016 フレブルとスコ
(ん……)
目を覚ますとそこには見慣れた根っこがあった。
(良かった。なんとか生き残れたみたいだ。身体はどうかな?って、うおぉぉっ!?)
電気ウマに貫かれた下腹部を見てみると、なんと見事に傷が塞がっているではないか。
(魔物の回復力すげー。こりゃ大抵の傷はもう心配いらないな。)
あの風穴が一晩で塞がるのだから、よっぽどの負傷でない限りは命をつなげることが判明した。
(これで電気ウマと再戦だ!……と、いきたいところだけど、今のままじゃジリ貧だよなぁ……そういえば雷撃の発動位置って任意だったんだな。あれは完全に騙された。)
電気ウマは雷撃を使用する際、徹底して自分を起点に発動していた。
「雷撃の発動位置は固定」無意識にそう確信していたため、上空に突如出現した雷撃の直撃を食らってしまったのだ。
おそらくだが、電気ウマはこちらが勘違いするのを狙っていたに違いない。
ギフトロッシュの時もそうだったが、魔物は強ければ強いほど知恵があるように思われる。
いや、知恵があるから強いのか。
(ということで並列思考を取得しよう。)
唐突だと思われるかもしれないが、これにはちゃんとワケがある。
前提として、とどめを刺す瞬間というのは必ずと言っていいほど隙ができる。
事実、エヴァンティスの時も電気ウマの時もそうだった。
とどめを刺そうと意識した瞬間、敵の予期せぬ攻撃に晒されてピンチに陥ったのだ。
この時の意識は「攻撃」のみにフォーカスしていたため、回避や防御行動に遅れが生じていた。
つまりこの時、「攻撃」と同じかそれ以上に「回避」にも意識を割けていればより安全に戦闘での勝利を納められたというワケだ。
ちなみにこの並列思考は以前にも戦ったことのあるふたごヘビを観察して見つけた能力だ。
二つの頭が息ぴったりに攻撃を仕掛けてくるのを見て、どういう脳の構造をしているんだ?という疑問を持ったことで発見できたのだ。
毒針や切り裂きのように目に見える部分以外にも能力は使われているため、疑問に思うことが如何に大切かを学ばされた1件だった。
ともかく、そういった理由から並列思考を取得しようと考えたのである。
(アンロック条件は、右手と左手で別々の絵を描けるようになることだったよな。難しそうだけど、とりあえず犬と猫でも描いてみるか。)
寝床の壁に傷をつけるのが躊躇われたので、寝床の外に出て魔物がいなそうな場所まで飛んだ。
(この辺ならあんまり魔物も来ないだろ。)
メインの通路脇にある大きめの裂け目に入り、壁に爪を立てて、右手で犬、左手で猫を描いてみる。
(うーん。犬はまあまあ見れるけど。猫はもうぐっちゃぐちゃだな。)
元々利き手である右手ではそれなりに描けるものの、左手はそもそも器用に動かすことができなかった。
(だが俺は知っている。こういうのは練習あるのみだと!うおぉぉぉっっ!)
そうして練習することしばし。
壁にはたくさんの犬と猫の絵が並んでいた。
(できた!結構いい線いってるんじゃないか!?)
そこには、誰が見ても犬と猫だと断言できるレベルの絵が描かれていた。
(よし、これでアンロック条件達成しただろ!試してみるか。えーと、それじゃあ紫ガエルと電気ウマの姿を同時に思い浮かべてみよう……むむむむ。)
並列思考のアンロック条件を達成しているのであれば、脳裏に紫ガエルと電気ウマの姿が映るはずなのだが――
(……いや、できないな。そもそもアンロック達成の通知がない……はっ!まさか、これを絵として認めてもらえてないのか!?)
たしかに右手と左手で別々の絵を描きはした。
しかし、それで並列思考の能力が働かないということはそこから導かれる原因はただ一つ。
(絵のクオリティだ。絵のクオリティを上げなければ。)
確かに絵を見てみると、犬と猫を描いたということは分かるが、種類や毛の長さなどの情報は全くない。
(まずは種類を決めよう。そうだな……犬はフレンチブルドッグ、猫はスコティッシュフォールドにしよう。)
休日にはペットショップ廻りをするくらい犬や猫が好きだった。
中でもフレンチブルドッグとスコティッシュフォールドは特に心が湧き立つほどの可愛らしさがあり、いつか家族に迎え入れる際にはこの子たちにしようと決めていたのだ。
(ペットショップで何度も見たから容貌は目に焼きついてる。あとはそう!練習あるのみだ!!うおぉぉぉっっ!)
そこから蜂谷は恐ろしいほどの集中力で壁に爪を立て続けた。
元から凝り性だったのもあり、一度のめり込むと気が済むまでやってしまう質なのだ。
もはや数時間などではきかないだろう。
その証拠に、壁にはびっしりと絵が描かれていた。
飲まず食わずの状態で描き続けていたため、身体はフラフラとしており、意識も朦朧としていた。
(ふぅー、ふぅー。もう少し、もう少しだ。)
譫言のように何か呟きながら絵を描き続けているその様は、もはや狂気としか呼べない代物であった。
(これで終いだ!できた!できたぞ!どうだバカヤロー!これで文句ねえだろ!)
変なテンションになっているため、誰に向けるでもなく悪態をつく。
しかし、実際に蜂谷が描いた絵は、確かに文句の付けようがないほどのクオリティだった。
これを左右の手で同時に描いたなどとは誰も信じないだろう。
(はー、やってやったぜ……あれ?俺なんでこんなに夢中で絵なんて描いてたんだっけ?)
絵のクオリティをあげることに夢中になりすぎて、本来の目的を忘れてしまっていた。
見事なまでの本末転倒である。
そんな疑問に答えるように、情報が流れ込んできた。
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並列思考
アンロック達成
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(そうだ!並列思考だよ!よっしゃーーー!!やっと取れたーーー!!)
努力のベクトルが違ったこともあって、今までスキルを取得してきた中で一番の喜びを感じていた。
(それじゃあ早速使ってみるか!えーっと。)
再度、紫ガエルと電気ウマを同時に頭に思い浮かべてみる。
(ん?……おっ?おぉ!なんか同時に思考できてる!なにこれすごい!)
あまりの驚き体験に語彙力が低下してしまったが、この能力は本当にすごいものだった。
例えるなら、テスト勉強で英語の問題と数学の問題を並行して頭の中で解いているようなものだ。
受験期にこの能力があればとんでもない秀才になれたに違いない。
――いや、頭の出来がよくなるわけではないのでその限りではないか。
(これで電気ウマと再戦だ!……と、いきたいところだけど、今日はとりあえず寝よう。頭を使いすぎた……)
並列思考のアンロック条件を無事取得した蜂谷は、フラフラと飛行しながら寝床へと戻っていくのだった。