046 消し炭
(スキルか……)
驚きはしたものの、冷静に考えれば男が持つスキルの作用によるものだろう。
男は用心深い性格なのか、徐々に距離を詰めてくるだけで中々手を出してこない。
と、思っていたのも束の間。
「うわっ!」
後ろで僅かに空気を裂く音が聞こえ、直感に任せ上体を右に傾けた。
すると短刀が服をかすめていくのが見えた。
「あっぶねー。1本隠してたのかよ。」
一応他にも短刀がないかキョロキョロと周りを確認する。
男は必殺の一撃を避けられたことに驚き、警戒レベルをもう一段階上げた。
「……初見で避けられたのは初めてだ。」
「正直今のはやばかったよ。自分で自分を褒めてあげたいくらいだ。」
「そうかい。それじゃああの世で盛大にパーティーでもするんだな!」
男が突っ込んできて短刀を振るってくる。
俺はそれを枝を使って受け止めようとするが……
「あれっ!?」
枝は残念ながらスパッと切られてしまった。
……どうやらスキルによって切れ味が上がっているだけで、頑丈さにはなんの補正も入っていない。
そういうことなのだろうか?
「……なめてんのか?」
枝で立ち合われたのが癇に障ったのか、こめかみをピクつかせながら猛攻を仕掛けて来る男に、短刀を受ける手段を失ってしまった俺は回避に徹する他ない。
「くっ……!」
隙をみて足蹴りを放つが、あっさり避けられた上に浮かんでいた短刀の追撃を受ける。
慌ててその場から飛び退ると、待ってましたとばかりに周りを包囲していた者たちが遠距離攻撃を仕掛けてきた。
「うわわわっ!」
慌ててそれらの攻撃を避けていると、今度は背後からまた短刀が襲いかかってくる。
「よっと!」
それを身を捻って避ける。
「ふん……大したやつだ。だが、それがいつまでもつか見ものだな。」
以降も男による攻撃と短刀による追撃に加え、周りの者からの遠距離攻撃が続く。
それらの攻撃を割と必死に避けながら、今のままではどうにもならない事に気づきため息を吐いた。
「はぁ……ちゃんと立ち合って思ったけど、人と魔物じゃ全然違うんだな。」
「ふん。対人戦は魔物を相手取るのとは全くの別物だ。最後に勉強になってよかったな。」
「いやいや、そういう事じゃなくて。人形態と魔物形態の話をしているのだよ。」
「……?」
まあ分からなくて当然だ。
彼らは魔物に姿を変えることはできないのだから。
改めて、人間はあまりにも丸みを帯びすぎている。
魔物の身体と比べて殺傷能力が低すぎるのだ。
だから武器を失っただけで直接的に敵を倒す手段が限られてしまう。
「人でのインファイトはまだまだ修行が必要だな……今回はしょうがないか。」
「……何を言っている。」
「こういうことだよ――雷撃。」
周りにいた者の一人に、加減なしの雷撃を放ち消し炭にする。
「なっ――!?」
仲間が殺されたことに男は驚きの声を上げた。
「どんどんいくぞー。」
男たちが動揺で固まっているうちに、雷撃を打ち込んでいく。
「な、なんだよあれ。」
「嘘だろ?ほんとに死んでんのか?」
「いやだ……死にたくないっ!」
最後の男は台詞と共に森の中に駆け出すが、そいつを優先して消し炭にする。
「逃げられると思うなよ。逃げ出したやつからビリビリしちゃうからな。」
その言葉に、自分も逃げようとしていたメンバーの足が地面に縫い付けられる。
「よしよし、良い子だ。ご褒美をやろう。」
そう言って再度雷撃を放っていく。
「死ねぇっ!!!」
やっと再起動した短刀使いの男が、必死の形相で切り掛かってくる。
それをヒラっと躱しざまに雷撃を放ち数を減らす。
「それだけの大技だ。ロストが近いんじゃないのか?」
短刀使いが引き攣った笑みを浮かべながら質問してきた。
「ロスト?……なんだそれ?」
聞き馴染みのない言葉だ。
ミーティングでやたら横文字を使ってくるクライアントを思い出しイラっとしたので、周りにいる奴らにガンガン雷撃を食らわせていく。
「ぐっ……やめろ。」
「え?なんだって?」
聞き返しながら雷撃を放つ。
「頼む!もうやめてくれ!」
短刀使いが大きな声で再度懇願してきた。
周りに大勢いた者たちもとうとう残り一人になってしまった。
「もうやめてくれって……お前らが仕掛けてきた喧嘩だろ。」
そう言って短刀使いの男のすぐ横に雷撃を放ち、後ろにいた最後の仲間を殺す。
「……うぅ。」
短刀使いは仲間を全て殺され、顔にはその憔悴がまざまざと表れていた。
顔を俯け震える様子が見てとれたが、その震えが止まり顔を上げたと思ったら、その目は異様なほどに血走っていた。
どうやら覚悟を決めたようだ。
「お前だけは絶対に許さん!たとえ死んでも必ず殺してやる!」
「おう。叶うといいな。」
そう言って弾丸のように飛び出してきた男に向かって雷撃を放つ。
他の者と同様、消し炭になるかと思いきや――
「えっ!」
雷撃の軌道を読んで避けてみせた。
そしてその勢いのまま切り掛かってくる。
「くぅっー!!」
先ほどまでとは人が変わったかのような苛烈な攻めに、身体への損傷はないものの、短刀が衣服を切り裂いていく。
距離を取ろうにも、男の目は既に死を覚悟している。
多少距離を空けたところですかさず詰めてくるだろう。
それならば、こちらも一つ覚悟を決めるしかない。
男が繰り出してきた短刀を持つ手を掴みにいく。
「いづっ!」
うまく軌道を逸らすことができず、脇腹を短刀の刃が通過する。
「おらぁぁぁっ!!」
この痛みを無駄にしないためにも歯を食いしばり、掴んでいた手に力を込め短刀使いを投げ飛ばし、強制的に距離を取った。
「はぁ、はぁ……まさか雷撃を避けられるとはな。」
「目線と手の動きでバレバレだ!強いのはスキルだけで対人戦は素人同然だなぁっ!」
「……言いたい放題言いやがって。避けれるもんなら避けてみやがれっ!」
そう言って再度雷撃で攻撃するも、男は簡単に躱してしまう。
こちらの視線と手の動きを見て事前に避ける動作を開始しているのだ。
何度も雷撃を放つが、全て躱される。
「所詮新人冒険者かっ!貪狼に楯突いたことを後悔しながら死んでいけ!」
そう言ってこちらに直進してきた相手に、俺は再度雷撃の構えを見せる。
「ふんっ!馬鹿の一つ覚えか!」
こちらの視線と手の動きを見て回避動作を取る相手をよく見て、俺は発動ポイントを決めた。
「雷撃!」
「――なっ!?ぐあぁぁぁっっっ!!」
男は、真上からいきなり顕れた雷撃に反応できず、直撃を浴びてしまう。
しかし、発動ポイントに意識を割きすぎたせいか威力はそれほど出なかったようだ。
その証拠に、満身創痍ながらも男はまだ生きていた。
「初見であれは避けられないよなぁ。分かる分かる。」
自分自身、電気ウマに同じことをやられたため気持ちは痛いほど分かった。
「――あ、そうだ。相棒が折れて困ってたんだった。今日からこの短刀を相棒にしよう。」
俺が勝手に男の所持品を物色していると、息も絶え絶えと言った様子で男が口を開いた。
「ス、スキルに頼ってる……ようじゃ……ボスには絶対……勝てねえ……ぞ。」
「へぇー、そうなんだ。忠告傷みいるよ。」
「……くそ野郎が。……殺せ。」
「はいよ。」
殺したい相手から殺せと言われたので、素直に雷撃で殺してあげた。
「よしっ!後はボスとやらを殺ればストーキングもなくなるだろ。」
今殺した男はどうやら言動からしてクランの幹部クラスのようだった。
とすると、幹部が死にボスも死んだとなれば、残党たちも俺に関わろうとするのはやめるだろう。
「今日は疲れたし明日にするか。」
身体はまだまだ元気なのだが、精神的に疲れたので今日は帰って休むことにした。
拠点に戻ると、レイが準備運動をしていた。
「よっ。戻ったぞー。」
「……おかえりなさい。っ!師匠、服が……」
「あ?あぁ。野良犬と戯れてたら破れちまってな。怪我はないよ。」
「……そうですか。」
ほっと安心した様子を見せるレイに、気になっていたことを聞いてみる。
「そんなことより、最近一緒に走れてないけど問題は起きてないか?」
「はい、大丈夫です。体力がついてきたみたいで、まともに走れるようになりました。」
貪狼の奴らがレイに接近してないか懸念していたのだが、尾行していた奴らを拠点から離れた場所に誘導していたことが功を奏し、レイの存在は気づかれていないようだ。
「そうか。それはすごい成長だな。」
「――っ!いえ、そんな……まだまだです。」
レイは俺の言葉に照れたように俯いた。
もうこひゅつくレイを見れないのは寂しくもあるが、体力がついてきているのは喜ばしい事だ。
「何か問題があれば言えよ。」
……と、ふと目線を下げたところで靴がボロボロになっていることに気づいた。
「っと。早速問題ありだな。明日街に行くついでに靴を買ってこよう。」
「あ、ありがとうございます。」
レイが安心してトレーニングできる環境を作るためにも、明日は確実に決着をつけないといけないな。
レイの頭を撫でながら、俺は明日の殴り込みへの決意を強いものにした。




