031 違和感
「そのまま止めとけよモーティス!ミーシャ!左右からだ!」
グロースボアの突進を大盾で受け止めきったモーティス。
その左右からメッツとミーシャが挟撃する。
既にいくつもの傷を負い、右目にはマルアの矢を受けていたグロースボアはとうとう倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ。なんとか、2頭、狩ったぞ。みんな、怪我はないか?」
息も絶え絶えに、やっとの思いで2頭のグロースボアを狩った鋼の翼の面々。
リーダーのメッツは、パーティの損耗の確認を取った。
「怪我はないよー。でも矢があと2本しかないから、戦闘は避けたいかな。」
弓使いのマルアが危険な状況に陥るような場面は一度もなかったものの、グロースボアには矢が刺さる箇所が非常に少ない。
動く生物の目を1発で射抜けるような、卓越した弓の技能を持っているわけではないマルアは、随分と矢の損耗が激しかった。
「私も怪我はそれほどだけど、体力的にも魔力的にも、機動力は4割減って感じかな。」
パーティの遊撃を担当しているミーシャはその身のこなしによって攻撃をいなしていたが、グロースボアとの戦闘2連続という経験のない状況に、普段より余計な体力と魔力を消耗してしまっていた。
「私は最後の攻撃を受け止めた際に右手にヒビが入ったようです。戦えないレベルではありませんが、できれば戦闘は避けたいですね。」
状況的に一番被害が大きかったのはモーティスのようだった。
パーティの盾役ということもあって大きな怪我を負いがちなのだがしかし、今回の仕事の規模からすると損耗は軽微と言えた。
「俺も擦り傷ぐらいしかないが、前線で動き回れる自信がねえ。モーティスが負傷してるから、今の損耗具合だと獲物の運搬も難しい……んー、今夜は野営して、明日の朝帰るしかないか。」
「覚悟はしてたんだけど、野営かーっ!」
メッツの提案をしょうがないとは思いつつも、野営の不自由さを思い浮かべ嫌さが前面に出てしまうマルア。
「すみません。私が怪我をしたばっかりに。」
「モーティスのせいじゃないさ。獲物の運搬はパーティ全体の課題だから。そうだろリーダー?」
「そうなんだよなぁ。やっぱ袋は買わなきゃだよなぁ。ただお金がなぁ。」
上位の冒険者ともなると、収納袋という、見た目の何倍も物を入れることができ、重さも軽減される便利な魔道具を持っている。
仕留めた獲物を運搬するのに重宝されていて、冒険者たちの間では『袋』という名称で呼ばれていた。
鋼の翼のような破級の中でも上位のパーティともなると、倒す魔物も大物が増えてくるので収納袋を用意する必要性が高まるのだが、かなりのお値段になるため、今月の支払いに各々が苦労している中での購入というのは、中々難しい話だった。
「節約生活の始まりですね。」
「えっ!?いやいや、そこまでする必要はないんじゃないか!?獲物なんて頑張って運んでなんぼだろ!」
モーティスの発言に過剰に反応するミーシャ。
そんなミーシャの様子に呆れた様子でマルアが突っ込んだ。
「いやいやいやー、袋を買うっていう話はミーシャきっかけじゃん。そこは言い出しっぺに頑張ってもらわないとねー。」
「それもそうだな!ミーシャ!禁酒するなら手伝うぜっ!」
「これで遅刻もなくなりますね。一石二鳥です。」
「ほんとごめんなさい勘弁してくださいお酒がないと私が私じゃなくなるんです。」
メンバーからの激しい攻勢に対して、ミーシャは即座に土下座を敢行した。
額を地面に擦り付けるのも忘れない。
「「「うわぁ。」」」
その姿に全員ドン引きしたのは言うまでもない。
「こことか良いんじゃないでしょうかっ!?水場も程々に近いから野営しやすそうですよ!?」
額に土をつけながら、ミーシャは必死に野営地候補を探していた。
「なんか、むしろ尊敬するかも。」
「そうですね。あの露骨なまでの媚び方は、いっそ見習うべきなのかもしれません。」
「ミーシャ。もう禁酒しろなんて言わねえから元通りにしてくれ。さっきから鳥肌がおさまらねえんだよ。」
「えっ?もういいの?ラッキー♪」
メッツの言葉にミーシャはあっけらかんとした様子で応える。
「ったく。調子のいいやろうだよ本当に。さて、確かに野営地としては申し分なさそうだな。それじゃあみんな野営の準備を――」
モーティスが、メッツの言葉が途切れたことを訝しむ。
「メッツ?どうしました?」
「あれは……なんだ?」
「あれって……魔物の骨のこと?他の冒険者が野営した時に食べた魔物の骨なんじゃない?」
メッツが見つめる先には、グロースボアと同程度のサイズの魔物の骨が散乱していた。
野営時に仕留めた魔物の肉を食べることは珍しくはない。
魔物の肉は食用として親しまれており、街の食堂でも当たり前のように魔物の肉は提供されている。
では、メッツは何を疑問に持ったのか。
「じゃあそいつらは、どうやって魔物を食ったんだ?」
「え?それは……」
言い淀むマルア。
それも仕方がないことだった。
なぜならそこには当然あるべきものがなかったから。
「焚き火跡が、ありませんね。」
答えに気づいたモーティスが呟いた。
「そうだ。人間は魔物の肉を生で食ったら死ぬ。少量なら大丈夫だが、それでも三日三晩は死ぬほどの腹痛に襲われる。これだけの量なら尚更だ。」
「で、でも、スキルで焼いたのかも。」
「あぁ。それは可能かもしれないな。だが、そこでも疑問が生まれる。この魔物を、一体何人がかりなら食べられる?」
落ちている骨を見てみると、元の魔物を構成する主要な骨はこの場に残されている。
それはつまり、魔物の肉はこの場で全て切り離されたであろうことが推察された。
「魔物の肉には魔素と、人にとっては毒となる霊素が混じり合った物質が含まれており、火を通すことで魔素と霊素の繋がりが崩れ、霊素は大気に放出される。そうなれば魔物の肉も食べることはできますが……」
「残存している魔素も一度に摂取しすぎると身体に毒となる。魔物の強さにもよるけど、組合が出してる基準で言うとグロースボアなら1日800gが限界だったはずだよ。」
組合とは『魔肉管理組合』の略称で、魔物の肉についてあらゆることを研究している組織のことを示している。
組合の研究結果の一つとして、魔物の種類別で1日に食べることのできる魔物の肉の摂取量というものがあり、組合はこれを民間に公表していた。
「そうだよな。それぐらいだったはずだ。だが、この魔物は骨の大きさからしてグロースボアとどっこいくらいだ。そしてグロースボアの重さは約300キロ。100人が集まって800gずつ食べたとしても、半分にさえとどかねぇ計算になる。」
「誰かが食べきれずに置いていって、この辺の魔物が残りを食べたとか!」
目の前の不気味な状況になんとか常識的な理由づけをするために、マルアは思いついた可能性を口にした。
「グロースボアの骨はそのままなんだぞ?状態が悪くてもそれなりの金になるってのに、それをわざわざ置いていくか?」
「でもでも!上位の冒険者ならお金に困ってないかもだし……」
自分で言っていながらも自信がないのか、語気がしりすぼみになっていく。
「上位の冒険者は必ずと言っていいほど袋を持ってるんだ。それこそ置いていくなんて選択肢はないはずだよ?」
「うぅ……」
続けて提示した可能性もミーシャによって即座に否定され、マルアからはついに反論が出てこなくなってしまった。
「マルアを論破したところで、俺からの提案だ。今俺たちは、説明のしようがない気持ちの悪い状況に直面している。これは経験則だが、こういう時は一刻も早くその場を離れた方がいい。」
反論はないのか、皆一様にメッツの言葉に耳を傾けていた。
「俺は無理を押してでも街に帰るべきだと思うが、みんなの意見を聞かせてくれ。」
メッツの問いに1番に反応したのはミーシャだった。
「賛成。私もなんだか嫌な予感がする。」
続いて、モーティスが声を上げた。
「私も賛成です。元々私の怪我が原因ですが、この状況ならば多少の無理は通してでも街に帰るべきかと。」
最後に、マルアも他の2人の意見に追随する。
「わ、私もっ!っていうか野営自体やりたいわけじゃなかったし!帰れるなら帰りたいっ!」
みんなの意見が出揃ったところでメッツは頷き、方針を告げる。
「『違和感の9割は死神の鎌』ってな。そうと決まれば即行動だ!街に帰るぞ!」
「「「おーーっ!!」」」




