043 ツリーハウス
「戻ったぞー……って、ん?」
台車で荷物を引きながら拠点に戻ってくると、レイの姿が見えなかった。
少し注意深く見てみると、ベッドとして利用している木くずから、鼻と口だけがのぞいていた。
「何してんだ?」
声をかけると、ベッドの中から木くずまみれになったレイが現れた。
「……見つからないように、隠れてました。」
「そ、そうか。」
一人で心細かったのだろう。
日中は魔物が出ないとはいえ、やはり住処については早めの対応が必要そうだ。
「街でパンと飲み物買ってきたから食うぞ。」
持っていた麻袋から買ってきたパンと水を出す。
「え?食事なら今朝……」
「これからは朝昼晩3食しっかり食べてもらうぞ。冒険者は身体が資本だからな。」
「1日に3回も……」
「パンが意外と安くてな。今日みたいに素材を持ち込めば充分用意できそうだったぞ。」
レイにパンと木からくりぬいて作っておいたコップを渡し、水を注ぐ。
その間、レイは何か考えるように黙っていた。
「どうした?なんか考え事か?」
「……パンは稼ぎが良い人たちの嗜好品です。そのパンを安いと感じたのなら、持ち込んだ魔物の素材の買取価格が高かったのだと思います。」
「あー……そういうことか。」
レイの考察を聞き、なんだか色々なことに合点が入った気がした。
絡んできた男たちの所持金。
受付女性が言っていた、この拠点が危険域という区域に属していること。
そしてやたらとひとりで行動しているのかを確認していたこと。
これはつまり、新人冒険者とは一般的に、1日の稼ぎは銀貨1枚にも満たず、危険域などは分不相応であり、ましてや単身で野営するなど考えられない行動……ということだろう。
「まあいいや。なるようになるだろ。」
注目を集めるのが面倒だとも思ったが、既に今更だ。
それなら気にせずイレギュラーなことをやりまくって、またアイツかってなるくらいの状況を作った方が後々楽になりそうだ。
「あ、そうだ。」
「……?」
考えが一つまとまったところで、まだ購入したものがあるのだったと麻袋をゴソゴソと探る。
「これ、サイズ合ってるか履いてみてくれ。」
「こんな立派な靴……良いんですか?」
「臨時収入で買ったものだから気にするな。今履いてる靴も限界がきてるみたいだしな。」
「……」
視線を下に向けるレイ。
そこにあったのは、布で足を覆って紐で縛っているだけの、靴というのも憚られる代物だった。
加えて右足の先っぽ部分が破れ、親指が見えている。
レイは紐を解いて布を取り去り、受け取った靴にそっと足を通す。
「……ぴったりです。」
「いや、ちょっとでかいだろ。」
明らかにブカブカなのが見て取れる。
「……」
「無理して合わせる必要ないぞ。感想は正直に述べるように。」
「……はい。少し大きいみたいです。」
「成長期だし、大きくなった時に使えるだろ。明日またぴったりのやつ買ってくるから。今日はそれで我慢してくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
「あと、孤児院のシスターから服を1着もらってきた。いつか街に戻ったら自分でお礼を言うように。」
「はい。」
「……勧誘には乗るんじゃないぞ。」
「……?」
服を調達できたとはいえ、それは非常に質素な服だ。
森で暮らす以上、もっと丈夫な服が必要になるだろう。
人間として生活するとどうしても金がかかる。
台車も手に入れたことだし、もっと獲物を運ぶべきだろう。
そんなことを考えながらパンを齧ると……齧れなかった。
「……かった。」
「……硬いです。」
食べ慣れたパンを想像していただけに、あまりの硬さに驚きを隠せない。
「パンは嗜好品なんじゃねえのか?こんな硬いのどうやって食べるんだよ。」
「水に浸せば柔らかくなるみたいです。」
「おー!だから水も一緒に売ってたのか。」
レイの言うとおり、水に浸すとパンが柔らかくなり食べられるようにはなったが……
「んー……」
お世辞にも美味しいとは言えない。
これなら自分で作った方がマシだ。
(流石に焼きたては柔らかかったはずだよな……それなら水分の蒸発を防げれば良いってことか?1回作ってみるのもありだな。)
料理への興味など全くなかったのに、なまじ知識があるからこそ食生活の改善をやりたくなってしまう。
「となると石窯か。そのうち石窯作りも挑戦してみよう。……なんかサバイバルっぽくていいな。」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、ぶつぶつ呟いていると、レイがじーっとこちらに視線を向けているのを感じた。
「……なんだよ。」
少しだけ……ほんの少しだけ気持ち悪くなっていた自覚はあったので、なんとなくきまりが悪い。
「なんだか……楽しそうです。」
「……」
純粋にそう思っただけなのだろう。
そこに自虐や羨望の意思は感じ取れなかった。
だからこそ、素直な気持ちを返そうと思い口を開いた。
「そりゃそうさ。誰にも行動を縛られず、自分の思ったことを好きなタイミングで実行できる。これ、控えめに言って最高だろ?」
「誰にも……縛られない……」
縛られた人生を送ってきたレイにとって、その言葉が心の隅々に染み渡っていく。
「とはいえだ。今のお前に自由は荷が重い。自由を成すには力も必要だからな。」
残ったパンを口に放って立ち上がる。
「そのためにも今は――走りまくれ。」
「はい!」
レイは気力の漲った顔で応えてくる。
こちらとしても指導のし甲斐があるというものだ。
しかし、現実は無情だった。
「がはっ!ゲホっ!ゲホっ!ぅえぇぇぇ……こひゅーこひゅー」
またしてもそんなに走ったわけでもないのに、とんでもない顔でダウンしたレイを見て、つい口から本音がこぼれてしまう。
「これは……ダメかも分からんね。」
そうは言ったものの、一度引き受けたものを簡単に放り投げるほど無責任ではない。
その後も俺は、休憩を挟みつつレイをひたすら走り込ませた。
「……うん。今日はもう限界だな。」
「がひゅっ!がひゅっ!ばはぁっっっ!……こひゅーこひゅー」
モザイク必須な顔をしたレイを見て、これ以上はもう心が壊れると悟る。
「川から水くんどいたから、汗流したら着替えて休むように。」
「……ぁ゛い゛」
なんとか声を振り絞るレイを尻目に、食用に魔物の解体を進めていく。
解体がひと段落したところで、ちらりとレイの様子を確認する。
(……よし、寝てるな。)
レイが寝ていることを確認し、魔物の生肉を用意する。
(最近生肉食ってなかったからな。)
レイの目を気にして生肉を食べていなかったのだが、最近なんだか無性に食べたい欲が出てきたので、レイが寝ている隙にこっそりいただくことにした。
流石に魔物に齧り付いているところを見られるとどうしようもないので、切り分けた生肉に齧り付く。
(――っ!!んぅぅぅ!これこれ!)
決して美味しいわけではないが、何か体に足りないものを満たしてくれる感じが良い。
(焼いた肉の方が味覚的には絶対に美味いのに……不思議だ。)
ダンジョンの魔物はこれの比ではないほどの快感を得られたので、機があったらまた潜りたいものだ。
腹ごなしがすんだところで、拠点の目印にもなっているどっしりとした大木を見上げる。
「家、つくるか。」
家を作るなんて気軽にやれることでないことは分かっているが、今は活力が無限に湧いてくる。
夏休みの小学生と同じくらい動けてる自信がある。
いや……今時の子はクーラー効いた部屋でピコピコが主流か……
「まずは下見だな……ほっ!」
その場で弾みをつけて、一足飛びに木の上に飛び乗る。
「うーん。ここら辺はカットしてっと……この辺に床板敷けば、生活スペースとしては十分かな。柱は……こんだけしっかりした枝があれば、柱もいらないか。」
大木の大きな枝をカットして、中央に開けたスペースを作る。
柱をどう立てようかと思ったが、周りに自分の胴よりも太い枝が生えているのだ。
せっかくだからこれを柱に見立てよう。
ということで早速周りの木を伐採し、板に加工していく。
「こんだけあればいいか。」
木の上に加工した板を運び込む。
「釘なんてないからなぁ。ぎゅっと結んどこう。」
そこら辺にたくさんある蔦を集めて、加工した板を筏を作るように縦横に組んでぎゅっと結ぶ。
身体能力が上がったおかげで普通以上にキツく結ぶことができる。
蔦もだいぶ頑丈なようで、こっちの結ぶ力にも平気で耐えてくる。
「おー、いいねいいね。床はこれでよしっと。お次は――」
次に、床板の端っこの中央に長方形の切り込みを入れていき、加工した板を更に加工して切り込みにはめ込み、床板を作った要領で板を結び合わせていく。
これを四方に行えば――
「壁もこれで完成だな。出入り口は……こっちにするか。」
四方が壁に囲まれる形になったので、出入り口にしたいところに相棒の枝を振るって外に通じる四角い穴を開け、加工した木枠をはめ込んでいく。
「扉は……追々考えるとして、あとは屋根だな。」
屋根は雨を流すため斜めに木を組んでいき、組んだ木に対して垂直に板を結びつけていく。
蔦と大きな葉っぱをつなぎ合わせ、縦横に組んだ板にたっぷり被せていく。
「屋根はこれでいいか……ついでに……」
つなぎ合わせた蔦と葉を出入り口にも吊り下げてみた。
「よーーーしっ!!ツリーハウスの完成だーーーっ!!」
手作り感が極まってはいるが、それでも雨風は充分防げるだろうし、枝や葉っぱに隠れて周りからは見えずらくなっているし、そもそも高所にあるため魔物対策にもなる。
材料費も0円で、ハッピープライスパラダイスだ。




