033 街
「やっと着いたぁ。」
洞窟を出て7日目。
とうとう防壁が目視できるところまでやってきた。
(おー!人だ!人がいる!)
大きな扉の前には2人の鎧を纏った兵士のような格好をした者が、槍を立てて立っていた。
人を見た感動で興奮するも、この距離で大声をだすとバレかねないので声を潜める。
(門番がいるパターンか。さて、どういうプランでいこうかね..」
さすがに衣服がボロボロの子どもが出て行ったとしても、その背景があやふやだったら怪しまれるに違いない。
(世捨て人の師匠と森で修行してて!……うーん。よくわからないんですけど、気付いたら森で寝てて!……うーん。)
脳内で即席プランを設計していると、ギィィという大きな音を立てながら、扉の片方が街側に開いていく。
中からは軽装の防具で身を包んだ者たちがゾロゾロと出てきていた。
(チャーーンスッ!)
作成していたプランを全て放り投げ、隠密を使用してドキドキしながらソロリソロリと扉に近づいていく。
茂みから身を乗り出しても気づかれる様子はない。
出てきた人たちの目の前を歩いてみるも、誰もこちらに気づかない。
このまま中に入ろうと思ったその時。
「おい待て!」
(――っっ!!?)
呼び止められた。
プランも先ほど放り投げてしまったので手元には残っていない。
万事休すと冷や汗をダラダラ流して硬直していると、静止してきた男が続く言葉を口にした。
「忘れもんだ!」
ぶんっと持っていたものを放り投げる。
それを受け取ったのは、扉から出てきた人たちの内のひとりの男だった。
「『あんたが飯を忘れるなんて、今日は竜が降るかもね』だってよ!」
「ぐっ、あいつめ、余計なことを。」
男に対してその場にいた皆が大笑いしているのを機に、そっと扉の中に身を滑り込ませた。
(ふー。なんとか潜り込めたな。)
額の汗を拭って前方を見渡すと、そこには西洋の街並みが広がっていた。
(すげぇ。)
海外旅行をしたことがないので、日本以外の建築様式を目の当たりにして心が震える。
感動したのは建物に対してだけではない。
(人がめちゃくちゃいる。)
念願の人里に来たことで、やはり心のどこかで安心感を得ている自分がいた。
(まずは衣食住の確保だけど……なにをやるにも金が必要だからな。とりあえず金を稼ぐ方法を探そう。ハロワみたいな場所はあるのか?あったとしても子どもに仕事を紹介してくれるだろうか?その場合は――)
早速やることを定めて歩き出そうとしたところで、ふとした考えが頭をよぎり足が止まった。
(なんか、生き急いでる感じがする。)
よく考えてみれば、今日中に金を稼ぐ必要はない。
なぜなら、このまま金が稼ぐ手段が見つからなくとも森に出て魔物を食べ、木の枝にしがみついて寝れば充分生きていけるからだ。
不便はあるが、それが不満かと言われると断言できなかった。
(最悪、全部捨てて魔物として生きていきゃ良いんだ。気楽にいこう。)
人間だった頃の常識で言えば絶望的な状況だろうが、ハチになってからこれまで身一つで生きてきたという事実によって物事を楽観的に捉えることができるようになっていた。
これが、人間だった頃の蜂谷と魔物になった蜂谷の決定的な違いといえた。
人間社会ではそれまで築いてきた信頼や地位、自尊心など主観的、客観的な視点という鎖が邪魔をして、全てを投げ出し自由に生きることなど到底できなかった。
しかし、誰を頼ることもできず一人で生きることを強いられ、それを乗り越えた今、蜂谷を縛る鎖は一つも残っていない。
(こんな素敵な街なんだ。とりあえずぶらっと見て回るか。)
考えを改め、街の観光を行おうと今度こそ歩き出す。
(うーん、こんなボロボロな服で歩いてる人はいないよな。変に注目されたくないし、隠密は継続しとこう。)
街を歩いている人の中で、自分のようなボロボロのつぎはぎ服を着ている人は一人もいない。
こんなところで隠密を解いてしまっては人目を引いてしまい、予期せぬトラブルに巻き込まれかねないので隠密の解除はやめておく。
(はー、それにしてもすごいな。八百屋とか雑貨屋があるのはわかるけど……やっぱ武器とか防具を売ってる店もあるのか。)
果物や雑貨を売っている店などは当然馴染みがあるが、武器や防具が当たり前のように露店販売されている光景は流石に違和感がすごい。
そんなことを考えながらぼーっと歩いていたため、前から走ってきた男の子に気づかずぶつかってしまった。
(ん?)
「うわっ!……あれ?」
身長的に10歳くらいの男の子は尻餅をついてきょとんとした顔を浮かべていた。
自分は何かにぶつかって転んだはずなのに、そのぶつかった対象が見つからなかったからだ。
(あぁ、この子にぶつかられたのか。)
木の葉が身体に触れたくらいの違和感しか感じなかったため、気づくのが遅れてしまった。
強くなるのも困り物だと呑気に思考を巡らせていたところで、大事なことに気が付く。
(やべ、今ので隠密解けちゃったかも……と思ったけど……そうでもなさそうだ。)
目の前の男の子は状況が把握できずキョロキョロと周りを見渡している。
(ふーん。これくらいの衝撃だと解けないのか。相手の強さにもよるのかな?)
また一つ追加された隠密の情報について思案しつつ、男の子の格好に目を向ける。
自分と同じとは口が裂けても言えないが、街行く人に比べると質素な衣服を身につけていた。
(ふむ。)
考え事をしている内に男の子は立ち上がり、通りから外れた道へと走っていく。
(行ってみるか。)
なんとなく男の子のことが気になったので、あとを尾けることにした。
「ほんとなんだって!見えない壁があったんだよ!」
「はいはい。わかったから早く手の傷を消毒しましょう。」
「全然信じてないじゃん!」
男の子について行ってみるとそこには教会のような施設があり、掃除をしていたシスター服の女性が男の子を施設の中に誘導していた。
(孤児院、か?なんかイメージと違うな。なんていうか、綺麗だ。)
孤児院といえば施設自体がボロボロで、着ている衣服もボロボロ。
子どもたちは痩せ細っているという印象を勝手に持っていたのだが、そのイメージとは正反対のようだった。
施設は年代を感じさせはするものの、掃除が行き届いているのか清潔感があり、シスターが着ている服も、子どもが着ている服もシンプルではあるが、決してボロボロではない。
男の子からは、むしろ健康的に育っている印象を受けていた。
(情報収集はどこかでやらなきゃいけなかったし。会話の難易度的にもシスターはちょうど良いかもな……ん?会話?)
ここでふとあることに気づいた。
(そういえば、こっちの言語わかんねぇ。)
英語すらまともに喋ることができないのに、異世界語などもってのほかだ。
(あれ?でも喋ってる内容は理解できてるな。)
思い返してみると、城壁の扉で話していた者たちの会話も、今目の前で行われていたシスターと男の子の会話も全て日本語のように聞こえていた。
(擬態の効果か?……まあ、損してないならなんでも良いか。周りに人は、いないな。いざ!)
会話をする必要があるため、周りに人目がないことを確認して隠密を解き孤児院に歩み寄る。
中を覗き込めるような窓はないため、扉を少し開けて中の様子を伺ってみた。
子どもがたくさん歩き回っているのを想像していたのだが、そこにはベンチが並んでいて、女神像のような大きな石像があり、石像の背後にステンドグラスがある、まさしく教会といった様子だった。
「失礼しまーす。」
念のため断りを入れて、教会の中へと入る。
教会の中も掃除が行き届いており、古めかしくも、汚いという印象は全く受けない。
むしろ自分の方が汚れがひどいので、こんな格好で侵入したことを申し訳なく思うほどだ。
「どなたかいらっしゃいませんかー。」
教会の独特な雰囲気に大声を出すのが憚られたため、控えめな声で呼びかけてみる。
しかし、だれかに届いているような気配はない。
「流石にこれ以上奥に入っていくのは違うよな。」
一旦仕切り直すかと考えていると、奥の扉が開き、中から先ほど見たシスターが現れた。
「きゃぁっ!」
どうやら俺の存在に驚いたようで、悲鳴のような声をあげる。
ここで下手に動くと更に不安にさせそうなので、一旦彼女の反応を伺うことにした。




