023 進化
(ふー。食った食った。)
ひとりで自分の身体の数十倍はある肉の塊を食べ尽くした時、ある疑問が浮かんだ。
(いやいやいや。なんでこの量の肉がこんなちっこいボディに収容されるんだよ。消化スピード異常すぎるだろ。)
以前から自分より身体の大きな魔物の肉は食べていたのだが、それでも数倍程度の大きさだったのでそこまで引っかかるほどではなかった。
だが今回の大きさは異常だ。
明らかにおかしい。
(消化の過程で抽出されたエネルギーはどうなってるんだろう。この辺も検証の余地があるな。ふわぁ……なんだ?急に眠気が――)
この身体になってから感じたことのない眠気に襲われ、視界がぐらついた。
(こ……こんなとこで寝たら絶対にヤバい……早く拠点に帰らない……と……)
強烈な眠気に耐えながら、急いで拠点に戻っていく。
(も……むり……)
やっとのことで拠点に着いた瞬間。
気が緩んだことで意識を保つことができず、ストンと眠りに落ちた。
眠る蜂谷の身体はほのかに発光を始め、その光は次第に強くなっていた。
(……ん。)
何かきっかけがあったわけではなく、自然と目が覚めた。
(あーよく寝た。あの眠気はなんだったんだ……)
軽く伸びをしてみると、たくさん寝たおかげか、今までにないくらい身体に力が漲っていることに気づいた。
(なんかめちゃくちゃ調子良いな。今ならクマでも余裕で倒せそうだ……ん?)
ふと自分の手を見てみると、なんだか手がゴツくなっていた。
(俺の手が逞しくなってる……お?あれ?手だけじゃなくて全体的に強そうになってる!)
身体を見回してみると、以前のボディよりも全体的にひと回りほど大きくなっていた。
(もしかしてこの身体って進化していくのか?……あっ!そういえば系統が違うハチもいたな。あれも進化後の姿だったのかも……)
先ほど出会った黒いハチや、毒々しいハチのことが思い出される。
あのハチ達も自分と同じく進化をしてあの姿になったのだろう。
(良いねぇ。ワクワクさせてくれるじゃん。)
某モンスターゲームの世代ど真ん中だったため、進化と聞くと当時感じていたワクワクに心を埋め尽くされてしまう。
(進化の条件っていうのは……ダメか。降りてこない。)
スキルのアンロック条件のように、疑問を持てば情報が流れ込んでくるかと思ったが、進化に関しては反応してくれないようだった。
(まあ追々分かってくるだろ。そんなことより、進化の恩恵を確かめねば。)
進化といえばパワーアップ。
これはどの世界でも共通認識に違いない。
であれば、進化によってどれだけ能力が向上したのか確かめる必要があるのは確定的に明らかだ。
(力試しなら今のところクマしか適任はいないな。もっかいクマを倒した場所辺りをうろついてみるか。)
ということで、早速クマと戦った場所に戻ってきた。
(さーて、クマさんはどこかなー。)
クマ探しを始めようとした矢先、とてつもない揺れが起きた。
(うわっ!なんだなんだ!?地震かっ!?)
人間の頃であったら立っていられないような揺れだったが、次第に落ち着いていく。
(地獄でも地震って起きるんだな……ん?)
ふと前方に目を向けるとドドドッと何かが走っているのが見えた。
(あ、クマだ。)
走っているものの正体はクマだったのだが、どうやら様子がおかしい。
(さっきの地震でパニクっちゃたのかな。結構揺れたからなぁ。)
そうした視点で見ると、確かにクマは混乱しているように見える。
なにはともあれ、これは絶好のチャンスといえた。
(探すのにもっと手間取るかと思ったけどラッキー!しかも混乱状態というおまけ付き。のるしかない!このビッグウェーブに!)
力試しの必要があるとはいえ、安全に強敵を狩れるのであればこれを逃す手はない。
混乱して走り回るクマ目掛けて突貫する。
さすがと言うべきか、混乱している最中でもこちらの存在に気づいたようだ。
しかし、それは少し遅かった。
(雷撃!斬空!)
クマは1発目の雷撃の直撃を受けて動きを止め、間髪置かずに放たれた斬空によって皮膚を深々と切り裂かれた。
グアァァァッと悲鳴をあげるクマに容赦無く雷撃と斬空のコンボを浴びせていくと――
(すげぇ。もう倒しちゃったよ。)
最初はあれほど苦戦したクマを、初撃から10秒も立たずに倒してしまった。
(雷撃も斬空も威力が上がってる……進化の恩恵でそれぞれの能力もパワーアップしたのか。進化まじパネェ。)
力試しよりも安全な狩りを優先したのだが、今の戦闘だけでも充分に進化の恩恵を確認できた。
(移動スピードも格段に上がってるし、もうクマに負ける気はせんな。ふっ、俺はどうやら強くなり過ぎてしまったようだ。)
無い髪を掻き上げてカッコつけてみる。
(あとはとりあえず、威嚇をアンロックしとくか。)
やるべきことも決まったのでクマ退治に励むことにした。
クマは絶対数が少ないのか中々遭遇することができなかったので時間はかかったが、なんとか数体出会うことができた。
どれも正面切っての戦闘だったが、危うげなく勝利することができた。
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威嚇
アンロック達成
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(威嚇ゲットだぜ!)
クマはそもそも強いためなのか、5体ほどで威嚇のアンロック条件を満たすことができた。
早速威嚇の検証をしたかったのだが、クマは見つけるのに苦労するため拠点の近くに戻ってきている。
(おっ、電気ウマだ。よし、あいつで試してみるか。)
一旦、隠密で近寄れるところまで近寄っていく。
(この辺でいいか。おりゃっ!)
良い距離感になったところで威嚇を発動してみる。
「ッッ!?」
不意打ちで威嚇を食らった電気ウマは、一瞬ビクッと大きく身体を震わせたと思うと小刻みに震えながら動きを止めた。
(すげー。結構動きを止められるんだな。)
攻撃を加えることなくピクピクしている電気ウマを観察していると、おおよそ5秒ほど経過したところで硬直が解け、動き始めた。
(5秒くらいか。よっと。)
進化した今となっては、電気ウマ程度であれば相手の動き出しに合わせても充分に対処できる。
こちらに向かってきた電気ウマに斬空を合わせ、首を落とした。
(威嚇はかなり有効だな。雷撃でも動きは止められるけど、当てなきゃいけないからな。)
威嚇は特に何かを発して相手に当てる必要が無い。
それは戦う相手によっては大きなアドバンテージと言えた。
(それにしても、明確な目標がなくなっちゃったな……)
今まではアンロック条件を達成するためだったり、強敵を倒すことだったりを目的として行動していたわけだが、アンロック条件が明確な能力は全て取得してしまったし、出会った中で最強といえたクマも倒してしまった。
達成すべき目標がなくなってしまい、少しセンチメンタルな気持ちになってしまう。
(いやいやいや!まだ地獄を探索し尽くしたわけでも無いのに俺は何を落ち込んでるんだ!よーし、いざ!さらなる強敵と出会うために!)
暗くなる心を奮い立たせ、洞窟の開拓をするべく飛び立つのであった。