042 蘇らせる……何度でも
いつも賑わっている冒険者ギルドだが、今日は少し様子が違った。
(……恥ずかしい。めっちゃ見られてる。)
既に門兵のおじさんによって、自分が原始人ムーブをしていることは自覚している。
その点に関してはしょうがないと割り切っていたのだが、冒険者ギルドに獲物を持ち込んで、受付にズルズルと引きずっていたところ……
「……すみません。外に大きく書いてあったと思いますが、素材の持ち込みは別の場所になっております……というかよくそれを持って歩けますね……」
という具合で、大勢の前で赤っ恥をかかされてしまったのだ。
確かにギルドの外側に大きく書いてある。
書いてあるのだが……何と書いているのか全くわからない。
しかし、それも言い訳にはならないだろう。
文字がわからない人向けにそれっぽいイラストは書いてある。
これは自分の注意力欠如を反省すべき案件だ。
とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
ちゃんと適切な場所に素材を持ってきたのだが、獲物を引きずっているため未だに注目を集めっぱなしだ。
「次の方どうぞー。」
俺の番が来た。
さっさと終わらせよう。
周りを見てみると、みんな受付テーブルに台車を横付けしていたので、せめて形だけでも同じようにしようと、受付テーブルの横に獲物をドスン、ドスンと並べる。
「これとこれをお願いします。」
「うわっ!……え?台車はどうしたんですか?」
「すみません。新人でその辺の知識が入ってなくて……さっき門番の兵士さんに台車のことは教えていただいたので、次からはちゃんと利用するようにします。」
言われるのは分かっていたのですらすらと謝罪と改善の意思を伝えたところ、思わぬ反応が返ってきた。
「え?新人冒険者なんですか?」
「はい。昨日登録したばかりです。」
「うそ……ちょ、ちょっと冒険者証を拝借してもよろしいですか?」
「どうぞ。」
首から下げていた冒険者証を受付の女性に渡す。
女性が羊皮紙っぽい紙の上に冒険者証を置くと、羊皮紙に文字が印字されていく。
(なにあれすごい)
いきなりのファンタジー要素に内心浮かれていると、女性は確認が取れたのか顔をこちらに向けてきた。
しかし、その顔には尚も驚きが張り付いている。
「本当に新人さんなんですね……驚きました。」
これはどうやら獲物引きずり事件とはまた別物のようだ。
知りたくない気持ちもあるが……知っておくべきだろう。
「なぜそんなに驚いてらっしゃるのでしょうか?」
「……ちなみにこの2体の魔物のことはご存知ですか?」
「……?姿形と戦闘スタイルくらいは把握しておりますが……」
何を意図した質問か掴めず、ふんわりした回答になってしまった。
「ご存知なかったのですね。こちらのグロースボアは剛級冒険者への登竜門として位置付けられている魔物でして、ガレラドルギルドにおいては、この魔物を1人で倒すことが剛級冒険者になるための必須条件となっております。」
「……なるほど。」
「そして、こちらのファンヴォルフは3体1組で狩りをする習性を持った魔物でして、 個々の強さはグロースボアに劣りますが、3体同時に相手取る場合は、グロースボアよりも厄介な魔物として知られております。破級冒険者が単独で対峙した場合の生存率は5%以下とも言われていますね。」
「……なるほどなるほど。」
「ちなみに……この魔物はあなたお一人で?」
「……はい、なんかその……ラッキーが続いて。」
「ちなみにちなみに……この2体の生息域はフリーデン大森林の4つに分けられた区域、安全域、警戒域、危険域、侵入禁止域の中の危険域に属するのですが……そんなところにあなたお一人で?」
「……森に不慣れで迷っちゃって――」
「ちなみにちなみにちなみに……先ほど門番の兵士さんに教えてもらったって言ってましたよね?それはつまり、今朝森から帰ってきたということ。つまりつまり、昨晩は森で一夜を過ごしたということ……ですよね?それもあなたお一人で?」
「……息を潜めて震えていただけです。」
なぜだ。
何も悪いことはしていないはずなのに、なぜかどんどん追い詰められている……
なんかもう、帰りたい。
「い、いいい、逸材よ……逸材だわ。これだからこの街の素材受付はやめられないのよ。この瞬間、この感動こそが私を蘇らせる……何度でも。」
(何だこの人、元ヤンのスリーポイントシューターか?ぶつぶつ独り言呟いてて怖いんだが……)
何だか面倒になってきたので、獲物を置いて帰ろうかと真剣に考え始めたところで受付女性が我に帰った。
「はっ!すみません。私ったらつい……素材の査定をさせていただきますね。」
そこからの受付女性の動きは早かった。
テキパキと持ち込んだ魔物の状態を確認しながら紙に何かを書き込み、あっという間に査定が終わった。
「査定結果は、合計で銀貨2枚となります。本来であれば銀貨3枚と言いたいところですが、長い距離を引きづられたことで広範囲に損傷が見られることが減額の原因です。こちら全て売却でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
通貨の価値が分からないのでゴネようがないし、そもそも引きずってきたことが減額につながるのは当たり前なので、査定結果は素直に受け入れた。
「承知しました。それではこちらお受け取りください。あっ、台車も良かったらそこにあるので持っていってくださいね。」
受付女性から銀貨を2枚受け取る。
この世界で初めての労働だ。
会社員として給料を貰っていた時よりも、自分で稼いだ感があって気分が高揚する。
「ありがとうございます。またお願いします。」
「はい!今度も是非私のところに来てくださいね!」
「……あ、はーい。」
この人のところには二度と行かないと心に誓い、台車を引いてその場を後にした。
査定所を出たところで、何やら近づいてくる者たちがいる。
「よっ!にいちゃん!新人冒険者なんだって?」
「随分景気良かったみたいだな!」
「……はぁ。」
先ほどの査定を見ての発言だろうが、何を意図して近づいてきたのか謎だ。
とりあえず、歩みは止めずに話を聞いてみる。
「でもにいちゃん。獲物を引きづるのはいただけねえなあ。」
「あぁ。ありゃまずいぜ。せっかくの素材が台無しだ。」
「……はぁ。」
話の流れは掴めてきたが……非常に面倒な予感がする。
まだまだ歩き続ける。
「そこでだ。俺たちが冒険者のいろはを教えてやるってなもんよ!」
「俺たち破級冒険者の指導を受けられるなんて中々ないぜ?」
「全くだ!俺たちが偶然通りかかって良かったな!」
「……」
無視して歩き続ける。
「おいおい!どうしたんだよ!金の心配でもしてんのか?」
「それならしょうがねぇ。本来は銀貨2枚は頂くところだが、今回は特別に銀貨1枚でいいぜ?」
「……」
無視して歩き続けた結果、ようやく適した場所に来ることができた。
「テメェッ!良い加減にしろよ!」
「俺たちを無視して歩きやがって!舐めてんじゃねえぞ!」
良きタイミングでチンピラ2人が本性を見せてくれたので、満面の笑みで振り返る。
「あー良かった。本当の善人だったらどうしようかと思ったぜ。」
「「へっ?」」
この後、めちゃくちゃボコボコにした。
顔面がありえないくらい腫れ上がったふたりを正座させ、睨みつけながら確認する。
「これで有り金全部か?」
「「あ゛い゛……」」
「俺だって弱肉強食を否定はしないさ。その理論の上で、今回はお前たちが食われたってわけだ。まさか文句はねえよな?」
「「あ゛り゛ま゛せ゛ん゛」」
「よし、もう行っていいぞ。」
「「失゛礼゛し゛ま゛す゛!!」」
去っていく二人の背中を眺めながらつぶやく。
「破級冒険者って確か俺の2個上の階級だよな?こんなに稼ぎ少ないもんなのか?それともあいつらが使い込んでただけか?」
手の中には、没収した銅の貨幣が8枚。
先ほど手に入れた銀の貨幣よりも装飾が凝っていないことから、価値が下なのだろうと予測される。
「まあいいや。これで食べ物を買って帰ろう。」
冒険者の稼ぎがイマイチ掴めず、モヤモヤした気持ちを抱えながら大通りへと戻っていくのだった。




