032 謎の化物
「洞窟から出てもう3日か。人間の街、全然見つかんないな。」
いつ人と出会っても良いように人の姿で森を散策しているのだが、これが中々に効率が悪い。
飛んでいれば気にする必要のない悪路でも、人の姿だと一々気にしなければならない。
飛行の快適さを知っているからこそ、歩行の非効率さが気になってしまう。
「人とも全然会えないし。もう元の姿で飛ぼうかな、ってあれ?……あっ、やばいやばいやばい。これは激ヤバ。こんなのに気づけなかったなんて末代までの恥だ。」
ふとしたきっかけから、自身の恐ろしいまでの不明さに気づいてしまった。
見落としていた事実、それは――
「森の上から確認すれば良いじゃん……」
洞窟からなんとなくずっと人の姿で歩いてきていたため、空を飛ぶという行為が完全に頭から抜けていた。
ともあれ、善は急げだ。
早速擬態を解き、羽を震わせ空へと飛び上がる。
とんでもなく背の高い森だが、飛んでしまえばどうということはない。
木々を抜けるとそこには、辺り一面見渡す限り森が広がっていた。
「ふぁー。こんなに広い森だったんだな。」
どこを見渡しても、森、森、森。
通りで人里が見つからないわけだ。
「ただ、終わりがないわけじゃなさそうだな。うっすら山が見えるし……ん?」
視界をスライドさせていると、遥か向こうに人工の壁のようなものが目に入った。
「あれは……防壁か?ってことは、もしやあの向こうにっ!」
念願の人里発見のチャンスに、ドキドキが止まらない。
「いざっ!!――っとぉ、危ない危ない。服を忘れるところだった。」
気持ちが逸り一刻も早く飛んで行こうとしてしまったが、肝心の服を忘れてしまっていた。
服を回収し、いざ出発という時。
ふとした懸念が頭をよぎった。
「……もしあの防壁に見張りが立ってたら、人間の姿で近付かないとまずいよな。」
できるだけ近くまで飛んでいって、あとは歩き。
というのも考えたのだが、この世界に双眼鏡や望遠鏡のようなもの、あるいはそれに類似するスキルがあったとしたら完全にアウトだ。
「まっ、方角は分かったんだし、のんびり歩いて向かうとするか。」
◇ ◆ ◇
ガレラドルのギルド併設の酒場は、昼間から冒険者たちで賑わっていた。
酒場のカウンターで飲んでいる2人の男たちが、巷で最近話題になっているとあることについて話している。
「なあ知ってるか?あの噂。」
「噂っていうと……あぁ、あれか?鋼の翼が見つけたっていう。」
「なぁんだ知ってんのか。驚かしてやろうと思ったのに。」
酒のつまみにでもしようと話題を振ったのだが、相手も既に知っているらしく、男はしらけた様子でジョッキの酒を飲もうとした――
「驚くも何も、あんな噂誰が信じるんだよ。」
――が、その手を止めてニヤリと笑う。
「おやおやぁ?その様子だと最新の情報をご存知でない?」
「その気持ちわりぃ顔をやめろ。酒がまずくなる。」
「ふっふっふ。そうかそうか、まだ知らないのか。ならば教えてやろう!実はその話には続きがあってだな――」
「フリーデン大森林に謎の化物だとぉ?」
ガレラドルのギルド長室では、ギルド長が秘書官から報告を受けていた。
「はい。最初の報告者は破級パーティ『鋼の翼』です。魔門付近で野営を張ろうとしたところ、推定体重300キロの魔物の骨が散乱している現場を発見。焚き火跡がなく、骨の散乱具合から見ても魔物ではなさそうとのことで違和感を感じ、野営を張らずに街へ帰還。帰還後すぐにギルドに報告をしたそうです。」
「ふん。破級パーティか。大方ギルドに対する点数稼ぎで口から出まかせを吐いておるのだろう。」
ギルドへの点数稼ぎというのは事実存在しており、これはギルドへの貢献度として加算されていく。
加算とはいうものの定量的ではなく定性的なもので、例えば、誰もやりたがらない依頼をやったり、毎日依頼を受けていたりなど評価ポイントは様々あり、担当した受付がそれらの印象に残った出来事を報告し、それらを総合的に判断してギルドへの貢献度が高いか否かを判断している。
ギルドへの貢献度が高いと昇級審査が有利に働いたり、割りの良い依頼を優先的に回してもらえたりする。
冒険者にとっては上げておいて損はないポイントというわけだ。
「それに関してですが、鋼の翼の調査をしたところギルドへの貢献度は非常に高く、虚偽の報告等は1度も確認されておりません。酒癖の悪いメンバーが1名いるようですが、リーダーが手綱をしっかり握っているようで、パーティとしての素行は良好と判断されております。」
「担当した受付はどうなんだ?」
「筆頭受付のマーガレットさんにお伺いしたところ、これまで鋼の翼を担当してきた受付の者たちも特に問題はないとのことでした。」
ギルドへの貢献度は、その有益性から不正をする輩も現れる。
あたかも不審なことがあったかのように偽装しそれをギルドに報告したり、依頼者と共謀して誰も受けないであろう依頼を出し、解決していないにも関わらず依頼達成の報告をしたりなど、これまでにも虚偽の報告は山ほどあった。
しかし、これを重く見たギルド本部は、虚偽の報告をした冒険者に3ヶ月の活動停止処分を下すこととした。
この処分は全ギルドで適用されるオープンペナルティであるため、それまで冒険者一筋で日銭を稼いでいた者にとってはある種の死刑宣告とも言えた。
不正をするのは冒険者に限った話ではない。
冒険者から金をもらって、貢献度を操作する受付も当然のように現れた。
しかし、これに関してはすぐに不正は行われなくなる。
というのも、受付の不正が発覚した場合、不正を行った者は当然即クビ。
さらに、ギルドの信用を著しく損なった罪の賠償として金貨10枚の支払い命令が下るからだ。
金貨10枚といえば、一人暮らしの場合、半年分の生活費に相当する。
その上ギルドをクビになったという噂はあっという間に広がるため、その街では当然雇い手などなくなる。
そうなると働き口を探して別の街に移動しなければならず、賠償金に加えて引越しや移動費もかかってくる。
つまりはリターンに比して、リスクが大きすぎるのだ。
そのため、危険を冒してまで冒険者に協力するような受付は存在しなくなったというのが現在の状況であった。
「そうだとしても、報告はその1件のみなのだろう?たったそれだけでギルドが動いていては人手がいくらあっても足りんわ!」
「いえ。同様の報告がこの3日で4件報告されております。」
「なにぃ!?そいつらの素性はっ!?」
「すべて問題ありません。」
「くっ……そうなると街でも噂になっている頃か。ちっ、仕方ない。調査依頼を出しておけ。そうだな、指定は剛級パーティで良いだろう。」
「かしこまりました。あともう一点報告がございます。」
「はぁ、今度はなんだ。」
「話題になっている謎の化物ですが……」
秘書官はそこで一度言葉を区切り、ギルド長の注意を引く。
今回の報告で、ここが一番伝えなければいけない重要なポイントだったからだ。
「日を追うごとに、街に接近しているようです。」




