028 静かな凱旋
「この方角に歩いて行ったはず……確かにこっちのエリアは来たことなかったな。」
この洞窟は本当に広くて、まだまだ行ったことのない道が無数にある。
人間たちはそのうちの一つからやってきたのだろう。
「とはいえ、それでも分岐はめちゃくちゃあるからなー。どうするべきか……ん?」
どうやってあの集団が通ってきた道を探すか悩んでいたところで、何かが落ちているのを発見した。
「なんだこれ?光る……苔?ネバネバしてるな。あ、あっちにも落ちてる。」
よくよく観察してみると、30m間隔で光る苔が落ちていた。
「これはもしかしなくとも、ヘンゼルとグレーテルでは?」
いわばこれは、あの集団がまっすぐ帰れるように残した道しるべなのだろう。
これは良いものを見つけてしまった。
「これを辿っていけば洞窟の外に……よっしゃーっ!ゴーゴーゴー!」
洞窟を出るヴィジョンが鮮明なものとなり、ハイなテンションになる蜂谷なのだった。
◇ ◆ ◇
ガレラドルでは探索隊が帰ってきたという話題で持ちきりになっていた。
凱旋の祭りを開こうと準備していたものたちもいたようだが、それらは全て徒労に終わった。
なぜなら、戻ってきた探索隊の面々全員が鎮痛な面持ちだったからだ。
そして大衆はすぐにあることに気づく。
探索隊の人数は、こんなにも少なかっただろうか、と。
「死者47名、重傷者24名、全体のおよそ半数を犠牲にして、ハチどもの女王を討伐いたしました。」
ギルド長室では、アルチザンがギルド長に向けて報告を行っていた。
テーブルには風呂敷が広げられており、その上には大人くらいの大きさのハチの頭部が載せられていた。
ヴィルドビーの女王の頭部だ。
「おー!!そうですかそうですか!!その程度の犠牲でクイーンヴィルドビーを見事討伐されるとは!さすがはアルチザン様ですな!」
ギルド長の「その程度の犠牲」という言葉に、アルチザンの眉間に皺が寄る。
「その程度の犠牲とは、どういうことですかな?」
「へ?」
アルチザンは、立ち上がり再度同じ言葉を投げかける。
「その程度の犠牲とは、どういうことですかな?」
「あ、あのっ、そのっ――」
不味いことを言ってしまったと気づいたギルド長は必死に取り繕おうとするがうまく言葉が出てこない。
「その程度の犠牲とはっ!!どういうことだと聞いているんだっっ!!」
「がぁっっ!!」
絶級冒険者の本気の威圧に、ギルド長はとうとう口から泡を吹き失神してしまった。
ギルド長を気遣うそぶりもなく、アルチザンは部屋を後にした。
「そこの君。ギルド長は体調が悪いようだから看病してやってくれ。」
「え?はっ、はい!」
ギルド長室の外にいた職員に後のことを頼み、ギルドに併設されている酒場の4階に足を伸ばしていた。
「よお、おっさん。ハゲに報告は終わったのかよ。」
「途中で面倒になったんで気絶させてやったわい。」
「はは、そりゃいい。」
そう言ってバニキスは、笑いながらぐっと酒を呷った。
「言えてなかったが……ありがとな。女王を討伐してくれて。」
「礼など不要だ。俺一人で成し遂げたわけではない。」
「……たくさん死んじまったな。」
グラスに残った氷を見つめながら呟くバニキス。
今回の探索での死者は47名。
炎灯からは8名の死者が出ていた。
「奴らがあそこまで勢力を拡大していたのは予想外だった。伝え聞いていた以上の繁殖スピードだ。」
「前回より餌が豊富だったってことだろうな……ったく、なんでダンジョンなんかに巣を作りやがったんだか。」
「それは僥倖と捉えるべきだろう。おかげで今回、一般市民の被害はゼロだ。」
「そりゃまあ……そうなんだけどよ。」
犠牲になった仲間たちのことを思うと、どうしても愚痴の一つもこぼしたくなってしまう。
一般市民に被害が出てでも、仲間が一人でも多く生き残っている方が良かったなど、酒の席でも口にすることは許されない。
バニキスは浮かんだ思考を押し流すように再び酒を呷る。
「聞いてねえって話なら、進化個体が3種類いたってのもそうだぜ。」
「全身が黒いスピード特化型……そいつの存在は情報にあったが、毒を操るのと、斬撃を飛ばしてくるのは、確実にギルドが把握していない新種の魔物だ。」
「特に毒のやつは、巨体のくせに俊敏に動いて猛毒撒き散らしやがって厄介極まりなかったな。」
「バニ坊が空間の毒を燃やし尽くしていなければ、被害はさらに甚大なものになっていただろうよ。」
「被害」という言葉にバニキスは肩をピクッと揺らした。
「……これでも被害は少ない方だったんだよな。」
「それは……そうだな。想像を大幅に超える繁殖スピードに、新種の強力な魔物の出現。その上で探索隊の約半数が生きて帰ってこれたのは奇跡とも言えるだろう。」
「……せめて遺体の回収だけでもしてやりたかったぜ。」
「生者の命には変えられんさ……ただ遺族のことを思うと、やりきれんがな。」
アルチザンが酒をグイッと流し込んだのを見て、バニキスはふと思い出したことがあった。
「そういえば親衛隊の連中はどうなったんだ?」
帰りの道中は一刻も早く地上に戻らんとドタバタしていたため、親衛隊の生存など全く気にしていなかった。
「あいつらか……全員死んだよ。」
「そうか……ふんっ、国王にドヤされんぞ?」
「知ったことか。先んじて世話をしない旨は伝えてあるからな……今回の親衛隊の件、俺の判断のせいで要らぬ犠牲を生んでしまった。国のためにと出しゃばった結果、有望な若者たちを死なせてしまうなど本末転倒も甚だしい……俺のような古株は、もう次の世代にバトンを渡すべきなのかもしれん。」
暗に冒険者引退をほのめかすアルチザンに、バニキスはコトリと酒をテーブルに置き告げる。
「おいおいバカ言ってんじゃねえよ。あんなんで芋ひいて逃げるなんざ、俺と……死んでいった奴らが許さねえ。どうしても罪の意識があるってんなら、おっさんには生涯現役を貫いてもらうぜ。それが贖罪だ。」
「ふっ……はははっ!がーはっはっは!なんとも恐ろしい!じじいになっても弓を引けと言うのか!」
「そう言ってんだろ。流石にボケるにはまだ早いぜ?」
「まったく、年長者を労るということを知らんのか?……まあいい。そういうことなら老後の世話までしてもらうからな。」
「かかっ。おしめくらいなら変えてやるよ。」
ふたりは冗談を言い合いながらグラスをぶつけ、酒を酌み交わした。