
あいつらのような三下は立ち向かう勇気を無くしてしまったのだろう。
「仲間の仇!」とか気概を持っている奴らなら対応が必要だったが、あの様子ならボスを殺せば大人しくなるだろう。
俺は尾行チームから目を逸らし、アジトの中へと足を伸ばした。
「たのもー。」
道場破りの常套句を口にしながらアジトに入ると、そこには追いかけていた報告係と椅子にふんぞりかえっている大男がいた。
「なっ!なんでっ!」
振り返った報告係はギョッとした表情を浮かべた。
バカめ。やっと尾行される気持ちがわかったか。
「なんでって……終わらせに来てやったんだよ。いい加減ストーカーの殲滅にも飽きてきたんでな。」
俺の言葉を聞いた大男は椅子から身体を持ち上げ、こちらへ歩み寄ってくる。
「お前が例の……。そうかそうか、悪かったなぁ。俺の手下どもが粗相しちまったみてぇで。」
目の前に止まった男は見上げるほどの身長で、2mは優に超えていると思われた。
「気にすんなよおっさん。子犬の粗相にいちいち目くじら立てる方がどうかしてるぜ。あっ……子狼って言った方が良かったか?」
「はっはっはっ!!威勢の良いガキだ!こりゃあ嬲り甲斐があるぜっ!」
そう言うと大男は、有無を言わせず殴りかかってきた。
とはいえ大振りな攻撃だ。
「おっそ。」
余裕を持ってバックステップで避ける。
正直落胆した。
これなら幹部クラスの方がよっぽど強かった。
考えが顔に出ていたのだろう。
大男が口を開いた。
「おいおいそんな顔すんじゃねぇよ。俺ぁステゴロは苦手なんだ。」
俺が回避行動を取っている間に移動していた大男は、壁に飾ってあった大斧を手にしていた。
「お気にの斧があるなら早く言えよ。そんくらい待ってやるから……お気にのワンピも着てこいよ。あ、待って想像したら気持ち悪くなってきた。ワンピは無しだ。そこまでは待てねぇ。」
「殺す!」
「――っ!!」
振るわれた斧の鋭さは、確かに先ほどのテレフォンパンチとは大違いだった。
咄嗟のスウェーで何とかかわしたが、逃げ遅れた髪が数本切り裂かれる。
「おら、おら、おらぁっっ!!」
自分のアジトだというのに、物が壊れてもお構いなしに斧を振り回してくる。
(さっきと動きが別人じゃねえか!)
ステゴロは苦手とか言っていたが、身体の動かし方が別次元だ。
斧を持っただけでこうも違いが出るものだろうか。
と、そこまで思考したところでスキルの存在に行き当たった。
(斧に関するスキルか!)
すると頭にスキルの情報が流れ込んで来た。
====================
斧術
アンロック条件:
1. 一定数の魔物を斧で倒すこと
====================
(やっぱりそういうのがあんのか!)
「どうした!どうしたぁ!?啖呵切っといてその程度かぁっ!!」
(くそ……スピードでは勝ってるはずなのに、斧の扱いがうますぎて攻められねぇ。)
斧術スキルによって向上された技術力が、蜂谷のアドバンテージであった身体能力の差を埋めてしまっていた。
(このままじゃ埒があかんな。)
斜めから振り下ろされる斧をわざと後ろに大きく避け、大斧の射程から逃れる。
そして最近お世話になりっぱなしのスキルの名を唱えた。
「雷撃!」
「っ!!」
大男は咄嗟に斧で雷撃を受け、すぐに斧から手を離した。
「なっ!」
この距離で初見の雷撃を斧で受けたのにも驚いたが、感電を避けるためにすかさず斧から手を離すという戦闘センスに驚愕してしまい追撃を忘れてしまった。
その隙が見逃されるはずもなく、大男がこちらに手を向けてきた。
「良いなそれ。もらうぜ。」
何か仕掛けてくる。
とりあえず短剣を手に防御の構えを取ろうとした時、大男がつぶやいた。
「強奪」




