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現在はアヴェルが時々剣の手合わせをしてくれる。彼の手加減もあるだろうけど10回に1回は私が勝つのだ。
「勝率1割で偉そうにするなよー」
「そのうち2割になるから! そうしたらエリアス様に手合わせしてもらうの」
「そのエリアス様だけど、王太子殿下の護衛騎士になったらしいぞ」
「そうなの?・・・だから最近は会いに来てくれないのね」
(むぅ、私が知らないのに何故アヴェルが知ってるのよ!)
「それよりもエリアス様に出世のお祝いを送らないと」
「・・・王宮騎士の離婚率は高いそうだ」
「離婚?」
「ああ、ほぼ家に帰れないらしい。断トツで夫人の浮気が原因らしいぞ」
「私は浮気なんかしません!」
だってエリアス様はウェルデス騎士団を率いて私と侯爵家を守ってくれるんだもの、王宮騎士もいつかは辞めるはずだ。
それからしばらくしてエリアス様からお祝いのお礼の手紙が届いた。
〈忙しくなるので頻繁には会えない。それでもいつもセアラを想っている〉
(私を想ってくれている!)
エリアス様から初めて貰った恋文・・・嬉しい。
浮かれつつも、これから会えなくなるのを寂しく思いながら私は手紙の返事を出した。
恋文以降はエリアス様からの手紙は途絶えて私が一方的に送るだけとなった。婚約者との絆が切れないように、私は手紙を出し続けた。
16歳の誕生日にもエリアス様からの連絡もお祝いの言葉もなかった。
毎年エリアス様を招待して、家族だけで祝いの席を設けるのだが、エリアス様の席は空席だった。
今年成人した私はウェルデス侯爵家の正式な後継者になる。そして契約ではエリアス様と婚姻する予定なのに。
「離婚率が高いのも納得だな。どんだけ忙しいんだよ」
「アヴェルうるさい・・・」
「セアラ、エリアス様との婚約を考え直すなら公爵家に掛け合いますよ?」
「いいえお母様! 私は平気です。もう子どもじゃないわ、誕生日なんて別に・・・」
「それはお祝いしてくれた人に失礼でしょう」
「あ・・・ごめんなさい」
隣国のジョシュア伯父様も、懇意のあるご令嬢方もお祝いを贈ってくれたのに。
(私ったら失礼だったわ)
「気にするな、元気出せ。料理長が腕を振るったご馳走を頂こう」
「ええ、有難うアヴェル」
皆が私を気遣ってくれて申し訳ないと思いつつ、エリアス様の空席を見て、やはり寂しさが込み上げた。
***
エリアス様の噂を我が家で開いたお茶会で耳にすることになった。
誕生日祝いを贈ってくれたご令嬢達を数名招いて、サロンで和やかに会話を楽しんでいたのだが、不穏な話を言い出したのは伯爵令嬢のバーバラ様。
「セアラ様はご存じですか? ご婚約者エリアス様の噂を?」
「まぁどのような噂かしら」
「今はユリエラ王女殿下の護衛を務めているそうですね」
「それが何か?」
知らなかった私は動揺した。ユリエラ王女殿下(18歳)は我が国の第一王女、自由奔放な方と聞いている。
「とても親密な関係だと姉から聞きましたわ」
「・・・親密とは?」
「恋人のようだと。セアラ様との婚約は白紙にされるとか」
「バーバラ様それは!・・・セアラ様、ただの噂です。お気になさらず」
伯爵令嬢のキャサリン様がバーバラ様を睨んだがバーバラ様はすましたお顔でお茶を飲んでいる。
「私は婚約者を信じますわ。皆様も噂などに惑わされないで下さいね」
私の言葉に令嬢達の目が泳いだのを見て、噂は広く浸透していると確信した。
「ところでセアラ様・・・アヴェル様に婚約者はいらっしゃらないの?」
バーバラ様はまだ婚約者が決まっていない。
「アヴェルに婚約者? いないわよ?」
「素敵な方なのに決まっていないのですか。どうしてかしら」
「あら、バーバラ様はアヴェルが気になるのかしら?」
「いえ、それは・・・キャサリン様がアヴェル様にご執心なのですわ!」
「まぁ! それはバーバラ様でしょう!」
「私はそんな!」
赤くなる二人・・・アヴェルはご令嬢方に人気のようだ。
お茶会が終わって、私は急いで執務室を訪れた。
母とアヴェル、執事達が忙しそうにしていたが私はそれどころではなかった。
「アヴェル! アヴェル!」
「なんですセアラ、大きな声で」
「申し訳ありませんお母様、アヴェルに話が」
「なんだ? お茶会でエリアス殿の噂でも聞いたのか?」
「やっぱり知ってたのね! なんで教えてくれなかったの! ひどいわ」
「ただの噂です。落ち着きなさい」
お母様も知ってたの? 知らなかったのは私だけ?
「だって・・・だって、おかしな噂が立っているんです。放っておけません!」
「そうやって疑心暗鬼になって仲が壊れて行くんだ。惑わされるなよ」
「ユリエラ王女殿下と親密だって・・・」
「エリアス殿はそんな不埒な方ではないだろう。今からそんな弱気でどうするんだ」
アヴェルに諫められて少し頭が冷えた。バーバラ様に挑発されてしまったようだ。
私は信じて待てばいいのですよね? エリアス様。
読んで頂いて有難うございました。