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0.人としてのエピローグ

描き始めていた小説の前日譚なので前提知識がないとわかりづらいかもしれない可能性が…

肝心の本編が完成しきっていないのでなんのこっちゃというお話。

【①】


これは僕が組織に入る時に体験した、少し前の物語だ。





高校1年生。部活に入り、仲間もでき、これから高校生活をエンジョイする一番素晴らしい時期。


僕は他の学校にはない スキー同好会に所属していて、スキーと言えば冬だ。

積もる雪、一面の白、ゲレンデに女の子との出会い。


そんな妄想を膨らませ、ついにスキー合宿の日を迎えた。


同好会のメンバーは13人。

我衆院(がしゅういん) 美魅(みみ)先輩が不参加なので男子6人女子6人の素晴らしい男女配合だ。

恋愛経験のない僕にとって大変期待できるシチュエーションである。



少し前から僕は北条 皐月が気になっている。顔だけで言えば6人の中でちょうど真ん中らへんだが、スタイルは良く、性格も明るい女の子。


同じクラスで隣の席、普段から仲が良く、僕だけをあだ名で呼ぶ彼女なら間違いなく成功すると確信していた。


さて、何故こんなにも長々と話しているかだが、冬休みに入ってから学校の友人とは一度会っていなかったのもあり、はしゃぎすぎて集合予定の3時間前、すなわち午前3時に到着してしまい、寒い中で暇になってしまったからだ。


中学時代、カップルに対して爆発だのなんだの吐き散らしていた自分がこんなにも青春に期待をする人間だったとは驚きだ。


故に今のところ登場人物は僕のみ、台詞などあるわけもないのだ。


こんな早朝(深夜)に話しかけてくる者などいないはずだった。


「そこのお前、こんな時間になにをしてる」


背後からの突然の声に僕は心臓が鼻から飛び出るかと思った。

都会の喧騒の中であればそう驚くこともないだろうが、絶対に話しかけられることはないと確信していたところへの不意打ちは僕のような小心者の腰を抜かすには十分だった。


振り向くとそこには黒い鳥の翼と湾曲した鉤爪の生えた大男が立っていた。


「…ここは俺の狩場だぞ」


真っ先にカッコいいなと思うのは健全で厨二病の日本男子なら仕方がないと思う。


しかし、彼は人間なのだろうか。

異形の容姿、それに狩りという不穏に感じるその言葉に萎縮した僕は反射的に謝罪を返す。


「す、すすす、すみません、すぐ退きますすみません」


男は頷き、答えた。


「まあわかるさ、こんな力を手に入れれば使いたくなるもんだよな」


こんな力、その翼や爪のことだろうか。

どういうわけだかこの人は僕を同類と認識しているらしいが、指摘して会話の時間を引き伸ばす必要性を1ミリも感じない。


「…はい、すみません……帰ります…」


厄介なことに巻き込まれたくない僕は早足にその場を離れた。








近くのコンビニエンスストアで暖かい珈琲を購入し、そのイートインスペースでくつろぐことにした。

この時はまだ消費税は8%であり、イートインスペースの使用により無駄に税金を払う必要はない。


「……落ち着いて考えてみれば、超能力だとか非日常への導入シーンだろあれ…勿体ないことを……」


先ほどは背後からの奇襲だったために恐怖が勝ってしまったが、落ち着いて思考してみれば秘密結社かなにかに入る重要なプロセスだったようにも思える。


厨ニ病としては大事なイベントを逃してしまったのかもしれないが、もうおそらくあの場所にはいないだろう。

今さら戻って質問すのはもっとバカらしい。


「で、でも非日常が存在することが証明された」


この発見は快挙だ。

目撃した僕を追ってあの大男がスキー場に現れ、そこで能力に目覚めるとかそんなストーリーを妄想し、時間を潰す。

妄想というのは実に平和的で誰にも迷惑をかけないし趣味だと思う。


ふと左腕に装着した100均の腕時計に目をやると、針は5時半を指していた。


「そろそろみんないるだろうし、戻るか」









再び集合場所につくと、もう11人全員が揃っていた。

当然、鳥人間は影も形もない。

 

「おーい尾白遅いぞー」

「集合は6時だろ遅きゃないわ!」


はしゃいで3時間前についた、だとか鳥人間だとか余計なことはあえて言うまい。

言ってなんになる。


「…まあ全員揃いましたし、もう出発しますか?」


学年ナンバー1の美人、庄司 美保が会長の高嶋 準に腕を絡め、胸を押し付けながら言った。


その様子を見た同級生、和也は目を丸くして先輩を糾弾する。


「高嶋先輩、まさか抜け駆けですか!?」

「フッ、そのまさかさ。僕と庄司…いや、みほきゅんは付き合い始めたのさ」


「みほきゅん」

「抜け駆け、だと!?」

「羨ましいぞこら!祝福してやる!」


ヤジを飛ばす友人たちの声も、満更でもなさそうな先輩も平和な日常だな、と噛みしめる。


まあ僕の狙いは北条さんだ。

絶対に彼女を彼女にして見せるっ!

彼女を彼女ってわかりづらい文な気がする。


「じゃあ出発しちゃいましょうか」

「「「「「イエーイ!!」」」」


僕たちはハイテンションで予約されたスキー場へと向かった。



【②】



スキー自体はなんの変哲もない高校生のイベントとして進行していった。


一日目はなんの面白さもなく、あまりにも普通なので割愛。


ちなみに滅茶苦茶楽しかった。




2日目、Twittaに投稿やらなんやらのために写真を撮影した後、再びスキーを行った。


二人きりになる機会がなかったが、好きな女の子と合宿に来ている事実だけで楽しむことはできるのだ。


僕自身スキーになれてきて、中級者コースを滑っていると、北条さんが近づいてきた。


「やっほ!おっ君ってこんなスキーできたんだね!」


このあだ名、止めてほしいなんて全く思ってません。

おっくん、と言うのは彼女の僕に対する愛称だ。

そうそう、言い忘れていたが僕の名前は尾白柩という。

尾白の()からとっておっくんなんだろう。


まあ?つまり?僕に対する愛情表現だろ?


「あのさ、スキー教えてくれない?おっ君にしか頼めないの!」

「お、おう、ま、任せてくれ!」

「みんなにかっこよく滑るところ見せたいの!」

「わかるわかる!それじゃ教えるよ」


願ってもない幸運な流れに胸をドギマギさせながら、僕は北条さんと二人きりで手とり足取りで数時間過ごすことができた。

楽しみで全く寝付けない夜中に調べておいたスキーのうんちくやコツをドヤ顔で披露するたび、彼女は楽しそうに笑ってくれた。







「うーん、随分遠くまで来ちゃったなぁ」

「おっ君、どうする?他の人が全然見えないけど…」


3時間ほどたった頃、僕たちは全然見覚えのない場所まで降りてきてしまっていた。

スキー板を履いたまま上に上るのは困難なほど下に降りているようで、だんだん吹雪も強くなってきた。


「吹雪で戻ることもできないし……近くに休憩できるところがないかな」


そう呟くと北条さんは僕の肩を叩いて言った。


あれ、今ニヤッて笑った?


「あ、あっち!あっちに建物がある!」

「おお、一旦休ませてもらおうか」

「うん!」


()()()()()()()()()()()()幸運に見舞われ、僕らは建物の中に入った。

しかし建物は古いようで、中には誰もいなかった。

【ハプニングで二人きり】って状況、これすっごい美味しいのでは?


救助が来なくてこのまま死んでしまったら…と考えてしまい嬉しさは半減だ。


「うーんどうしよう、服もびちょびちょ…風邪引いちゃうな……」

「大丈夫!火の起こしかたは調べてあるから、暖まりながら服を乾かそう」


冷静に考えればバカなセリフだ。

ファンタジー漫画の洞窟じゃあるまいし、火を起こす奴がいるか。


アニメや漫画では遭難したら火を起こして服を乾かし、下着になった男女は抱き合って体温を上げると見たことがある。

そこまではいかなくとも多少は、ね?


ニマニマしながら下心丸出しで火を起こそうとポケットから道具を取り出す僕の手を北条さんが掴む、


「いや、大丈夫だよ、おっ君」

「…ん?風邪引いちゃうよ、乾かさないと…」


先ほどと言っていることの違う北条さんに違和感をを感じ振り返った。


「わたし、…寒いのは得意だから」

「え?」


こちらを見つめる北条さんはさっきまでとは打って変わったような酷く冷たい目をしていた。


昨日出会った鳥人間とそっくりな冷たい視線。


「大丈夫よおっ君、こっちおいで?」

「…まって、まって、どうしたの?北条さん?」


彼女の目がギョロっと不気味に動き、僕を捉える。



彼女の体は白い体毛で覆われた。



状況がまったくつかめない。

女の子が突然化け物になった。


非日常的事態がより意味がわからないことに…


「ふふ、驚くよね、みんなそうなんだ…最初は驚くの。でもすぐにどうでもよくなるから安心して?」

「……?どうでもよくなる…?みんな…?」


彼女は口元だけをにやっと笑って僕の横に移動した。

先程ニヤけたのは気の所為では無いのだ。


「…私ね、数ヶ月前にこうなれるようになったの。寒さには耐えられるし、力は強くなるし、便利で…」

「…と、とても信じがたいけど、それを今どうするんだい?」


きょとんとした表情になった北条さんは僕を抱き締めてまた笑った。

好きな人に抱き締められているのに高揚感も性的興奮もない。

あるのは本能的恐怖と混乱だ。


「うふふ、おっくんだから教えちゃうけど…これね…こうなるように仕組んだことなの」

「仕組む…?あーと、なにかのサプライズみたいな…?はは、誕生日は、まだ先なんだけど…」

「あはは、鈍いなぁ、私ね、おっくんとがいいって提案したら、庄司ちゃんが譲ってくれたの」


好きな人と二人きりになる作戦?

ここの女子ってこんなに積極的なんだな、と楽観的思考も脳の片隅に用意してみたが、間違いなくそんなベクトルの話しではないのだろう。


ここまでの会話では僕が北条と二人きりになろうとしたように北条も僕と恋仲になろうとしていた、とはとても考えられない。


「いやー、寒さに強い体になってから死体を雪山に捨てられるようになって後始末楽になったんだよね」

「…………………ん?」


照れくさそうに北条さんはそう言った。




言葉をそのまま受け取るのであれば、それはつまり。



つまり、だ。



「単純に趣味なの。健気で私に惚れる男の子をやっちゃうの」

「…まって、まってよ北条さん、どうしたの?」


北条の僕を抱き締める力が強くなり、肺が圧迫される。

引き離せない、これは人間に出せる力ではない。


息が、できない。


「虐待されたー、とか浮気されたー、とか、全部これがあれば解決できちゃってさぁ…お父さんをしたとき以来、楽しくなっちゃって」

「…わけ、わかん、ないよ…そんな話された、って…」

「………………?どうして?どうしてわからないの?」

「と、りあえ、ず、はな、じ、で…」

「ああ、ごめんなさい、すぐに死んじゃ楽しくないもんね、ごめんなさい」

「…がは、はぁ、はぁ」


肺に空気が一気に流れ込む。


なんだか良くわからないけどこれは逃げなければならないとんでもない状況なのだろう。


「…北条さん、落ち着いてくれ、いいか、僕はまだ死にたくない」


じりじりと扉の方へ後退しながら説得を試みる。


「わかってるよ?だから楽しいんじゃないの」


だが北条さんは心底不思議そうにそう答えた。

ダメだ、話が通じない。

もう抱いていた恋心などどこかに消えてしまった。今はここにあるのは純粋な恐怖だ。


「…ごめんっ!!」

「まってよ!!」


僕は急いで建物から飛び出した。

もちろん北条さんも追いかけてくるが、ワンテンポ遅い。

驚きと恐怖はあったものの、以外と冷静に対処する方法を模索することができた。


「建物の反対に回り込んで…」


最初から逃げ切れるとは思ってない。

近くの大きめの岩を持ち上げ、死角に隠れ北条さんが出てくるのを待つ。


「…これを拾ってどうするって言うんだ……殺す、のか…?いや、殴って気絶させるだけだ…気絶させるだけだ…」

「おっくーーん?どこー?」

「…っ……」


声は予想通りの方向から来た。

そして北条さんが視界に入ると同時に岩をおもいっきり振り下ろした。

これは正当防衛だ、と自分に言い聞かせながら力一杯叩きつける。


「おっ゛ぐっッん゛ん゛っ……」


ゴツっと結構鈍い音とともになにかとても硬い感覚と、とても大切ななにかを割り砕く嫌な感触が腕に返ってくる。


北条さんは血まみれでその場に倒れ、その上に雪が積もっていく。


「………はぁ、はぁ、はぁ……」


意味がわからない状況での混乱とアドレナリンでとりあえず殴ってしまった。


「…も、もしかして……脈…」


北条さんの腕をとり、脈確認する。


脈は、ない。


サーっと血の気が引いた。

考えてみればここまでする必要はあったのだろうか。


話せばわかったかもしれない。


冷静になると同時に人を殺めてしまったという実感が沸いてくる。

しかし今起こったことはあまりにも非現実的過ぎて、夢だったのでは、と考える自分もいる。

現実逃避だ、自分でもわかる。


フワフワするような気持ち悪さに倒れそうになる。


倒れず踏みとどまり、物陰に隠れることができたのは知っている声が聞こえたからだ。


その声が和也や先輩の物だったのなら助けを求めただろう。

しかしその声の主は北条さんの奇妙な話に出てきた庄司 美保だったのだ。


「きーちゃーんー私は終わったよー」


その一言で彼女もあっち側であると認識できた。

建物の影から様子を窺い、彼女の姿を視界に入れる。

そこにいたのは僕の知っている庄司さんの面影はない。

身体中に緑色のタコの足が巻き付いた化け物だった。


そしてその体は血で染まっており、おそらく()()()()()()()()()()()()のだろう。


「……先輩…………」


庄司美保と付き合い始めたことを嬉しそうに話す先輩が脳裏に浮かび、自然と涙が溢れてきた。

吐きそうだ。

悔しい。あんなに楽しそうに、嬉しそうにしていた先輩を騙して、殺したのだ。


多分和也や、他の同級生も。


そう思ってしまった僕は脳みそがスッと冷えた。





ああ、そうだな、北条は殺してよかったのかもしれない。


罪悪感なんて感情より、憎しみなんかのほうがずっと上回っていたのだ。


庄司美保。あの人間のフリをした化け物も殺してしまわなければ。


北条の声が帰ってこないのを不審に思ったのか、しばらく辺りを警戒していた庄司が建物に入るのが見えた。

急いで岩を回収し、北条さんの死体に雪を被せ、見つからないように隠す。

血が滲んで多少見えてるような気もしなくないがまあいいか。


作業をしながら残りの女子3人も化け物なのかもしれないという最悪な考えが脳を過る。


全員殺す覚悟でやらなければ自分が死んでしまうかもしれない。


相手は人間じゃない、人間のフリをした化け物だと自分に言い聞かせて震える足で踏ん張る。


「…………………きーちゃん?どこにいったの?」


足音が近づく。


「おかしいなぁここじゃなかったかな…」

「……ふんっ!!!」


扉から外に顔を出した所を視覚外から岩を叩き落とす。

北条と違って落ちたご飯粒を踏み潰したようなぬるりとした気色悪い感覚だ。


「いっっったぁぁぁい!!!!何すんの!?」


軟体動物のような頭はぶにょんと歪んだだけで殺すことはできなかった。

あまりダメージもなさそうな雰囲気だ。


頭を抑えながら振り返った彼女は不思議そうな顔で僕を見つめる。


「…って、尾白君?あれ?きーちゃんはどこ?なんであなたが生きてるの?」

「……化け物め……」

「ねえ、きーちゃんはどこ?」


しかしどうやったら殺せるだろうか。

確か背負ってる小さいポーチにナイフが入っていたはず。

しかし、化物がそんなもの取り出す時間はくれるだろうか。


「答えて!!!」


タコのような触手が2本僕に襲いかかる。

思いの外動きが遅いのでしゃがんで1本を避け、2本目は後ろに転がって避ける。


アドレナリンか?すごくよく見える。


ぬるっとした気色悪い感触が足に伝わる。

着地したところがちょうど北条さんの死体の上だったようだ。


踏んじまったよ、汚えなあ


「……え?それ、きーちゃんの、臭い…………」


それを見た庄司さんは一瞬呆けた表情をし、その直後、泣き出した。

僕と同じだ。僕も先輩が死んだんだ、と思ったらとても悲しかった。


「…うぇぇええええええええんんん!!!ぎぃぢゃんんんんん!!!やだぁぁしんじゃいやだぁぁなんでええええぁぇ…ううっ、うう、ああ………」


「……は?」


人間と同じように大切な人の命が奪われたことを嘆き悲しむ彼女の姿に僕は同情心を━━











━━━抱くわけがない。


「…気色悪い、お前らみたいな化物が、人間みたいなこと言うなよ」


先程北条の口ぶりから察するに、思いつきで殺しの計画立てたわけではない。


初犯じゃないのだ。


こいつらは今までも何度も何度も泣き叫ぶ人間を殺し続けてきたのだ。


「……その癖して…自分たちが殺されればそんな風に、泣くのか……?ふざけるなよっ!!」

「…おまえが、おまえがきーちゃんを殺したのかぁ!」


庄司さんは叫びながら走り、体に巻き付いていた触手を鞭のように振り回す。

触手がなくなりいろいろ見えてしまうのだが別にいやらしい気持ちには一切ならない。


「殺してやる!!ぎーぢゃんんん!!!」


走って逃げながらもポーチに手を突っ込みナイフを探すが、奥にしまっているようで中々見つからない。


焦って庄司との距離を確認しようと後ろを振り向くと同時に僕の頬に切り傷ができる。


「…いッッ!!てぇぇ!!」


鋭い触手が頬をかすめ、顎に血が垂れる。


「…、見つけたっ!」


垂れた僕の血が真っ白い雪に綺麗な赤い色をつけるのと同時にナイフを取り出す。

しかしその得物、予想していたよりも切れ味の無さそうなぼろぼろのおんぼろ品だった。

こういう場合どうすればいいだろうか。


多少痛みはあるが、すでに頬の傷は()()()で止血済みだ。



前に読んだ漫画で、戦いに行き詰まった悪役が主人公の仲間の死体を盾にしているシーンがあったな。


正気ならそんなことはするわけがないだが今の僕は正気じゃない。

ぐるっと建物を大回りするように走り、北条さん…もといふさふさの肉のところまで戻り、首をわしづかみにする。


わしづかみ、というのは手を使う、という表現なのであまり正しい表現ではないだろう。

正確には尻尾で絡めとるような感じだ。


僕の()()()()()()()()()()()()()()は人間の1人や2人軽々と持ち上げることができる。


「…なあ、攻撃してみろよ、化け物、大切なオトモダチなんだろ?なあ」


先ほどからのきーちゃんきーちゃんうるさいところを見る限り、相当大切に思っていたのだろう。

人殺しの怪物でも弾除けとか肉盾くらいには役に立つ、いい使い道だと思う。


「…ひっ!、き、きぃ、ちゃん、あああ……」


北条の死体を掲げると、触手を体に巻き付けしゃがみこんで泣き出した。

なんだ、戦意喪失したようだ。

俺はそのまま近づき、死体を持ったままの尾で凪ぎ払う。

おろし金のような()()()が生え並ぶ尻尾はいとも簡単に顔面をすりおろす。


やつはぐるんぐるんと回転しながら吹き飛び、雪の地面に突っ伏した。


「…気持ち悪い…化け物の分際で友達ごっこしやがって……人間の真似なんかしてんじゃねえよ」


北条の死体を投げ捨て、庄司の元に歩み寄る。


「……みえ、ない、みえな、いよ…き、い、ちゃ………ぱぱ、ま、…ま……いや…で…」


2分ほどでピクリとも動かなくなり、完全に絶命した。


「……はぁ、……やっちまったな…」


化け物の死体が見つかれば騒ぎになってしまうな、とぼんやりした頭で考えながら穴を掘る。


遺体遺棄か、犯罪だなぁ


「…どうしようもなかったんだ。仕方ないことなんだ………早く隠してしまわないと」






















「…頭、痛い……… 」


死体を隠し終わった僕はふらふらする足取りで雪山を上る。

目指すのは荷物を置いているホテルだ。

途切れそうな意識の中、僕は先輩や和也のことを思い出す。

あんなに楽しそうに、嬉しそうにしていた先輩。

悪いこともしたけど中学のころから一緒で楽しかった和也。

だがもう彼らはいない。化け物によって殺されてしまったのだ。


「……うぅ、う、ぐぅぁあぁ……」


アドレナリンの分泌が収まったのか、罪悪感と喪失感が僕の心を支配する。

無意識に動かした尾のような物はいつの間にか消えている。


涙がぼろぼろ零れ、後悔と悲しみでおかしくなりそうだ。


どうして僕がこんな目にあわなくちゃならないんだ。


「……もうどうでもいい…………」


呟きと共に僕の意識は閉じた。



【③】



『………して、高校生11人が行方不明となっており……』



『………救出された少年は未だ意識が………』



『………事件発生から2週間が………』

























「………さん、兄さん!兄さんっ………」


聞き覚えのある誰かの声で目が覚める。


ふわっとした感覚の中、誰かの叫びが聞こえる。


まず視界に入ったのは見慣れぬ天井。

そして次に泣きながら俺を見下ろす両親と妹だ。



「……柩!!起きたか!!よかった、よかった…」

「お母さん心配したのよ……もう…うっ、うう…」

「にぃ、さん………」


何となく察するにここは病院だろう。

知らないうちに救出されたということか。


「……ああ、ごめん、おはよう…」


何日も徹夜したような頭の重さに顔をしかめ、体を起こす。




挨拶したとき、病室のドアがノックされた。


「失礼します」


入ってきたのは黒いスーツの大柄な男だった。

見覚えはない。


「おはようございます、尾白柩さん。我々は警察のものなんです。起きてすぐのところ申し訳ないのですが、少し話をお伺いしてもよろしいですか?」

「工藤さん!息子は今起きたばかりなんですよ!?」

「いや、母さん、大丈夫だよ」

「……うう…」


母が工藤と呼んだ男はパイプ椅子に座り手帳を開く。


「…さて、君もなにが起きているか把握してないと思うから、簡単に説明しよう」


工藤という男は順を追って説明した。


高校生12人がスキーに泊まりがけで出掛けた。


1泊2日の予定が誰も帰ってこないため捜索が行われる。


見つかったのは僕のみで、他の11人は2週間たった今も行方不明だという。


「…みんな、行方不明なんですか…?女の子も…?」

「…ふむ、質問の意図がわからない。女の子が行方不明にならないと思うような理由でもあるのか?」


彼の質問に対し、僕は悩んでいた。


本当のことを話して信じてもらえるかわからない。

第一、女の子が化け物になりました、正当防衛で二人殺しました、なんて言えるか。


「……なんとなくです」

「女子に何かしらの共通点アリと…」


工藤は俺にメモをとっているぞ、とでも言いたげに聞こえるように呟く。


「…ひとまずお母さんたちはお医者さんの話を聞いてくるわ。工藤さんと二人きりで大丈夫?」

「ああ、その方が話しやすいこともある。ありがとう、お母さん」


家族は部屋から出て、僕は二人きりになる。


「………さて、これはもっと突っ込んだ話なんだが…………君はあれと遭遇したようだな……実は厳密に言うと俺は警察ではない。警察と繋がりのある組織の人間だ」


家族がいなくなると共に工藤はそう言った。

じゃあさっきの警察手帳なにあれ。

元警官とか?


「……正直なんですね。」


組織だかなんだかしらないけど、まあ、いいか

「もし、もしも…女の子が化け物になったとか言ったら、あなたは信じますか?」

「…詳しく聞かせろ」


その話を待っていた、と言わんばかりの鋭い目で工藤は身を乗り出した。


素直に話したのは別にこの人が特別信用できるからではない。ただ、誰かに話さなければ罪悪感で押し潰されてしまいそうだったのだ。







「…なるほどな。して、その化け物はどこに?」

「……………」

「逃げたのか?それとも…」

「あまり言いたくないです」


自分も化け物のような力を使ったことは伏せたい。

能力とか異能とか、どのくらいポピュラーなのかわからない以上、言わないに越したことはない。

研究機関に送られるとかは避けたいのだ。


超能力者は捕まってモルモットになるとかSF作品ではよくあることだし。


「……ふむ……」


工藤は考えるような仕草をした後、一枚の紙を僕に差し出した。


「…これは?」

「これは俺の名刺だ。安心してもらうために言っておこう。君の体から【痕跡】が検出されている。もし能力を持っていたとしても君の思うようなことにはならないから安心しろ」


名刺には、


工藤 特尉

特別犯罪者取締組織 エフォーサー


と書かれていた。


「…よく話してくれた。大体予想できるが、詳細を話してくれる気になったらそこに連絡してくれ。俺たちエフォーサーは君の味方だ」

「…わかりませんよ、なにもかも」

「だろうな。詳しいことは退院したら話そう。今回の件、エフォーサーと言う存在はできれば秘密にしておいてくれ」

「僕が、漏らすかもしれませんよ。あなたにとって僕は信用できる人間ではないでしょう?」

「正直に話してくれた君を俺は信じている」


一方的にそう言い放つと、工藤は病室から出ていった。


「……僕は、どうしたらいいんだよ……急に、能力とか…」


俺は貰った名刺を眺める。

工藤という男の話を聞く限り、エフォーサーっていうのは警察とは別に今回のような【化け物】に関する組織なのだろう。


しかも一般人には秘匿された組織。


僕の大好きな能力を持つ者だけの秘密結社だ。

待ち望んだ非日常。

だけどそんなの今さらだ、殺したし殺された。

勘弁してくれ。


秘密結社からの接触を素直に喜べる精神状態じゃないのは、僕がまだ彼女らみたいにはなっていない、という証拠だろう。


「……僕はただの高校生なんですよっ!!」


一人の病室で一人で吐き出す。


「どうしろって言うんです!!!」



【④】



家族や友人にはなにも話さなかった。

色々なやる気の失せた僕は工藤さんの言葉に従って黙っていることしかできなかった。


2日後にまた来た工藤さんに警察への報告も口裏を合わせて貰った。


お見舞いにも何度か来てくれた。悪い人ではないのだろう。


エフォーサーとはなんなのかという質問にははっきりとは答えてもらえなかった。


結局今はスキー場でのことも、何もかも、わからない。


「…情報が少ないんだよまったく………」





あっさり退院の日がやって来た。

詳しい検査に1週間ほどかかったが、実に健康としてあっさり退院できたのだ。

退院するころには先輩たちの捜索は打ち切られた。


捜索打ち切りの理由はわからないが、死んでいるとわかってる以上無駄に捜索してほしいとも思えない。


高校生11人が行方不明になった大きな事件だからか、退院した後もしばらくは高校も行ってはいけないそうだ。


ちょうどいいので秘密結社エフォーサーとやらに顔を出そうと決めた。

知的好奇心を満たしたらあとはもう関わりたくはないが。


「…確かこの辺だよな……○○駅の……」


名刺に書かれていた住所を検索し、僕は2つ隣の町にやって来た。


この辺は人通りも少なく、オフィスが多い。


「…秘密結社って感じだからこじんまりとしてるのかと思えば………」


その建物は警察署の3つ隣に存在していた。

しかもまあまあのサイズだ。

というかどう見ても喫茶店だ。『喫茶店Bショット』

合ってるのか、ここで。




これが現実か、も建物を見上げているといつかの深夜のように後ろから声をかけられた。


「お前もこの辺に住んでるのか!同じ能力持ちとしては嬉しいな」


振り向いたそこにいたのは、黒い鳥の翼と湾曲した鉤爪を生えた大男だった。


今思えばこいつも北条や庄司と同じ化け物か。

しかも前回狩りとか言ってたし人殺しもしているのだろう。

幸い奴は僕を同じ人殺し好きの能力持ちだと勘違いしている。

話を合わせてエフォーサーにチクってやるよ。


「…おう、あんたか。この前はすまなかった」

「良いってことよ。殺したくなるのもわかるからさ」


生憎僕には殺人衝動などない。

しかし能力を持つ者はいずれそうなるのだろうか?

もしそうだとしたら僕は…


「まあなんでもいいや、俺は仲間からの依頼があるからな。またな」

「ああ、また会おう」


飛び去る鳥人間を一瞥し、二度と会ってたまるかボケナス、と心の中で吐き捨てる。



気を取り直して秘密結社だ。


インターホンを鳴らし、扉の前で待つ。


「おお、君か…退院おめでとう。とりあえず中へ」


工藤さんがすぐに出てきてくれた。

建物の中は普通の喫茶店。

2階にシェアハウスという物のようだ。

秘密結社感は無し。


「椅子にかけて待っていてくれ、他のやつらを呼んでくる」


出された珈琲を啜りながら部屋を見渡す。

やはり普通の家。

秘密結社ってこんな感じだっけ。どこかに地下への階段があるとか…?


そんなこんなを考えていると工藤さんが戻ってきた。


「へえ、その子が巻き込まれたっていう子か」


工藤さんの後ろから現れたのは金髪ピアスお兄さん。


「俺は独鳥(ひとり) (つばさ)、よろしく」

「…は、はあ…?よろし…く?」


握手を求められたので手を握ろうとすると麒羽さんは手を勢いよく引っ込め叫んだ。


「海老っ!!!」

「…………………???」

「な、伝わらなかったっ!」

海老??どういうことだ??


「翼さん、なに馬鹿なことしてるんですか。知能指数が低く見えますよ……あなたが尾白さんですね、よろしくお願いします。……あー、俺は伊達(だて) 刑事(けいじ)です」


さらにその後ろから現れたのはメガネとスーツのイケメンだ。

インテリメガネのこの人は伊達さんと言うようだ。


「よろしくお願いします…」


伊達さんは続けて隣の赤い髪のムキムキの男性を紹介した。


「…彼は剛力山(ごうりきざん) 王牙(おうが)。無口だけど良い奴なんです。どうぞよろしく」

「剛力山さん、よろしくお願いします…」


すごい名前だ。


剛力山さんは頷き、椅子に座った。

次に現れたのは女性2人。

一人は格好いい系の女性だ。


「あたしは鬼瓦(おにがわら) 千恵(ちえ)よろしくね新人さん。こっちの子は…」

「えっと、百瀬(ももせ) 樹里(じゅり)です。16歳です。あとは……能力で傷を癒せます。よろしくお願いします」


もう一人は綺麗な栗色の髪をおさげにした女の子だ。

能力とか言ったか今。


「よろしくお願いします。と、ここまで全員によろしくお願いされたんですが僕なにも聞いてないのでなにをよろしくされてるのかわからないんですが…」

「なーに特尉説明してなかったの?」


特尉と呼ばれて反応したのは工藤さんだ。

工藤さんは本名が工藤 特尉、階級も特尉というややこしい人物だ。

工藤特尉特尉。わかりづらい。


「これから説明する。まず尾白君、俺たちは特別犯罪者取締組織、エフォーサーだ」

「特別犯罪者取締組織」

「ああ、能力で悪事を働く奴ら……【ヴァンパイア】と呼ばれてる。……を取っ捕まえたりぶっ殺したりする」

「殺すんですか…」

「こういった能力や、それが犯罪に使われてることは伏せられてる。正直国としても処理してもらった方が都合がいいらしい」

「…話が急展開すぎます、そのそも能力ってなんなんですか?」

「ああ、何年か前、新しい物質が見つかったのは知ってるか?」


ニューマテリアルとか大々的にニュースに取り上げられていたし、耳にタコができて腐り落ちるくらい聞いたことがある。


「はい、聞いたことはあります」

「能力ってのはその物質が人体に影響を及ぼし、一定条件下で発現するものだ。条件っては全然わからないんだがな……んで、それを悪用する犯罪者を取り締まるのが俺たちだ」


かなり詳しいことまで知っているようだ。

一応これだけは聞いておきたい。


「……ちなみに、能力に発現すると殺人衝動を制御できなくなる、なんてことはありますか?」

「不思議な質問をするな…それはないだろう。人を殺す奴は最初からそういうやつなんだ。現に俺たちにそういう症状は無い」

「……ん?、待ってください、工藤さんたちも能力を…?」


その質問に工藤さんは頷いた。


「あたしや刑事は持ってないけどね」と千恵さんが補足する。


「俺と独鳥と王牙、百瀬が能力を発現している。能力者を逮捕するなら能力がないと対抗できん」

「……あーなんとなく読めました。…つまり事情を知った僕に対して組織に入れという流れですね」

「あはは、理解が早くて助かるぜ!尾白!」


麒羽さんが僕の頭を撫で回す。


「どうかな尾白君、組織に入って協力してくれまいか?」

「嫌ですよ。もう関わりたくありません。今日はそれを伝えに来たんです」

「…まあ、そうか…すまなかった…」


僕はエフォーサーからの勧誘を断った。

彼らはがっかりしたような表情をしていたが僕はそんな期待に答えられるほど、能力とか言うものにいい感情はないのだ。


「僕はまだ高校生なんです。こんなの、人死にに関わりたくありませんよ…それでは」


「あ、ああ、また気が変わったら来てくれ、もしそうじゃなくてもなにかあったらまた…」


工藤さんの言葉を最後まで聞かずに扉を閉める。

これで全部終わりだ。



こんなことしばらく忘れることもできないだろう。

でもこんなことに首を突っ込んでこれ以上嫌な思いをしたくはない。


「僕が臆病なんじゃない、誰だって、そうなんだ…」


また自分に言い訳しつつ帰路につく。













首を突っ込みたくない?






2人も殺した人間が何をふざけたことをいっているのだろうか。






その考えは甘すぎだ。



【⑤】



この時の僕は何故、行方不明の3人が生きている可能性について考えが及ばなかったのだろうか。まさかなにもしてこないとでも思っていたのだろうか。


否、ただ自分のことでいっぱいだったのだ。

そんなの忘れていた、で片付いてしまうようなことだ。


だが彼女らは僕の家を知っている。

当然なにかしてくるに決まっていた。


本当に甘かった。


救出されたのが僕だけ、という時点で彼女らにとって庄司と北条を殺しましたと高らかに宣言しているのと同義なのだ。










高校に行けるようになるまでどうやって時間を潰そうか、と考えながら帰宅した僕はすぐにその異変に気付いた。



我が家の扉が開いていたのだ。


その取っ手周辺は()()()()()()()()()いたのだ。


「…うえ!?おいおい、嘘だろ……」


僕は急いで家の中に駆け込み、リビングを目指す。


が、駆け込んだのだがその勢いはすぐに消えて無くなった。


「蜜柑!!!おい大丈夫か!おい蜜柑っ!!!」


なぜなら僕の大切な妹、尾白蜜柑が玄関のすぐそこで血溜まりを作り、倒れていたからだ。

リビングから血の跡が続いている。ここまで這って逃げようとしたのだろうか。


取り乱しながらも抱き寄せ、すぐに脈があることを確認する。


「まだ生きているっ、救急車だ、109だったか!?」


救急車を呼び、近くに置いてあるタオルで首についた切り傷を塞ぐ。

強く閉めたら息もできないが強く閉めなければ血も止まらない。

最悪の負傷箇所だ。


「救急車は呼んだ、まってろ、死ぬなよ蜜柑っ、あ、そうだ、リビング、……母さん、父さんっ!!」


妹もそうだが僕の家にはまだ家族がいる。

妹の出血が和らぐのを確認してから、走ってリビングへと向かう。


リビングの扉は蹴り壊されており、窓ガラスを突き刺さる扉だった物がその凄惨さを物語っていた。


そのリビングの光景を見た僕は崩れ落ち、胃の中の物を吐いてしまった。


「……父…さん………かあ、さん……」


両親は死んでいた。


「ッ、仕方ないじゃないかッ!!僕だって必死だったんだ!!!なんで、こんなのないでしょぅ!!!」


毎日家族で楽しく囲っていたテーブルは部位ごとに丁寧に解体された両親で赤く彩られていた。

既に家の中にはその犯人の姿は無く、生きているのは僕と妹だけだった。


「…最悪だ……父さあん………かあさ、…ん……なんで、」


到着した救急車の音も、目の前に広がる赤い景色も、僕にはここじゃない遠くの出来事のように感じた。

現実と意識が切り離されるような感覚に支配される。


「………殺してやる……」


同好会に所属していた女の子3人の名前は斎藤晶、水島理科、逢坂ダキラ。


同じ同好会の人間だ。名前と特徴はわかる。

絶対に見つけて同じように殺してやる。


殺してやると強く意識すると共に僕の腰から()()()覆われた蛇のような尾が現れる。


僕は光沢の無い黒の()()()に目を奪われる。

綺麗だ。これが僕の殺意、僕だけの能力(チカラ)


憎悪の感情が増していくのに呼応するように尾の()()()が体を這い登り、爪のように、鎧のように生え並ぶ。


()()()のバイザーがガチャリと音を立て、僕の顔を覆うと共に理性が完全に瓦解し、本能に支配される。




「……殺すッッ!!!!!!」




僕は衝動のまま突き破られた窓から夜空に飛び出した。


「……何処だァァァァァァァァア!!!!!!」


咆哮をあげ、怒りを撒き散らす。


今の僕ならば奴らの臭いも、逃げた形跡も、こびりついた血の臭いすらかぎ分け、見つけることができる。

例え何万人の人間に紛れようとも正確に見つけることができるだろう。


「逃がさないッ!!!」


僕は両腕も使って獣のように夜の町を高速で走り抜ける。

()()()がガチャガチャと擦れる音は僕の殺意を具現化したようだ。

見慣れた建物をいくつか通りすぎたとき、前方に下半身がチーターのように変異したダキラを発見する。

奴は走っていたものの、僕の方が3倍は早い。


チーターとしては実にみっともないことだ。


「…お前か………」


僕は走るダキラの後頭部を後ろから押さえつけるように地面に叩きつける。


爆発でもしたような破砕音とともにダキラの頭はアスファルトの道路にめり込む。


そのまま鱗の鎧に包まれた僕の腕はいとも簡単に少女の頭蓋を粉々に割り砕く。


爪に付着した血液が一瞬で()()()に吸い取られる。

スポンジみたいだ。


確かにヴァンパイアだな、なんてぼんやりと思う。


一撃で即死したダキラには目も向けず次の獲物の臭いをかぎ分ける。


どうやら水島と斎藤は一緒にいるようだ。


僕は再び4足で走り出した。

ダキラを殺しても達成感も復讐を果たした気もしない。



普段見慣れた町の光景が高速で流れていく。

だが、今はその光景はなんの意味も持たない。


斎藤と水島は公園でランニング中の老人を補食していた。

嬉しそうに、まるでティータイムを満喫するような彼女らは捕捉すると立ち止まり、姿を晒す。


人間の顎の下から巨大な鮫の頭部を無理やり移植したような水島と、虫のような複眼と薄い羽の生えた斎藤がゆっくりこちらを見る。


「…っ、お前っ!」

「おじ、ろ、くん!?」


奴等はすぐ僕に気付き、攻撃してきた。


迫ってくる水島の胴体を横から尾で殴り付ける。

小手調べで殴り付けたのだが、水島は真っ二つに切断され、べちゃっと地面に落ちた。


内臓って意外とピンクっぽい色なんだな。


勢い余った尾は斎藤の片腕を削いでようやく停止する。


「イヤァァァァァア!!!!!」

「うるさいぞガガンボ」


うるさかったので頭を踏み砕く。


どうやらこの尾は切れ味抜群すぎて人体くらいならすっぱり削げるらしい。

また一つ賢くなったな。


「拷問して殺してやりたいと思ったが、案外つまらないな」


苦しめてもなにも面白くないのでしばらく尾の検証のために切り刻み殺した。


俺は死体をすべてダキラの死体のある交差点まで持ってきて袋に詰めた。


目的を果たしたからか、鎧や尾はもう無くなっており、すっとした虚無感のみで満たされていた。


「……ああ、そっか、家、戻らないと……蜜柑、蜜柑…、父さん…母さん…」


能力の副作用か、はたまたただの疲労か、ふらつきながら僕は家へと向かった。

ここへ来たときはどうかしていたし、あんな高速で動くことなどできないし家まで2キロくらいあるため時間がかかってしまう。


家に到着したとき、家の前には警察や救急車やら沢山の人が集まっていた。


「……あ、柩君!!どうしたの!どこ行ってたのよ!大変なのよ!」


近所のおばさんに声をかけられたが、うまく反応できないまま、警察が包囲する家の中へと入っていく。


「…すみません、ここの家の人間なんですけど…………」


事情聴取などが続き、僕はまったく寝ることもできず、時間が過ぎていく。





両親が死んだことも復讐で3人殺したことも実感が無く、悲しいとかつらいとかの感情も無く淡々と事情の説明をした。

能力については話さず、見知らぬ犯罪者とか適当なことで誤魔化して話すくらいには頭は回っていた。









しばらく質問やら事情聴収やらなんやらで拘束され、気づけば2週間ほどたってしまっていた。

最近時間を無駄にしすぎている気がする。


そして僕は今病院にいる。

妹の蜜柑は一命は取り止めたものの首には大きな傷痕が残るそうだ。


「……ごめんな、俺が…俺の…俺のせいで………蜜柑…」

「…わかんない、兄さんが原因なの?」

「俺のせいでは、ない、と思うけど…」

「そっか、今は一人にして、ほしい…」

「わかった…また来るから……」


ほぼ会話はない。何を話せばいいのかもわからない。

俺は花瓶に見舞いの花を差し、病室から出る。

この後は両親の遺産とかに関する手続きだ。


両親の葬式は行われなかった。

単純に金銭的な余裕はなかったからだ。

蜜柑の手術や入院の費用で手一杯で、他に回す余裕はない。




「……ただいま」


そして僕は今事件のあった家に住んでいる。


玄関を通る度に血溜まりの跡があるのは精神的によくないのでカーペットが敷き詰めてある。


「…夕飯どうしようかな…」


一人でつぶやくと、僕一人の空間なのにも関わらず、答えが帰ってきた。


「俺が作ってやる」

「そっかありがとう…」


僕は黒い翼と鋭い鉤爪の男から水の入ったコップを受け取り、リビングの食卓に付く。

急に現れたとて流石に3度目は驚かない。


「…で何故あなたが僕の家に…」

「最近仲間が殺されることが多いからな。心配になってお前を見にきた」


何故この人はナチュラルにストーカー&不法侵入をしているのだろうか。


「…帰ってください。僕はもう能力に関わりたくないんです」


そういって玄関に追いやろうとすると、男は僕の腕を掴んだ。


「…ちょっと待てよ。一体何があったんだ?」

「知らなくていい。誰かも知らない奴に教える必要はない」

「わかった名乗るから。#殺意ヶ丘__さついがおか__# #殺四郎__ころしろう__#だ。20歳だ」

「なんだそのとんでもない名前は。100%…いや100割偽名だろ」

「名乗りはした。同じ能力者として力になりたいんだ」


そういえば同胞かなにかと勘違いされてたな。

間違いではないが…


「…………能力者に家族を殺された、これでいいだろ、もう帰れよ」


殺意ヶ丘はぎょっとした表情をし、悩み始めた。


「…すまない、誰に殺されたんだ?まさかあの忌まわしい組織の奴らか?」

「違う、ダキラってやつと水島、あと斎藤ってやつ」

「そんなはずはない、奴らは殺されたんだ」


ああ、そっか、こいつ、仲間だったのか。


「…仲間だったのか?」

「ああ、大切な仲間だった…」


「……なるほどね、じゃあお前も僕の敵ってわけだ」


言い終える時には殺意ヶ丘の脇腹に僕の尾が突き刺さっていた。


「な、お前、俺たちと敵対するのか!?」

「最初から仲間なんて言ってない、勘違いしたのはお前だろ」

「…クソ、あいつらの仇は絶対に打つッ!!」


殺意ヶ丘は後退し、腹部を抑えながら飛び去って行った。


使いすぎなのか、消耗していたからか、尾はすぐに散ってしまい、追跡ができなかった。






僕は急いで病院に連絡する


「もしもし、蜜柑を今すぐ安全なところへ移動させてください」

「尾君ですか?どうしたんですか?」

「いいから、早くしてください」



【⑥】


「……どうも」


僕はもう来ることはないだろうと思っていたエフォーサーに来ていた。


「…工藤さん。僕の家族のこと、知ってるんですよね」

「ああ、今犯人の捜索をしている」


工藤さんはそんな呑気なことを言った。

その発言に大きなため息をはき、僕は持参したビニール袋を投げ捨てる。


血が出ると面倒なので黒ビニール3枚重ねてある。


「実行犯はコレですよ、三人分、それもミックスしてて分別できませんけど」

「ッ、君は、なんてことをっ、」

「人を殺したって言うんですか?いくらでも言ってくださいよ。僕にとって家族と比べたら他の命なんて馬のフン以下なんですよ」

「い、いや、わかった、それは受け取る。こちらで処理しよう…だが、これからは勝手なことはしないでほしい、もし対象がいるならエフォーサーに…」

「わかってますよ。お望み通り、入りますよ、エフォーサー」


言葉を遮るように言った僕の言葉に工藤さんは少し顔を明るくした。


「ここにいれば、あいつ等を殺し放題なんでしょう?なら喜んでやってやりますよ」

「誓う、違うぞ尾白君、俺たちは…」

「だからわかってます、言い過ぎましたよ。殺すなって言うんでしょう?わかってますよ」

「ならいいが…」

「…ふぅ、すみません、気が動転していました、改めてよろしくおねがいします」


しまった、完全に頭に血が登っていた。

落ち着いて冷静にならなければ。

あ、これも言っておかなきゃ。


「極力殺さないよう努力します。けど」

「…けど?」

「妹に、蜜柑に危険が及ぶと判断したら即座に殺します。なによりも妹優先です」

「気持ちはわかるが…」


とそのタイミングで千恵さんと独鳥さんが2階から降りてきた。

夕食でも取りに来たのだろうか。


「お、尾白くんじゃん、エフォーサー、入るの?」

「ええ、入ることにしました」

「じゃあここに住むの?」

「あー」


それは考えていなかった。

そうか、この人たちはここに住んでるんだっけか。

妹を守るためにエフォーサーに入る、と漠然とした考えでここまで来たので細かいことは決めていなかった。


「とりあえず尾白君…」

「工藤さん、君、ってつけなくていいですよ」

「なら俺も特尉で構わん。どっちの特尉でもいいぞ」

「わかりました、特尉」

「…尾白、君もここで暮らさないか?せっかくエフォーサーに入ったんだからな」

「そうですね、両親の死んだ場所にあんまり住みたいとは思えませんし」

「わかった、準備しておこう」


特尉は今までで一番の笑顔でそう言った。








「…………というわけで、その殺意ヶ丘はヴァンパイア同士のグループにいるようなんです」

「なるほど、能力犯罪者もある程度ネットワークと社会があるようだな」

「はい。特徴は鋭い鉤爪と黒い翼です…ここなら探し出すこともできるんですよね」


工藤さんは頷き、伊達さんに声をかける。


「…そうですね、捜索などは俺の担当です。任せてください」

「捜索になにか必要でしたら手僕も伝いますから、連絡してください。ひとまず今日は心配ですし蜜柑の病室で休みます」


そう言って僕はエフォーサーを後にする。


ふと思ったが、百瀬さんは能力で傷を癒やす、って言っていたな。

蜜柑の首の傷痕も直すことができるのだろうか。

妹がもっと大きくなったとき、傷痕で苦しむかもしれない。

次来たときに相談してみよう。


「…これ、自由に出し入れできるようになったな」


2回使えばなんとなく感覚も掴めてくるものだ。

黒い尻尾を出したり消したりしてみる。


この尻尾は出現するというより体内から出したり戻したりする感じだ。

別に収納しているわけではないので消していても体内には存在しない。



不思議なものだ。


「使い方を学ぶんだ、蜜柑を守らなきゃ……」







「…蜜柑…」


蜜柑は寝ているようだ。

首の傷痕は痛々しく、女の子としてはあってはならない物だ。

これは僕の愚かな行動が招いた結果だ。


「次は守って見せる。…次なんて無いように、全員殺して見せるから」


拳を強く握りしめ、誓う。

僕は眠くなるまで蜜柑の傍に居た。









次の日、僕はエフォーサーで伊達さんの資料整理を手伝っていた。

エフォーサーの人たちは全員でシェアハウスしながら生活しており、全員一階の喫茶店、Bショットの店員であるようだ、


この資料整理もその仕事一つで、今まで逮捕or処理したヴァンパイアの資料だ。


「…がに股怪人とか酷い…もっと格好いい名前つけられなかったんですか…」

「犯罪者だから適当でいいんですよ」


生臭さ女……ツバメ……阿修羅…いろんなのがいる。

いやお祭りジジイってどんな能力だったんだよ。


「そういえば尾白クン、能力に目覚めたんでしたね。どんな能力ですか?」


伊達さんはイケメンメガネだが、能力研究ヲタクでもありその話になると所謂厄介ヲタクになる。


「黒い鱗の尻尾です。切れ味がいいのか、勢いよく振えばヴァンパイアも真っ二つです」

「へえ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「嫌ですよ。未だ能力にはあんまり良い感情は抱いてませんし」

「そういわないでくださいよ。先っぽだけでいいので」

「言い方…それ犯罪臭がしますよ」


その後も伊達さんは引かず、結局見せることになってしまった。

彼は僕の尻尾を撫で回すように調べ始めた。


「…榊原クンは知っていますか?能力で現れた部位が切り取られたりして身体から脱落したとき、その部位は能力を解除しても消えないんです」

「僕の尻尾も切り取ったり鱗を剥げば無限に増えるんですか?」


狂気的な疑問をぶつけると、磯井さんはその質問が来ると思った、とでも言いたげな顔で答える。


「残念ですが能力で追加された部位は回復しません。鱗を剥げば次に出した時もそこだけ剥げています………ただ、百瀬ちゃんの能力でなら回復することができます」

「あ、それ気になっていたんです。癒すってどういう能力なんですか?肉体を変化させるような能力以外もあるんでしょうか」

「いや、百瀬ちゃんも肉体変化ですよ。身体が全体的に木に近づき、その樹液が再生力促進の効果があるんです」

「樹液って……絞るの結構痛そうですけど」

「ああ。痛いみたいですね…なので俺達も緊急事態の時以外使っていません」

「じゃあ他の人の能力も教えてもらっていいですか?」

「構わないよまずは……」


エフォーサーには4人の能力者がいる。


【獣のように隆起した筋肉と濃い体毛に覆われた両腕】をもつ特尉。


【白鳥のような翼で滑空できる】麒羽さん。麒羽さんは能力を得たばかりらしくうまく使えないらしい。

てか白鳥なら羽ばたけよ。なんで滑空してるんだ?


【人馬になれる】所謂空想上の生き物(ケンタウロス)の能力を持つ剛力山さん。


そして【樹木に近しい物となる】能力の百瀬さん。


殺意ヶ丘を殺したらエフォーサーから抜けるつもりだが【黒い鱗が生え並ぶ蛇のような不気味な尾】の僕を加え5人だ。


伊達さんや千恵さんは能力は持たないが、天才ハッカーと天才狙撃手だ。頼りになる。


「…ようやく終わりです…資料多すぎですよー」


話してる間に資料整理は終わった。

時刻は午後20時。

夕飯は一緒に食べるそうなので遠慮なくお邪魔させてもらう。


「我が家では週に2回千恵が料理する。他はランダムコンビニ弁当争奪戦だ」


と真面目な顔で言う特尉だが言ってることがなかなかに面白いので威圧感はない。


「ランダムってどんなのがあるんですか?…酢豚丼、蛙竜田揚げ弁当、温玉牛丼、高菜明太子弁当に野菜炒め弁当、唐辛子丸かじり丼……?………………食べるゴマ油弁当………………?何故こんなキワモノばかり…」

「工藤さんは半額の余り物しかかわねぇからね」

「独鳥さん…」


独鳥さんはボサボサの髪で腹を掻きながら二階から降りてきた。

この人1日中寝てたのか…?


「…僕は高菜明太子弁当で」


ただの客人が一番に選ぶのも図々しいとは思うがそんなことで怒る人はここにはいない。

何日か一緒に過ごしてみてわかったがこの人たちはいい人揃いだ。


チャラい感じの独鳥さんですら根はただの優男である。


「…こんな環境なら、ずっといてもいいかも……」

「ならずっといましょう、尾白クン」

「エフォーサーに入った時点で俺たちは家族だ」

「…伊達さん……特尉…」


彼女と別れてすぐ別の女性から優しくされるとコロッと落ちてしまうように、両親を失った僕は家族という言葉とその優しさに引かれつつあった。


久しぶりに優しさというものに触れ、両親を思い出す。

確かにきついことも言うし、勝手に部屋を掃除したり、嫌なことはあった。

だけど死んでほしいなんて思ったこともなかったし、むしろ長生きして幸せになってほしいとすら思っていた。


産んで育ててくれたことや楽しかったこと。

そしてそれがもう失われ、二度と手に入らないことも思いだし、涙が止められなかった。


「…う、うぅ…うぁぁあ…うぐ、うぅ…」

「…よしよし……尾白、大丈夫だ。俺たちがお前の家族になる。蜜柑ちゃんもまた元気になるさ」

「…どぐぃ………」




その夜、気を使ってエフォーサーに泊まっていけと言われたが妹を放っておくわけにもいかないため、病院に顔を出してから家に戻ることにした。



夜の風は涼しかった。



【⑦】




スキー場の一件から3ヶ月が過ぎた。

高校の新学期が始まって間もない頃。

学校にはまた通い始めている。


殺意ヶ丘の足取りを着々と掴み、あと少しで発見できるというところまで来た。


妹は良くも悪くもそのままだ。

悪化もしてないし良くもなってない。


最近は半分くらいエフォーサーで寝泊まりしている。

みんなとは仲良くやれているし、ヴァンパイアとも2回戦闘を行った。

二人とも殺すこと無く無力化し、逮捕した。

それも僕一人ではなく、仲間と協力したからだ。


そして間違いなく、そこには絆なんて臭いものが芽生えていた。







そしてようやくその日は訪れた。



全員が机を囲い、大きく資料を広げて会議をしていた。


「ようやく殺意ヶ丘の足取りが完全に掴めました」

「ああ、個人情報の隅々までな」

「本名は桐崎(きりさき) (あやめ)


こいつ本名も偽名と似たようなものだな。

そんな名前をつけた親の気がしれない。


「1ヶ月も掛かった奴の居場所だが…………灯台もと暗しとはこのことですね。県内にいました」


伊達さんは悔しそうに言うと次の資料を取り出す。

この辺りの資料は僕が作成したので内容はわかる。


「…作戦はこう、俺と千恵さんはペアで奴の自宅の前に待機です。特尉と王牙は一階窓から、独鳥は二階、尾白君と百瀬ちゃんは入り口から」


伊達さんの戦術プランは毎回うまくいくので異論を唱える人はいない。


「殺意ヶ丘はかなりの手練れだ。最初から確保ではなく処理を目標とします」


「刑事、決行は?」


独鳥さんの質問に特尉が答える。


「決行は今日、この後深夜だ」


「それまでは休憩っすね」

「だね、あたしはストレッチしてくるね」

「………」

「わ、私、うまく戦えるでしょうか…」

「大丈夫だよ僕も一緒だから。いつも通りにやれば、殺意ヶ丘だって…」


百瀬さんはなんだか蜜柑を思わせる。

妹みたいに接している。


僕にとっては待ちに待った日だ。

あの忌々しい奴をこの手で…


ああ、わかってる。いつも通りやれば絶対うまく行くんだ。


「僕も時間までに戻るから。妹のところに行ってくるよ」


殺意ヶ丘殺四郎。

絶対にやってみせる。


今日、決着をつける。



「入るよ、蜜柑」


病室はいつも通り静かだった。


目を閉じた蜜柑は人形のように綺麗だ。

将来は相当な美人になるだろう。


ある日を境に彼女は目を覚まさなくなってしまった。

手の甲に不自然なほど蜂によく似た形の痣を残して。

体は正常だし、問題なく機能しているのに、目を覚まさないのだ。


「…蜜柑、今日決着をつけるからさ、お前をこんな風にした奴を、絶対、絶対に殺して見せるから」


いや待てよ、なにかが引っかかる。

敵は殺意ヶ丘、ダキラに斎藤、水島、庄司に北条、あとはわからない。


でもあとは殺意ヶ丘…だけ…


「……いや、今はあいつを倒すことだけを考えるんだ」


違和感を拭えないまま、予定時刻はすぐそこまで迫っていた。


「行ってくるね、大丈夫だよ蜜柑。お前は絶対、俺が守る」










午後23時半、僕らは殺意ヶ丘の自宅に集まっていた。


「…全員持ち場につきましたね?」

「ああ」

「はい」

「ついたわよ」

「………問題ない」

「は、はい」


トランシーバー越しにみんなの声が聞こえる。

僕は大きく深呼吸をし、尻尾を出し、準備を整える。


「……はい。準備、完了です」

「了解。これから殺意ヶ丘捕縛作戦を開始します。3のカウントで突入」


「3」


「2」


「1」


「…作戦開始!」


合図と共に扉をタックルで破壊し突入する。

後ろから百瀬さんが追従してくるのを確認し、リビングまでの駆ける。


「2階だ!」


声が聞こえると同時に階段をかけあがり、目標と接触する。


「……殺意ヶ丘…ようやく見つけたぞ」

「やあ、蛇の人」


奴の後ろには独鳥さんと特尉と剛力山さん。

前には僕と百瀬さん。

挟み撃ちで部屋は狭く、回避のために動けるスペースは無い。


「…なに余裕ぶっこいてんだこのクソ野郎」

「余裕だもん」

「ふざけろ!!!」


大きく避けるスペースのないこの場所では先に動いた方が勝ちだ。

叫んだ直後にはもう僕の尻尾が奴を捉えていた。


しかしギリギリで横に避けた奴は僕に突進する、


「…ッ」


…間もなく後ろから特尉の飛び蹴りでバランスを崩す。そのまま転がって何事もなかったかのように立ち上がる。

殺意ヶ丘はかなり戦闘慣れしてるようだ。


「厄介な…」

「さて、蛇の人。なんで余裕なのか、わかる?それはね……」


地面を這うように動く奴を追えずに足を掴まれる。

そしてそのまま後方にいた独鳥さんに向かって僕を投擲し、ぶつかった僕と独鳥さんは窓にいた叩きつけられる。

このプロセスが一瞬のうちに行われた。


「援護します!」


後ろを向いた殺意ヶ丘に百瀬さんが木の根を伸ばし絡めとろうとした、がその攻撃は届く前に力を失い、地面に落ちた。


「なに、これ…?…あた…し…」


「…余裕な理由、…俺には仲間がいるし」


百瀬さんのちょうど心臓があるべき位置から、真っ青な肌のの腕が生えていた。


「…え、…?」


何が起こったのかもわからないまま百瀬さんは壁に叩きつけられ、僕の視界から消える。


そしてその腕は引き抜かれ、その体は地面に伏す。


その腕の主は青い肌の女性であり、奇妙なことに腕が6本生えた不気味な姿をしていた。


なによりも驚いたのはその顔だ。

僕はその人物に見覚えがあったのだ。


「…あんたは……我衆院(がしゅういん) 美魅(みみ)……」


スキー同好会に所属していた最後の一人、我衆院美魅だった。


「…あんたさぁ、バカなの?あやめ君が一人なわけないでしょ?」


全ての歯車がかっちり嵌まった。

違和感の正体は我衆院美魅だ。


生き残ったスキー同好会のヴァンパイアが帰ってくる手引をしたり、情報を流したり、もっと言ってしまえば、殺意ヶ丘と最初に出会った待ち合わせ場所を指定していたのも彼女だ。

どこからどういう計画なのかわからないが、間違いなく彼女は黒幕だ。


つまりそういうことだ。


「百瀬!!」


特尉の声で我に帰る。

今は戦闘中、敵の目の前なのだ。


「尾白君さぁ、なんであたしを生かしておいたの?作戦?まさか、忘れてたとでも言うのー?おねーさん心外だなぁ?」

「だ、黙れ!!」

「まあいいわ、あたしはあんた以外の相手を頼まれてるの。あやめくんと遊んでな」


そういうと我衆院は特尉たちの前に移動した。


「…6本腕………資料にあった凶悪犯罪者…」

「あら、あたしのこと知ってるの?おねえさんうれしい」

「蛇の人は俺の相手をしてくれよ。あいつ等の仇、取らなきゃならねえからなぁ?」

「殺意ヶ丘ァァ……」


蹴りで攻撃するが、所詮僕は素人なのだ。

ぬるりとかわされ、足を掴まれる。


「…だと思ったよ!!」


足首から新しい()()()を生やし、怯んだ手を踏みつけ、体を捻ってそのままの回転力で殺意ヶ丘の頭に尻尾をぶつける。


「そんなのありか!?」


その直前で姿勢を下げたことにより脳ミソをすこし削り取っただけで終わる。

攻撃目的で生やした()()()にはあまり耐久度が無いらしい。

鉤爪で掴まれた()()()は砕け、足はズタズタになっていた。


うまく踏み締めることができずにその場に倒れ込む。


殺意ヶ丘も姿勢を崩している。

倒れたまま尻尾を地を這わせて奴の足を弾き、転ばせる。


「…絶対殺すッ!!!!」


転がるように倒れた奴の上に乗り、力一杯顔面を殴り付ける。

膝で腕を抑え、体重をかけて身動きを取れなくする、特尉に習った一方的なやりかただ。


「俺は家族を失ったッ!俺が悪いことをしたのか!?違うだろうが!!」

「…ひぃッ!いた、やめろ、このっ」

「蜜柑は目も覚めない!!もしかしたらこのまま目覚めないかもしれないんだぞ!!!!目覚めても100%後遺症が残ってる!!!!女の子の一生を!!お前は!!!!」


殺意ヶ丘は抵抗しようと体をねじって僕の尻尾を掴む。

その力は今までで一番強く、尻尾に激痛が走るが、無視して涌き出る思いを全部叩き付ける。

殺意ヶ丘の顔面は既に落とした豆腐みたいになっているが構わず殴る。


「それに百瀬さんだって!!まだ16だ!!これからいろんな出会いがあったはずなんだ!!!!」

「がっ、………お、ば…………………あ゛っ!!」

「知らないだろ!?百瀬さんは親の病気で学校にいけなくて!!!お金がたまったら学校に行くのが夢だったんだ!!!」

「………………………ッ……………ォ゛ッ……」

「お前らみたいなクソ野郎が殺していいはずがないッ!!!!!」


正確には殺したのは我衆院だがそんなことは関係ない。間接的にでも殺したんだ。


「初めてあったときもそうだったな!!狩りがどうとかなんとか言いやがって!!!その報いだッ!!今度はお前が!俺に!狩られる番なんだ!!


殺意ヶ丘の最後の掠れた吐息と共に僕の尻尾からぐちゃっと不愉快な音が響く。

人には本来ない部位からの激痛。


すでにやつは事切れている。

それはわかっているが、かつて頭部だった場所を殴る。


殴りすぎて穴が空いて地面が見えていてもまだ殴り続ける。

これは復讐なんだ。殺された人や妹の分までやらなきゃならない。









多分10分くらい殴り続けてたかもしれない。

僕は帰り血で真っ赤だった。

周囲も飛び散った脳ミソやら髪の毛やらでとても子供には見せられない状態だ。


殺意ヶ丘の首から上はとっくに肉片になって飛び散っているため無くなっている。


ふと我に返る。

人を文字通り殴り殺したとは思えないくらいクリアな思考を保っている。


「……蜜柑、百瀬さん…………ああ、特尉たちを助けに行かないと…」


特尉たちは窓から外に落ちたようで、ここからは見えない。

腰にぶらされたトランシーバーで伊達さんに繋ぐ。


「…伊達さん、聞こえますか…」

「ようやく繋がった!尾白クン、どういう状況ですか!?」

「…殺意ヶ丘はやりました。ですが百瀬さんは胸を貫かれて、確認はしてませんが、おそらく…………特尉たちは何処へ?」

「…百瀬ちゃんが………いや、ああと、工藤さんたちは先ほど戦いながら移動して今は俺も場所を把握できていません、……申し訳ないです」

「いや、伊達さんが謝ることじゃありませんよ」


立ち上がろうとしたが、腰と左足の強烈な痛みで倒れてしまう。

ふとに目を向けると、僕の尻尾は根本から握りつぶされ、千切れていた。


「治らないんだっけか…」

「尾白クン聞こえますか。たった今、工藤さんたちから………6本腕は逃走したそうです。今から家の中に向かいます」

「…了解…とりあえず、戦いは終わりですか…」


やはり誰かを殺したあとの虚しさだけが残るこの感覚は好きになれない。


「尾白!!大丈夫………か……」

「ええ、僕は大丈夫です」

「そうか…頑張ったな、尾白」

「…ひとまず戻ろうぜ……」


特尉と独鳥さんはボロボロで、満身創痍だった。


「剛力山さんはどうしましたか?」

「……帰ったら詳しく話す………」

「わかりました。百瀬さん、どうしますか…?」

「…死体は後だ………」

「わかり、ました…」


だめだ、ぼーっとしてしまう。もうなんだか嫌になってきた。


「……なんのためにこんなことしてるんだろ、僕は…」



【⑧】



ぼーっとしたまま、いつの間にか僕は喫茶店Bショットに戻っていた。


6本腕は逃げ回った末、剛力山さんの奥さん、剛力山藍子を人質に取り、攻撃できないまま逃げられたそうだ。



その後、藍子さんは死体で見つかった。



死んでいるとわかっていながら剛力山さんは病院に行ったらしい。


「…これから僕はどうしたらいいんですか?」


もうどうでもよくなってしまった。

家族の敵も、殺意ヶ丘も殺した。

死者を二人も出している上に我衆院にも逃げられた。

これからなんのために僕は何をしなければならないのだろうか。


「……百瀬の部屋が、空いてしまったな……」


特尉の呟きに反応する者はいない。

だが構わず特尉は続ける。


「あ、空いた部屋は起きたときに蜜柑ちゃんのしようか。入院の費用も尾白がここで働けば稼げる。目が覚めて退院したら家賃がわりに働けばいい、だから…」

「…なにがです?」

「お前がこれからどうするか、っていったろう?六本腕を探しつつ家族のために生きる。それでいいじゃないか」

「……そうですね…合理的で素晴らしい考えだと思います、今日は帰ります、お疲れ様でした……」


さあ、蜜柑に会いに行こう。












夜道を歩く。


尻尾は付け根しか出てこなくなった。

握りつぶされ、もう回復しない。

一応発動中の身体能力向上はあるものの、付け根だけでも一秒くらいしかを出せない。


蜜柑の病室は暗く、月明かりだけがさしていた。

呟きながらフラフラと蜜柑に歩み寄る。


「…蜜柑……僕、ちゃんと、殺したよ………」


蜜柑の目は覚めない。

殺したからって、復讐したからって、報復したからって、蜜柑の目が覚める訳じゃない。


百瀬さんが生き返るわけでも、先輩が生き返るわけでも、お母さんお父さんが生き返るわけでもない。


ただの八つ当たりだ。


一時の感情で人を殺めるなんて犯罪者、ヴァンパイアと同じだ。


彼らにも家族がいたかもしれない、彼らが死ぬことでこうやって悲しむ人がいるかもしれない、

そう考えるとやるせなくて仕方がない


「……ぅ、うぅぁぁ………なんでだよ…ちゃんと、殺してきたのに……」


僕の最近の行動はすべて無駄だ。


終わってみれば何も残っていない。


「……なのに、どうして目を覚ましてくれないんだっ…」


「なあ、戻ってきてくれよ蜜柑…」


「僕を一人にしないでくれ………」












































7月、夏休みが始まると、予定がなにもない自分が嫌に寂しく感じてくる。

うっとおしいくらい照り付ける太陽を睨みつけ、ため息をつく。


結局僕は日常を失い両親を失い友達も先輩も失い手に入れた能力も失った。


オチもなければハッピーエンドもバッドエンドもない。

僕は非日常が日常になってしまった日を生きるだけだ。


我が家の扉を開ける。


「ただいま」


そこには頼もしい仲間がいる。


「おかえり、帰ってきたところ申し訳ないが、任務だ」


「わかりました、刑事さん、作戦立てますよ」


鞄を放り投げ、パソコンを立ち上げる。


こんな日々が、そんなに悪くはないと感じている自分がいるのだ。


頬を叩いて気合を入れる。


「よし、頑張ろう」

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